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ケモノミチ  作者: たびくろ@たびしろ
ドゥーラン編
26/176

二十六歩目

 振り下ろされる赤き大鎌。

 動く事すらままならず、キュリオの盾になるように立つのが精一杯なヒミ。そして、無慈悲にも彼女の命を奪おうとする──ミネスという名の青年。

 絶命する。かわしきれるだけの身体能力など持ち合わせていないし、怪我でどうにも身体が動かない────

 のに。

 なのに。




 ────彼女は、まだ生きている。




(な……に……?)


 ギィン‼︎‼︎ と、響いた、鉄同士がぶつかり合う音。血で潰れた彼女の瞳に射し込む、何かの煌めき。そして……目が不自由だからこそだろうか、目の前から、ミネスの物とは違う、何かの体温を感じる。


 それは、その体温の主は、こう告げた。


「なあ兄さんよ。俺と同い年くらいの成りして、こんな女子供に手をあげるのは大人気ないというんじゃないか?」


 聞いた事のない声。

 低い男の声──内容からするに、ミネスと同年代の青年だろう。


「なんだァ、てめえは‼︎」


 ミネスが怒りながら問う。


「通りすがりの剣士さ。あんまり大人気ないイジメを見たものでね、参戦させてもらった」

(けん、し……?)


 血の入っていない目をぐっと凝らして、目の前を見る。


 それは──鉄の軽い鎧を着た、背の高い青年だった。身長はミネスと同じ程、体格はミネスより良い。茶色の髪をオールバックにし、その額から長めの髪が束になり、ゆっくりと風に舞っている。


 彼は剣を持ち、いつの間にか離れていたミネスと対峙している──そう、ヒミ達を守るように。


(ダメ……!)


 キュリオでも倒せなかったのに、剣士なんてのがあの悪魔じみた青年に勝てるはずがない。いつの間にか背後に回られて死亡、そんなオチが見える。


「逃げ……て、……お、ね……が……!」


 声を振り絞って、蚊の鳴くような声しか出せずに倒れ込むヒミ。だがその剣士の青年は、こちらを向き笑って呟く。


「大丈夫。俺も、君らと同じ(・・)なんだ」

「え……?」


 瞬間、彼はその剣を自らの小手に当てると、言葉を紡ぎ出す。


「────出でよ、鉄の剣士(ハイメタル・ナイツ)‼︎」

 これは、チルフやキュリオと同じ────。

 そう、ヒミが思った刹那。




 ミネスが、剣士の後ろへと回る。




「どんくせえんだよ、このノッポがァ‼︎」


 その鎌を振り回して。

 だが、剣士は驚くどころか、むしろ笑っていた。


「こちらの────」


 金属の弾かれる音。耳を(つんざ)く金属音。それと同時に訪れる──風の切る音。

 そう。


「────セリフだな」


 ミネスの持つ鎌を一瞬にして弾き、それを森の中へ失せ。

 更に、彼の首元へとその剣を構える。

 そう。


 二体の、鉄の剣士(ハイメタル・ナイツ)によって。


「な、ァ────ッ‼︎⁉︎」


 その鉄の剣士の形状は、基本的にキュリオの木の巨人と変わらない。脚部がベーゴマのようになっていて浮いており、それ以外は人型をしている。


 だが他の特徴は、鉄の甲冑のようななりをしている、ということ。更に両手の先は手ではなく、右手は剣、左手は盾となっている。ただ、サイズ的にはヒミの身長と変わらない程度なのだが──それでも、ずんぐりとしていて、この場合はミネスよりも巨大なのではないか、とまで思ってしまう程の存在感だった。


 しかも、それが二体存在しているのだ。一体はミネスの鎌を弾き飛ばし、もう一体はミネスの首へと剣を構える。

 そして自らの甲冑を素材としたのか、今の茶髪の彼は、如何にも剣士然とした衣服を着ているのみだった。


「て、めェ……!」

「さあ、そこの少女に詫びを入れろ。それでは済まないが、首を切られるよりかはずっとマシだろう」


 くっ、と歯軋りをしながら、ミネスはぎろりとヒミを睨み付ける。そんな状態でもミネスの眼光は見たものを凍り付かせる程に鋭く、殺されてしまうという感情が再び芽生えてくる。

 だが。


「────ッッ‼︎‼︎⁉︎」

 まるで。

 彼は、怪我を重ねて満身創痍のヒミに向かって──恐ろしい、といった表情を浮かべた様に見えた。彼女を見た瞬間、彼の瞳孔がギロリと開く。まるで今まで気付かなかった事に、今更気付いて恐ろしくなった、というような目付きだ。彼の額に、それまで無かった脂汗が滲む。


「……そうかよ、そういう事かよォ」


 彼はそう呟く──すると、その身体が黒く染まっていく。


「なッ⁉︎」


 剣士が思わず驚きの声を上げる。

 何故なら彼はそのまま水のような、スライムのような状態になり、そのまま影の中へと溶け込んでいってしまったからだ。彼にはなす術も無かった。そしてそのまま、どこからともなくミネスの声が聞こえる。


『今回はこんくらいで勘弁してやるよォ。だが、次会った時はそこの剣士、てめえも標的(ターゲット)だ』


 くきききき、と。


 相変わらず嫌な笑い声を上げ、その声すらも遠くへ溶け込むように消えていってしまった。誰が居たかのような痕跡すら残さず、消えてしまったのだ。


(……居なく、なった……? たす、かった、……の……?)


 不意に、彼女の中を安心という甘い温かさが満たす。だがその時、再び彼女の傷が疼きだし、彼女の身体はそのまますぅと力が抜けていく。


「おい、大丈夫か⁉︎ おい⁉︎」


 視界が眩んでいく。

 結局、この剣士の青年は誰なのだろう。何故、キュリオと同様の能力を。そして、どうしてここに────。

 思考に、痛みに、ヒミは、泥沼のように飲み込まれていった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「……っ」


 次目覚めた時には、既にミネスは居なかった。

 そこは、病室のようだった。きっちりとした長方形の石が積まれ構成されたその部屋には、ヒミのも含め三つのベッドが配置されている。


「……ここ、は……」

「ドゥーランの病院だ。気が付いたか?」


 そこに居たのは、あの時救われた剣士だった。今は剣も甲冑も脱ぎ、そこにある椅子に座りながら本を読んでいる。


「紹介が遅れたな。俺の名はアルフレイド。アルフレイド・ノブルだ」


 アルフレイドと名乗るその青年は、にこりと気持ちの良い笑みを浮かべた。なんとも柄の良さそうな人物だ、とヒミは少しほっとした。


「ヒミ姉!」


 その時、隣から声が飛ぶ。その声に咄嗟に振り向くと、そこにはキュリオが既に地を蹴り宙を飛んでいた──感激のあまり、その瞳に涙を浮かべて。


「ひゃっ!」

「うそぉん⁉︎」


 思わず 避けてしまったヒミ。キュリオはそのまま、ヒミのベッドを飛び越えて向こう側に突っ込んでしまった。どんがらがっしゃーん、とうるさい音を立てて色々破壊する彼に、ヒミは慌てて彼を助け起こそうとする。


「ご、ごめんなさい、ついっ……! ──ッ、あ!」

「君はあまり動かない方がいい、ヒミ。キュリオやチルフは外傷だけで済んでいるが、君は意識があった分無理をし過ぎた。完治するまであと二、三週間……長ければ一ヶ月は掛かるだろうな」


 医者が言うには、そこまで酷い怪我ではなかったものの、ミネスに直接蹴られた分、かなりのダメージを負っているという。すぐにアルフレイドが運んでくれたから良かったが、あのままでは危険だったという。


「そうだぜ、まったく。あたしらは一日寝たら起きれたけど、あんたは三日間寝たきりだったんだからよ」


 チルフが奥側のベッドからひょっこりと出てきて、そう説明する。といっても、チルフもヒミに次いで酷い怪我だったらしいが。


「……そう、ですか。心配を掛けてすいませんでした」


 しゅんとなってしまうヒミ。

 心配を掛けただけではなく、これでキュリオらの旅も遅れる事になってしまう。一生をかけたって達成出来るかも分からない夢なのに、これでは足手まといだ。


 それに、あのミネスという青年。黒づくめの、狂気を孕んだ恐ろしい程強い男。それはキュリオ達を笑いながら圧倒できるほどの強さであり、生身であの巨人や鳥龍の攻撃をかわすことのできる絶対的な強さを持つ。


(次襲われたら……絶対に殺される……)


 怖い。怖い──怖い──怖い。

 死にたくなんてない。今回はこのアルフレイドが来てくれたから助かったものの、次は確実に殺られる。あれだけ身体中に怪我を負わされ、仲間を次々と倒されていく時──ヒミは、本当の死の恐怖、というものを味わった気がした。


 勝手に、身体が震える。普段と違う、病人らしい服を自らの手でぎゅっと握り締める。それを堪えようとしても、身体が言うことを聞いてくれないのだ。


「……っ、ぁ……!」

「ヒミ……」

「ヒミ姉……」


 チルフとキュリオは、心配そうに彼女を見つめる。だが、彼らの温かい視線をどれだけ受けたとしても、この悪寒と震えは止まるようには見えない。

 脳裏にこびり付いているのだ。あの狂気に満ちた、赤い目の恐ろしい表情が────。


「大丈夫だよ、ヒミ姉」

「……っ!」


 途端に、震えが止まった。

 キュリオがその手を重ねるだけで、温かさが増した。普段の手袋を履いた手ではない、温もりが感じられる手。


「僕はヒミ姉の事は守れなかった。けど……次こそは、絶対にあいつを倒してみせるよ! 約束する!」

「キュリオ……」


 決意の瞳だった。

 実際はまたやられるのが関の山にしか思えない。だがキュリオは、その心を奮い立たせ、必死にそう誓っているのだ。ヒミは、それが単純に嬉しかった。


 ────だが。


「っ……⁉︎」

「ひ、ヒミ姉?」


 身体をビクつかせ、少しだけ後ずさりするヒミ。しかしその後すぐに調子を取り戻すと、何でもないというように笑いかけた。


「────まあ、今度は俺もついてる。大丈夫だ、こうなる事はないさ」


 そう言い切ったのは、他でもないアルフレイドだった。


「「「へ?」」」


 三人一気に首を傾げる。そしてチルフが問う。


「なんであんたが? あたし達をここまで運んでくれたのは感謝するが、ここから一緒に行動する意味は無くねえか?」

「当然の疑問だな。だが、一つ言わせてもらうと──君達の治療に使うお金は、当然俺が支払った」


 あらーそういえば、と三人は困り顔で対応する。


「そして君達は今は一文無しらしいな。なんでもそこの子──チルフを解放する為に、全財産はたいたらしいじゃないか」


 ぐぐ、とチルフが悔しそうな表情をする。


「まあ、こうなると君達は如何にかして俺の消費した金を返してもらわなきゃ割に合わないわけだ。──そんな君達に、良い解決法を提示する」


 椅子に座ったまま、彼はキュリオの手元に、繋ぎとめられたとある紙の束を投げる。それの表紙に書いてある文字を、彼はゆっくりと読む。


「……『カリバド剣術指南場』……って、何これ?」

「それはうちの親が経営してる指南場の……まあ、従業員のマニュアルみたいなもんだ。ここまで言えば、後は分かるな?」


 すぐに理解したチルフが、身を乗り出して言う。


「おい、それってまさか……」

「理解したようだな。そう、君達には────」


 アルフレイドは薄い笑みを浮かべながら、こう言った。




「────治療費分、このカリバド剣術指南場で従業員として働いてもらう」




 なかなかちゃっかりした剣士だな、と三人は思った。

土日の二話投稿は二週間に一度にしたいので、今週は一日一話です!

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