十八歩目
次の日。
昨日示し合わせた通り、キュリオとヒミは街に繰り出した。ベルドというドゥーラン窃盗団の頭領についての情報を手に入れる為に。
商人達が活動し始める朝から飛び出して少し、ちょうどお昼頃くらいに集まった二人は、休憩所のような空間の石畳みに座って情報を整理する。
「えっと……僕が手に入れた情報は、ベルドの容姿。つまり姿形って事だね。身長はかなり大きいらしい。僕らとは頭一つ二つは違うらしいよ。力もあって、昔は喧嘩で腕を鳴らしていたらしい」
「やっぱり、そういう類の人間である事は明らかですね。チルフが言っていたのは、やはりただの幻想という事です」
少しご立腹のようなヒミは、自らがゲットした情報を既にまとめていたようで、それをメモ用紙のような物に書き記していた。用紙は何処かで調達したのだろうか。
「数年前までは自ら店を脅しては盗みを繰り返し、街の治安が悪かった為か一種のボスのような存在となっていたらしいです。しかしある時を機に全く表に出なくなり、商人達も姿を見なくなったそうです。……そしてそれと同時期に、今度はチルフ・シーロウバーの名が轟き始めるようになった。その頃はちょうど、治安が回復し始めた時期だと言います」
「ってことはやっぱり……」
「ええ」
ぱたん、とメモ帳を閉じる。
「ベルドは治安の良化と共に己の保身を図り、自らの手ではなく、第三者の手を借りるようにする方針に変えたのでしょう。そしてその手始めとして、チルフ達孤児を良い人面で救い、自らの手駒として良いように操っていたのだと思います」
完璧な推理。
彼女のそれには何一つ淀みはなく、また矛盾も見られない。それを家業としているかのような不自然の無さに、彼は驚きを隠せなかった。
そして思う。
これ程までに情報を集め、整理し、答えを導くのに、彼女はきっと自分の何倍も努力したのだろう。それこそ街の郊外まで探索、調査し、満足いく結論に至るまでああやって書き留め、情報を漏らさずに集め続けたのだ。
その結果がこの完璧な推理。彼女の、彼女自身の正義に掛けた、悪の断罪への一歩。
「すごいね、ヒミ姉」
「何がですか?」
「僕なんかよりたくさん、しかも役に立つ情報を集めて……やっぱり、ヒミ姉と一緒に旅をしててよかったよ。役割分担って感じがする」
「……まあ、私は腕っ節はからっきしですから。ベルドには過去の犯罪がある以上、ここから先はキュリオのお仕事です。後はベルドをひっ捕らえて子供達に話を聞いて、ベルドの身柄と一緒に役人に差し出せば……!」
にこっと笑ってキュリオに向くヒミは、とても満足気だった。そこまで、彼女はチルフの為に、そしてキュリオの為に行動したかったのだ。
「ここまでは誰でも出来る事です。でも、未だベルドは捕まっていない。それはつまり、チルフという盾が彼を守っているからという事になります。でも、キュリオ。あなたなら絶対に倒せます。何故なら一度、あなたはチルフに勝っているのですから」
得意げにビシッとキュリオを指差し告げるヒミ。彼の事をまるで自分の事のように宣言するその言葉からは、彼への信頼が見える。
「……!」
それに僅かに目を見開きながら、驚くキュリオ。
しかし、こうある事が彼女のアイデンティティーのようなものなのかもしれない。
どこまでも真っ直ぐで、自分が正しいと思えばそこに全身全霊を掛ける──信念を貫き通せる人。
『自分』というものを確立していて、状況に流されずに対応出来る獣人。
「……どうしたんですか、キュリオ?」
思わず笑みが零れる彼の顔を、ヒミは不思議そうに覗き込む。キュリオはそれを答えるように顔を上げ、
「いや、ヒミ姉って本当にヒミ姉って感じがするなあって思ってさ」
「どういう事です?」
「自分が正しいと思ったら突っ走れる性格が本当にヒミ姉らしいなって事さ。そんなヒミ姉だから、やっぱり一緒に旅をしててよかったなって思うよ」
「……そんな、事」
何気無い一言のつもりだったが、頬を染めて目線を逸らしてしまうヒミ。が、言った本人がその動作の意図に気付けず、少しばかり首を傾げる。
すると照れ隠しのようにぶんぶんと首を振り、少ししゅんとした表情を浮かべるヒミ。落ち着かなげに自身の指を弄びながら、ボソボソと続ける。
「私はこれまで人を騙してきましたから……巫女の肩書きでムラの人々に嘘を伝えて……それの罪滅ぼしがしたいんです。────例え、私自身がどうなろうとも」
「……ヒミ姉……」
その瞬間だけは、強い彼女がとても儚げに見えた。
自分を第一に考えず、周りの為に──この場合ならチルフの為に動く彼女自身が、実は無理をしているのではないのか、と。
「……って、はは。私、何言ってるんでしょうかね、あははっ。は、恥ずかしいな……そ、そうだ! まだ調査し足りないので、もう一度聞き込みしてきます! またここに集合でいいですか?」
「あー、うん。あんまり無理しないようにね?」
「分かってますって! それじゃ!」
転びそうになるのを少し危なげに回避するヒミ。その巫女装束は大衆の中でも一際浮いていて、しかし沢山の人混みにすぐ掻き消される。元々沢山の文化を持つ人々が集まる街であるが故に、それぞれの人たちが特有の衣装を着ている場合が多い。その為、意外にも溶け込めたりするのである。
「……頑張り屋さんなんだなあ、ヒミ姉は」
よいしょ、と少しおじさんのように腰を上げるキュリオは、腰に手を当てて伸びをした後、周りを見渡す。
────本当に素敵なクニだ。文化の交流と商売の多様性。どんな人でも受け入れる許容性が、このクニにはあるのかもしれない。それに、このクニの人々やこのクニに訪れる人々は、皆気さくだ。キュリオが声を掛けた人達はベルドという物騒な話題についても嫌な顔一つせず、教えられる分だけ教えてくれた。にも関わらずあれだけの情報しか得られなかったのは、やはり彼の聞き込み能力に問題があると言わざるを得ないのだろうか。
(本当に良いクニだなあ……数年前までスラムがあった街とは思えない程)
だからこそ、こんなクニで子供達を手駒にするベルドは本当に許せない。まだ顔さえも見てはいないが、この綺麗な街で悪党だなんて、それ相応の周囲との差異があるに違いない。乱暴な理論かもしれないが、彼にはそう思えて仕方がなかった。
「……ヒミ姉の為にもチルフの為にも、頑張らなくっちゃ!」
堪らず駆け出し、人混みに消えるキュリオ。彼も彼の仕事をする為、街に溶け込む。その特有の人懐っこさからか、先述したこのクニの人々のおおらかさのお陰か、捜査が滞る事はない。
心配など何一つなく、彼はまた己のやるべき事をしに消える。
「────カッコつけやがって。何があたしの為だ、馬鹿にすんな」
広場を囲む建物の、その一番高い教会のような塔の更に天辺に、彼女は立っていた。その金色の髪が太陽に反射し、黄金のように煌めいている。しかしそれは今の話で、彼らが会話している時には、その暗い色のパーカーにあるフードを被っていた。
────そう、今の会話全てを聞かれていたのである。
「……ベルドさんがんな事やってたのは誰だって承知さ、聞くまでもねえ。大切なのは、あの人があたし達を救ってくれたかどうかなんだ」
誰ともない独り言を呟く。
……チルフは、後悔していた。
あの日、変な気を回して彼らの部屋になど訪ねなければよかった。そのせいで変な疑心暗鬼が生まれ、彼女の心の中は異様にざわつく事となってしまった。
しかし今は大丈夫。ベルド自身に信頼の言葉を与えられたから、そして彼女自身が彼を信用しているから。
なのにどうして。
────どうして、こんなにも不安になるのだろう。
(クソッ……! あたしはどうしたってんだ。信頼しろよ、あの人が、あの人自身があたし達を助けた事に理由なんかないって言ってくれたんだぞ!なのにどうして……!)
塔の天辺から微かな足場を頼りに、十秒と掛からずに駆け下りるチルフ。このクニ全てが彼女の領域であるが故に、彼女は何処をどう行けば何処に着けるか、何処が見晴らしが良いかなどはインプット済み。こうして屋根から屋根を駆けているのも、目的があってこそ。
そうだ、自分は今は何をしている?
(ベルドさんに直接指示を貰ったんだ……やりきらなきゃ。それで、こないだのミスを償わねーと!)
その金色の尻尾を振りながら、彼女は目標に向かって走り出す。
その目標は────見知った、あいつ。
次の投稿は明日のお昼1時前後です!




