一七二歩目
「キュリオ……!」
ヒミは、傍に立つ彼を見やりながら、攻撃の手を緩めない。
彼はそこに存在しながら、彼の魂はシスイやカヤネによって他の場所にある。二人の少女に挟まれたまま、彼の身体はそこに存在しているだけになっているのだ。
『邪魔を……するなァあああああッ‼︎‼︎』
「ッ……やべえぞ、ヒミ!」
「あとどれくらい持つ……⁉︎」
ヒミは樹の巨神の制御をキュリオから引き継ぎ、続いてその光を放っている。光線の制御はヒミの方が得意なのだが、それでも世界樹は驚異的な速度で回復している。
『ヒミ……多分、あの樹は後少しで力を取り戻すと思う。そしたら……』
「分かってるよブランカ……でも、キュリオは帰って来てない……!」
『キュリオを信じましょう……あの子なら出来るわ』
「フリィさん……はい! もちろんです!」
信じる。
彼ならばきっとやり遂げる。
それがどんなに険しい道のりでも、彼はそれを踏破する力を持っている。
「……ッ、しかし……!」
『ええい、力が足りとらんぞアルフレイドよ‼︎ 奴め、どんどん力を増している……‼︎』
『ししょー……ヤバイよ! なんだか……どんどんアレ、力が大きくなってきてる……!』
「そうは言ってもこれが全力なんだレビルテ、ソニア……‼︎ 俺の原力の全てをヒミに分け与えているが、それでもあの世界樹を完全に止められる程の力は……‼︎」
『な、何とかなんねえのかフレイド!』
「バッツ……! 何とかしたいところだがな……!」
どうしてもプラスに繋がらない。
今彼らに出来るのは、何とか肥大化する世界樹の力を抑えるのみ。
「お袋……あたし、もうやべぇって……!」
『頑張って、チルフ……! 私も力を貸すから、これさえ乗り切れば……!』
『チルフちゃん……! 私達は、あなたに力を貸す事しか出来ないよ……!』
「ブレイア……くっ、分かってらあ‼︎ 限界くらいいくらでも超えてやんよ‼︎」
気持ちの悪い脂汗も滴ってくる。
抑えつけているあの世界樹が暴走を始めたら、一体どうなってしまうのか。そんなもの、チルフには想像もつかなかった。
「ぐ、う……ッ‼︎」
『そろそろ……限界、みたいですね……ヒミ……。所詮蛇の器に過ぎぬあなたでは……そこに居る虫けら全員の力を一気に引き受ける事すら堪えられないのでしょう……』
世界樹が嘲笑うように告げる。
確かに、ヒミはもう後がない程に傷付いていた。
瞳からは血が流れ、美しい指先はどんどん衝撃によって磨り減っていき、脚も震えている。チルフ、アルフレイド、そして魂の現界したブランカ達の想いを背負い続けて、身体すら持たなくなって来ていたのだ。
「まだ……まだ、やれ、ます……!」
『ヒミ……これ以上は……!』
ブランカが心配そうに彼女を見つめる。
彼女の随一の親友である彼女から見ても、その傷付きようは見て取れる程だった。
「大丈夫だよ……ブランカ。……私ね、今までずっとワガママだった……。キュリオの事しか見えてなくて、いつでもあの子の為だけに動いてた……」
『え……?』
「でも、今みんなの想いを引き継いでわかった……今までの私は独り善がりだったって! 彼を思う気持ちは、誰だって同じなんだって……!」
そうだ。
ヒミの愛だって、スティの姉弟愛だって、フリィの親子愛だって、みんな同じものだ。
チルフやアルフレイド達の友情だって、彼を想うというかけがえのないもの。
「でも、それでも私は……私は、キュリオにとっての特別でありたい! みんなの想いを引き継いでも、それでも……私は、そう思うの‼︎」
「ヒミ……お前……」
『ヒミ……』
『ヒミちゃん……』
「だから、私はここで倒れるわけにはいかない‼︎ 誰よりもキュリオを信じて、誰よりも彼を待ち続ける‼︎ そして彼に託されたこの場所を、絶対に守り通してみせるッ‼︎‼︎」
刹那、樹の巨神の光線が輝きを増す。
彼女の誰にも負けたくないという想いが、彼の信頼に応えたいという想いが、彼の力に反応しているのだ。
「……全く、本当に一途だな、ヒミは。君はいつもそうだ」
「フレイドさん……」
「こっちまで恥ずかしくなるからやめろっての。誰もあんな旅好きバカを好き好んだりしねーよ」
「チルフ……」
「悔しいけど……きっと。スティよりも……キュリオを想う気持ちは。ヒミの方が大きい……」
「スティさん……」
皆が、笑いかけてくれている。
皆が、認めてくれているのだ。
『……あの子も幸せね。こんなに想ってくれる大切な人がいて』
「フリィ……さん」
『きっとあの子も喜ぶわ。どんな場合でも……そこまで思われれば、自然と嬉しくなるものよ』
ダリオからの寵愛を受けていたからか、フリィは強くそう思う。例え道を踏み外していたとしても、心の何処かでは喜んでしまうものだ────規格外の愛というものには。
しかし、
『馬鹿なことを……そんなもので、この私が止められるかッ‼︎‼︎』
世界樹の回復速度が、一気に上昇した。その中の原力が、どんどん増していく。
「そんな……ッ、なんで……⁉︎」
『その感情すらも、創り出したのはこの私です‼︎ あなた方は私が創り出した石ころに過ぎないのですよ……‼︎‼︎』
ヒミ達が放つ力が、どんどん跳ね返されていく。全てが吹き飛ぶような衝撃に、しかしその場の全員は耐えている。
しかし、もはや限界が近付いていた。
彼らの残りの力は欠片ほど。ダリオに託されたものも、みんなで共有する力も、殆ど残ってはいない。
(そんな……こんな……ところで……⁉︎)
歯を食いしばりながら、ヒミは嘆く。
あと少しで。
あとほんの少しで、キュリオが目を覚ますかもしれない。
彼の中の輝きが、どんどん強くなっているのを、傍で感じているから。
なのに──結局、守りきれない。
彼に笑って欲しくて、彼に力を貸したくて、なのにその力はあと少しで足りないとでもいうのか。
(……わ、たしは……ッ‼︎)
それでも。
「────……負ける、訳にはァああああああああああああああああああああッ────!」
瞬間。
砕けるような音と共に、ヒミ達が放つ光線が光を失い、分散していく。
「────!」
負けて、しまった。
(そん……な……)
一緒に、ヒミの身体も背後によろめく。
「「「ヒミッ……‼︎」」」
チルフ、アルフレイド、そしてスティの声が聞こえる。
『ヒミ……! まだ……!』
ブランカの声も、耳に届く。
でも、もう駄目だ。
一度でも途切れてしまえば、もう二度と繋ぎ直す事は叶わない。もう、世界樹を攻撃する力など残されてはいないのに────。
(みん、な……ごめん……な、さ……)
ヒミが、その琥珀色の瞳を閉じてしまいそうになった。
そんな時────。
(────あなたがそんな事でどうするの、ヒミ)
懐かしい声と共に。
ヒミの身体から流れ出た眩しい光が、樹の巨神を通して世界樹へと放たれる。
(……! お、か──……)
ヒミが意識するより早く。
その輝きは、先程のヒミ達の攻撃とは違い、世界樹の奥底へと潜り込み、その樹木の隅から隅までを無数の血文字で縛る。
『ッッ……⁉︎ この、力は……‼︎ 封蛇の力……守り人の分際でッ……‼︎』
その瞬間、世界樹の動きが止まる。
そして──ヒミの身体は、小さな腕の中に収まった。
「────お待たせ、ヒミ姉」
それは間違いなく、少年の。
ヒミが恋い焦がれた少年の、優しい笑みだった。
「……遅いですよ、もう」
「ごめんごめん。……さあ、終わりにしよう!」
キュリオの身体から、真っ白な輝きが離れていく。
それは彼らの目の前で一人の存在として、一つの解き放たれた魂を軸として構築されていく。
その長髪の色は白。しかしそれは新たな希望の煌めきによって、どんどん元の──燃えるような赤色へと染まっていく。
そして、そのアメジストのような紫色の瞳が──眩しいほどの輝きを纏い、開かれる。
『────ああ、速攻だぜ‼︎ 現れろ──オレの魔影‼︎ 炎魔の戦乙女‼︎‼︎』
名を叫ばれ現れたのは、炎の剣を構えた女魔導騎士。灼熱のマントを羽織り、赤と金で形成された鎧を全身に纏う、雄々しさも兼ね備えた美しい魔人だった。
『カレン……!』
『……カヤネ姉さん……シスイ姉さん』
『おかえり、カレン。待っていたんだよ、ずっとね』
『……ごめん。なんていうか、馬鹿な夢を見てたみたいだよ』
目覚めたシスイとカヤネが近寄り、その同じ色の瞳を合わせて笑う。
一人だけ別れた姉妹の、あまりにも久しい再会。だが何故だろう、間が空いた気がしない。
それはきっと──お互いが、お互いを想い続けていたからかもしれない。
だから、彼女達はまだ戦える。
『────覚悟しとけよ世界樹‼︎ 世界を創っただかなんだか知らねえが、オレ達の道を阻む奴はぶっ飛ばす‼︎』
闇から目覚めた少女は、大きく吼えながら世界の始まりを睨み付けた────。




