一六八歩目
『あなた方など──この一撃で消し去れるッ‼︎』
世界樹がそう吼えると、トオマタノオロチの一〇の蛇の顎から真っ白な光線が放たれる。それらはうねるように形作り、一つに合わさりキュリオ達へと向かっていく。
「────させませんッ‼︎」
ヒミは彼らの前に立ち、紙の御手を発射する。一〇の指の全てから真っ直ぐ放たれたその光線は集約され、一本の極太な一撃となってトオマタノオロチの光線と衝突する。
だが、あちらの方が力の保有量も割ける力も上。ヒミもそのオロチの力の欠片──いや、キュリオと力の融合をした事により浄化されたその力でさえも、その勢いに徐々に押されつつある。
「ぐ、ううぅ……‼︎」
『あなたのような借り物の力で……悪しき大蛇の力の欠片などで、この私は止められませんよ』
「違う……本質は変わらないかもしれません……ですけれど、これはお母様から受け継いだ、封魔の力‼︎ そしていつも私達を守ってくれた、みんなとの力なんですッ‼︎」
その白い輝きには、血のような赤い発光をする文字が浮かび上がる。それは──彼女の想いが力を変容させ、その首の封魔の御札が無くとも制御出来るようになったという証。
そして今まで御していたその御札は、今度はオキミの力を受け継ぎ、彼女の魔力に更なる力を与える武器となる。
『だからなんなのです。そんなものは私の力の前には──何の意味も成さないッ‼︎』
「ぐッ……ぁぁああああああああああッッ‼︎」
ただ──それでも、この世界を創造した存在の一撃には遠く及ばない。せめて半分でも、とヒミは最大限の力をそれに注ぎ込む。
だが。
「ヒミにばかり……良い格好。させない」
刹那、その一撃に三色の力が混ざり込む。炎、水、風の三つの力は一つとなり、真っ白な龍となってうねる。
それはヒミの一撃を更に強化し、トオマタノオロチの攻撃と渡り合うレベルまで叩き上げた。
「スティ……さん」
「スティでいい。……スティも。負けられないから。──お姉ちゃんとして」
背後に亡喰の皇妃を出現させ、ヒミの手の隣に自らの手を置きながら、スティは言葉を交わす。
最早、敵対の意思など何処にも存在しない。
「……ふふ。じゃあどっちが相応しいか、勝負ですね」
「家族構成上はスティだし。相応しいのはどっちかなんて決まってる」
「そういう話でなくてですよ。どちらがキュリオの事を守ってあげられるか……ッ、です‼︎」
「ッ……分かった」
その瞬間、琥珀の瞳と桃色の瞳は殺気を放ち、その身体に込められた力が全てのその力の鍔迫り合いへと向かっていく。
『何……この、ッ力は……⁉︎』
「「はぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ‼︎‼︎」」
真っ白な双撃が、重なっていく一撃が徐々にオロチの放つ攻撃を押し返していく。周囲の全てを吹き飛ばしかねない程の衝撃が、彼女らの声と共に広がっていく。
そして──トオマタノオロチは、その一撃に気を取られ過ぎていた。
「無防備過ぎるぜ、創造主サマよぉ‼︎」
「行くよ、チル‼︎」
「合点承知ノスケってなぁ‼︎」
『なッ……⁉︎』
既にトオマタノオロチの、その一〇の首元には、キュリオとチルフの二人が飛び出していた。
キュリオはその実体化するセリオンの刃を、驚異的な程まで、その蛇首と容易に切断出来るまでに伸ばしていた。セリオンはオーラとしての形質である為、大きな重量を伴わないのが大きな利点である事を上手く利用している。
そしてキュリオの力を分け与えられたのか、チルフはそのナイフに帯びていたセリオンを、キュリオと同レベルにまで伸ばしていた。
「「らぁぁ────あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ‼︎‼︎」
そして、その刃はお互いに二本ずつの首を当たり前のように切断する。
『ッッ……⁉︎ 何なのです、これは……ッ⁉︎』
「へへっ、最高だぜ。勝ち誇った奴の訳わかんねえって声を聞くのはなぁ‼︎」
「僕達は負けられないって……言っただろ‼︎」
セリオンの血は、確実に闘争を訴えている。
新たな道を進む為の闘いを。
セリオンの剣は、その為の刃なのだ。
『……ッ‼︎ 私とて、この世界を再創造しなければならないのです‼︎』
「なぁッ⁉︎」
「ぐッ⁉︎」
巨大な女性の肉体が、チルフとキュリオを掴もうとする。彼らは身動きがとれず、甘んじてその掌に捕まってしまった。
『握り潰してやる‼︎』
「ぐっ……ぁあ……‼︎」
「ッ……くっ……‼︎」
二人を締め付ける掌。その力は何物も比べ物にならない程強く、どんな鉄くずだろうが粉微塵に破壊してしまうだろう。実際、キュリオ達はセリオンの放出だけで耐えている。
それでもチルフは、キュリオは笑う。
「……へっ」
『何がおかしいというのです……!』
「そりゃあおかしいぜ……ッ、大笑いだ……」
『ッ……何故……‼︎』
「僕達は……ッ、仲間と一緒に戦っているからさ……!」
その瞬間。
キュリオとチルフを縛る掌は、一瞬の間さえ持たずにバラバラに分解されてしまう。血などは噴き出さないが、彼らの拘束は簡単に解けてしまう。
『なっ……⁉︎』
「な? 言った通りだぜ」
「全く、簡単に言ってくれる……」
空を舞っていたのはアルフレイド。そして、その動きを操っていたのはダリオだった。
『なッ……どうして⁉︎』
「私の超時界をアルフレイド君と私だけに超限定的にかけたのさ。そして私の原力を彼に一時的に殆ど分け与える事で、彼は僕より大量の原力を持っている状態となり光並みの速度で動く事が出来た。────まあ、消費が激しくてもうこれっきりって感じだが」
超時界は術者であるダリオと比較した原力量で速度が決まる。だから原力をダリオより多く持っていたアルフレイドは光速で動く事が出来たのだ。
『そんなッ……⁉︎』
「おいおい、下がお留守なんじゃあないか、創造主サマよ」
「アル、お前だんだんあたしみたいな事言い出すようになったな……」
『何ッ⁉︎』
そうだ、忘れていた。
ヒミとスティの光線攻撃に割いていた一〇の首のうち四本が叩き伏せられ、意識さえもアルフレイドに向かってしまっていた。
これでは────。
「ついて来てくださいよ、スティ!」
「……こっちの。セリフ」
その瞬間、ヒミの紙の御手の両手が合わさり、まるでトオマタノオロチのような、一〇の首持つ大蛇となってそこに現れる。
大蛇の魔力を己が物とした彼女には、最早その存在すら彼女の下へとつかざるを得ないのだ。
(お母様……力を貸して────!)
そして、スティの亡喰の皇妃もその膨大な魔力に当てられ、進化を遂げる。
彼女の周りには禍々しい沢山の魂が現れ、その全てが渦巻いて亡喰の皇妃に、スティに力を注ぐ。
そう──それは、今まで彼女が喰らわざるを得なかった魔法使いの魂達。それらがまるで彼女を祝福するかのように真っ白に輝き、おどろおどろしい姿を見せながらも彼女を取り巻く。
(みんな……今だけでいい。スティに力を貸して!)
全ての魔法使いの色は混ざり合い、真っ白な輝きへと姿を変える。それはスティの放つ一撃に加わり、更にその煌めきを増してヒミの白の輝きに加わる。
それはトオマタノオロチが放つ原力を遥かに超える衝撃となって、閃光となって、その全てを焼き尽くす。
「行って────十叉ノ紙‼︎‼︎」
「────涅槃の神妃‼︎ 全てを叩き潰せッ‼︎‼︎」
宝石のような純白の輝きは、世界樹の巨木のように、枝のように細く広がり肥大化し、トオマタノオロチを飲み込んでいく。
『なッ……そんな歪んだ憎しみの力が……⁉︎』
「魔力は憎しみの力じゃない‼︎ 誰かを大切に想って、誰かを守りたいって、誰かを愛したいって想うから放てる力なんです‼︎‼︎」
「それは歪めば憎しみの力にもなる。けれど純粋な願いには────真っ白な光で応えてくれるッ‼︎‼︎」
輝きは、一〇に満たない蛇達を喰らい尽くす。
『こんな……こんなちっぽけな存在にィッ‼︎⁉︎』
そして────爆煙と共に、全てが終わりを告げた。
魔力はただ純朴な二人の願いに応え、眩い輝きとなって敵を砕いたのだった。




