一六六歩目
「ッ……ほォ……言いやがる。たった今目覚めたばかりのお子ちャまが良く吼えるもんだァ」
「それは──どうかなッ‼︎‼︎」
キュリオが手を開く。
すると、その樹の巨神も同じ動作をし、更にその掌から紙の御手と同じ様な白い衝撃波が放たれる。
「くくッ、やってる事は変わんねェじゃァねェか‼︎ その女と同じ魔力での攻撃じゃァ、俺様にダメージは与えられねェんだよォ‼︎‼︎」
オロチはその赤い目を光らせ、その光線を無効にしようとする。紙の御手を構成しているのが魔力である以上、どんな威力でも彼女に届く事はあり得ない。
────だが。
「……ッ‼︎⁉︎」
その一撃は、オロチの新たに生み出された黒い右腕を一瞬にして撃ち抜いた。
彼女が身体を一瞬引かなければ、確実にその一撃を浴びて消し炭になっていた。オロチ自身は攻撃を確かに無効化出来るハズだった──なのに、だ。
「なんッ……だとォ……⁉︎」
「この攻撃は魔力だけじゃない……僕のセリオンと原力も、一緒になって融合している。僕達の力は今共有して、混ざり合っているんだ‼︎‼︎」
ヒミの手を強く握りながら、キュリオは力強く叫ぶ。その場からは一歩たりとも動かずとも、その一撃は確実にオロチを仕留める矛となり得る。
(まさか……三力が等しく混ざり合い、お互いがお互いと絡み合って離さないのか⁉︎ だからオロチでも魔力だけを吸収する事が出来ない……!)
ふらついた身体をスティに押さえられながら、ダリオは理解する。
彼の思う通り、彼はヒミの魔力を己の原力、そしてセリオンと極限まで融合させている。その繋がれた右手によって、彼らがうっすらと纏う白い──いや、最早白銀とさえ呼べるその光は共有されている。
原初の力である原力さえも超える新たな力──未だ命名すら出来ないその力は、しかし確実にオロチを追い詰める。
(それに……彼は原力だけで、木さえも素材にせずにあの巨神を生み出した……! そうか、それが三つの力を手にした彼の能力────!)
そう、彼らの持つ力を現界させるには、その素材が必要。木の巨人なら木、というように。
しかし彼は三つの力によって『創造』の力を手に入れ、それによってあの巨神を生み出したのだ。
「ふ、ざけやがって……ならァ……‼︎」
「なら、どうするってんだ?」
「ッ⁉︎」
オロチがすぐ隣を見やると、既にそこにはナイフを構えたチルフがいた。石の鳥龍で近付いてきている事に、キュリオの一撃への衝撃からか気付くことすら叶わなかったのだ。
「ッ……らァあああああああああッッ‼︎‼︎」
切羽詰まったオロチは再び両腕を生やし、黒い矢を作り上げそれを構えてナイフを防ぐ。そしてその隙に、残り二匹のうち一匹の大蛇でチルフへ黒い光線を繰り出す。
「やばッ……⁉︎」
だが、その一撃を一瞬の光が防ぎ、途端巨大な力が不意に大蛇の頭を押し出す。
「ッ⁉︎」
「まだスティは終わってない‼︎」
「満足に戦えはしないが……君達の身くらい守ってみせる‼︎」
それは、スティの亡喰の皇妃から放たれた電撃、そしてダリオの原力による放出の力だった。いくら魔力が通用しないといえど、それはオロチが魔力を無効にしようとしなければ意味が無い。
動揺し意識が振り分けられない今なら、スティのその魔法攻撃も決まる。
空中で動けないチルフは石の鳥龍で己の身体を拾い、そのまま迂回する。
更に────。
「こちらがお留守だぞ、ミネス‼︎」
「ッ……‼︎」
刹那、鉄の剣士とアルフレイドの剣が、意識を向けていなかった反対側から襲い掛かる。
それはオロチ本体──そう、スティの身体へと向かっており、更にその連撃はどれも防がれる事なくミネスへと叩きつけられる。
肩、腹部、そして心臓の三箇所へと。
「が、ァッ……‼︎⁉︎」
「すまない、キュリオ、ダリオ……!」
彼らの大切な家族の身体を傷付けた事を詫びながら、彼は飛び出し、石の鳥龍へと飛び乗る。
「いや……こうなったのは私の責任だ。君が詫びる事はない」
「そうさ……僕が、僕達が‼︎ 母さんの身体をミネスから解放する‼︎ あいつに乗っ取られるくらいなら、僕達がここで終わらせるんだ‼︎」
「ええ! やりましょう、キュリオ!」
繋いでいた手を構え、後ろへと引くキュリオとヒミ。
樹の巨神もその動きに応え、両掌を胸の位置に合わせる。
するとその掌の間から白い電撃が、炎が、水が、風が集まり混ざり合い、一つの光となっていく。それは巨大な球体となってどんどん膨れ上がり、すぐに爆発せんとばかりになる。
「が、ァ……て、めェら……こ、のォ……‼︎」
黒い血反吐を吐き、左胸や腹部から溢れんばかりの黒い血液を流すオロチ。それらは滴り切ると煙となり、黒煙の姿を見せて大気へと消える。
どうやらその傷は彼自身へとフィードバックするようだ。その身体は偽りでも、彼自身の痛みには違いないという事なのかもしれない。
瞳からも黒い血液が噴き出し、それは最早獣人だと思えない程に傷付いていた。
「────樹の巨神ッ‼︎‼︎」
そして。
その両掌の間には、眩い光を放つエネルギーの塊が形作られていた。
「ァ……が、ァァああああああああッ‼︎‼︎」
痛みに悶えるオロチ。
そんな彼女に向かい、引いた手に力を込める二人。
「これで終わりだッ、ミネスッ‼︎‼︎」
「私達の一撃を────喰らいなさいッ‼︎‼︎」
繋がれたその手がきっかけとなる。
その手は前に押し出され、そしてそれと同時に、彼らの勇気も一歩進む。孤独に果てたその先に待っていたのは、過去に積み上げた絆だった。
「ふざけんなァッ‼︎‼︎ こんなァ……こんなところでェェええええええええッッッ‼︎‼︎」
喚くオロチの声は、あまりにも悲痛だった。
復讐に生きた存在の最期には似合いすぎる程に。
「「────いっけぇぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ‼︎‼︎」」
そして、断末魔すらも掻き消す二人の叫び声の後。
樹の巨神の手の中の力の塊が、まるで龍のようにうねり、溢れる力を誇示しながら、オロチの身体を焼き尽くす。
「ッァ……アァ、がああああああああああああああああああああああああああああッッッ‼︎‼︎ ィぎ、ぐゥゥううううああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ‼︎‼︎⁉︎」
彼らが放ったのは、ただの力。しかしこの世のどんな力より純粋な、原力や魔力やセリオンよりも混ざり物のない純粋な力だった。
この世の全ての色を混ぜれば漆黒になるように、この獣人世界の三力全てを完全に混ぜ合わせて出来た力は、ただ純粋な力だったのだ。
それは小細工の一つもなく、ミネスを煉獄へと導く。ヤマタノオロチ本体すらも覆い尽くし、その衝撃は巨大な怪物全てを破壊していく。
「ん、な……す、すげぇぞ、二人とも‼︎」
「ああ……!こんな力が……‼︎」
チルフとアルフレイドは驚愕しながら、ガッツポーズと共にその一撃に祝福する。
「ダリオ……これは……!」
「ああ……これならば、あのヤマタノオロチでも破壊し尽くせる……‼︎」
スティとダリオも、その輝きの威力に驚愕を隠せない。まるで消し飛ばすかのように、その存在を掻き消すかのような激しい光が、ヤマタノオロチを包み込んだのだから。
そして悲鳴の後、怪物の姿は全く消え去った。
沈黙と共に残るのは、両手をかざした少年と少女の後ろ姿だけだった。




