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ケモノミチ  作者: たびくろ@たびしろ
ドゥーラン編II
148/176

一四八歩目

「ッらあッ‼︎‼︎」

「はあッ‼︎」


 ブレイアの刃へナイフを突き立てるチルフ。その身体には『セリオン』のオーラが纏われ、剣を繰り出す力も増している。


「やるね……!」

「そりゃどーも……ッ‼︎」


 しかしブレイアはチルフにも勝るパワーと、双剣による連続攻撃がある。彼女は左脚を踏み込み、チルフの横から左手に握ったもう片方の剣を振るう。


 だが、チルフも双剣との戦い方は先程のリディとの戦闘で理解した。こちらの認識の穴を突いて瞬発力のある一撃を確実に決める、それがセオリー。


 だからチルフはブレイアの右の短剣を弾き、左から襲い掛かる一撃をしゃがんで回避。そして地面に手を付いて下半身を上に持ち上げると、脚を勢い良く上げてブレイアの左の短剣を蹴り上げる。


「ッ……!」

「おらぁ、横腹がガラ空きだぜェ‼︎」


 そして地面に脚は戻さず、腕を軸にしてそのまま身体ごと回転させ、チルフは蹴りをブレイアの横腹に叩き込む。ブレイアは腹部に力を入れてダメージを抑えようとするが、チルフにも『セリオン』の力が目覚め、パワーが増している。


 結果ブレイアは蹴り飛ばされるが、すぐに体勢を立て直す。吹き飛ばされた身体をコントロールし、両手を地面に当ててバク転しながらチルフの方へと向きを戻す。


「らあッ‼︎」


 刹那、目の前にはチルフの脚が。『セリオン』を生かした一瞬の動きで、チルフは既にブレイアを蹴り飛ばす構えが出来ていた。彼女の眼前に飛び込み、既にその脚を振るっていたのだ。


 だがブレイアはしゃがんで回避、更に回転しながら双剣をチルフに叩き込もうとする。チルフはかわされた身体で着地し、そのままナイフを構えて双剣を防ぐ。


 叩きつけられる重さに、身体が少し後ろにズレる感覚がした。『セリオン』同士の衝突は、もはや規格外のものと化しているのだ。


「ほら、どうしたの? さっきの鳥は?」

「切り札を出し惜しみしてんだよ」

「その前に死んだらどうする?」

「その前にテメェにケリつけるだけだ……!」


 お互いにお互いを弾き合い、再び距離を取る二人。


 肉弾戦は均衡している。決着がつくとすれば──それはもう、互いの奥の手の力量。


 だがそれを先に取り出したるは、ブレイアだった。


「ならそれより更に先に私がケリをつけさせてもらうよ。私はもう、あなたの命を奪う事に躊躇なんてしてないから」


 双剣にも『セリオン』が纏われる。更にそれはぐんと伸び──アルフレイドの長剣とも差し支えないほどの長さへと進化する。


『セリオン』でのリーチの強化。セリオニアの本家末裔で、『セリオン』の量が常人の比ではない彼女だから出来る芸当。惜しみなくその力を吐き出す事での短期決戦。それが、ブレイアの奥の手。


「はあッ‼︎」

「くそっ、マジかよ‼︎」


 先程までとは戦い方もまた変わってくる。広い攻撃範囲に四苦八苦しながらも、チルフはそれと打ち合う。


(なんであいつ……あんな自由に剣を振り回せんだ‼︎ リーチが長くなった分、取り回しづらくなってるハズなのに……⁉︎)


 剣の長さが長くなれば、自由に振り回している際に自らも傷つける事さえある。先程まで短剣を振り回していたなら尚更だ。


 だがブレイアは違う。さも当然のように長剣を短剣のように振り回している。チルフは何とかナイフで受けているが、勢いもパワーも段違いだ。


(ブレイア自身への重みが無いのは『セリオン』は実体じゃないから、なんて理由なら分かる。だがこいつ……自分も斬り刻む程の勢いのクセに、それの様子が全くない⁉︎)


 チルフはブレイアの太刀筋を良く観察する。すると彼女は、とある事に気付く。


「……! テメェ、自分に『セリオン』の刃が当たる時だけ、オーラの先を消してやがるな⁉︎」

「当たり前だよ。何処の世界に自分を斬りつける剣士が居るってのさ」


 彼女はまるで踊るように短剣を振るう。その途中で、何度か『セリオン』の刃はブレイア自身を襲っている。


 だがブレイアはその瞬間だけ刃を消失させ、またそれが通り過ぎれば発生させている。自らの太刀筋を理解し、尚且つタイミングなども熟知していなければ出来ない芸当だ。やはり剣の上では彼女が上、『セリオン』のコントロールでも負けてしまっている。


 何度も剣を受ける度に、チルフはどんどん後ろへと追いやられる。彼女の形勢を逆転できるのは、やはり石の鳥龍(ステイラプト)の一撃しかない。


(ッ……だが、石の鳥龍(ステイラプト)が放てるのはもう一度きり、時間も一分あるかないかだ。ここぞって時に使わねえと……!)


 攻撃を受けながら、チルフは考える。時々その一撃が彼女の肌を斬りつけ、そこから血が滴るように溢れる。痛みに顔をしかめながらも、守りの手は緩める事は出来ないのに。


 更に言えば、石の鳥龍(ステイラプト)は地面へと突き刺している時に一秒ほどのインターバルが出来る。刹那にも等しい彼女の双撃を受けながら、などとても無理だ。彼女の刃の一本一本は、既にチルフの一撃で仕留め切れるほどに鋭く進化している。


「ッ……くそ……ッ!」

「早くその手を離した方が楽になれるんじゃない?」

「ふざ……けん、なッ‼︎」


 にやりと笑うブレイアに、チルフは吠える。


「他人の操り人形なんかには負けねえ……テメェみてぇな、自ら人形になりたがるような奴にはなァッ‼︎」

「……!」

「レビルテの奴がそんな事望むと思ってんのか⁉︎ テメェの大好きだったレビルテ──いや、レビオンは、弟子を操って満足するようなクソ野郎なのかよ‼︎」

「兄さんは関係ない‼︎ 私があの人の力になりたいだけ‼︎」

「なら余計ダメだろうが‼︎ あたしにだって少なくとも、あの野郎が人が自分のいいなりになって喜ぶような奴じゃねえのは分かる‼︎」

「……ッ!」


 それに反応するかのように、ブレイアの剣速が速くなる。チルフにも捌ききれないほどの斬撃が、絶え間なく叩き込まれる。


「痛ッ……‼︎ テメェは……そんな考えであのムラを抜け出したってのかよ‼︎ それでレビルテが本当に喜んだのかよ‼︎」

「……る、さい……」

「あいつは正当な獣人にんげんしか評価しねえ奴だ。アルの野郎は評価しても、あたしみてえな奴にあいつは良い顔なんかしなかった‼︎ なのにお前みてえな自分も持ってねえ奴に、あの野郎が良い顔するわけねえだろうが‼︎」

「う、るさい……‼︎」



 ブレイアの脳裏には、彼の笑顔は全くと言って良いほど浮かばなかった。


 いつも彼女は、過去の彼を、いつまでもレビオン・アミルテしか見ていなかったのだから。


 今の姿は偽りだと。本当の姿は別にあるのだと。


 いつまでもいつまでも、そう思い込んでいたから。


「あいつの事が大切なんだろ‼︎ 大好きなんだろ⁉︎ テメェはあまりにもあいつに焦がれて、そのうち自分を見失ってたんだよ‼︎」

「うるさい……‼︎ うるさい……‼︎」

「本気でぶつかるのがあいつとの接し方だっていうのを知ってて‼︎ それでも離れるのが恐かったんだよ‼︎」

「うるさいッ‼︎ うるさいッ‼︎ うるさいッ‼︎」


 我を失い、剣を振るう。その動きには最早丁寧さはなく、まだ力だけが増していた。力と速度だけが先走り、己を見失っていた。


「お前に何が分かる‼︎ 私は五年も待ったんだ‼︎ 自分の事を責め続けて、待って、待って、待って……やっとレビオン兄さんに逢えた‼︎ それを失いたくないって事の何が悪いんだッッ‼︎‼︎」

「悪いなんて言ってねえよ‼︎ けどなあ、今のテメェの在り方は、少なくともレビルテに望まれてない事だってのくらいは分かる‼︎」

「兄さんに望まれてるかなんて問題じゃない‼︎ 私は兄さんの側にいる事が全てだって、兄さんが居なくなってから気付いた‼︎ 私に稽古を付けてくれて、いつも私の側で剣を振るっている兄さんが……それだけが居てくれればいいって‼︎」


 そうだ、何も大きな事を望んでいるわけではない。


 ただ側に彼が居てくれれば、それで良かった。


 彼の温かみさえ感じられればそれで。


 他人にどう思われてもいい。レビルテ──いや、レビオン・アミルテ本人に愚かだと思われても良かった。


 ただ、彼という存在の隣にさえ居られれば。


 が、




「それでいいのかよ‼︎ テメェはレビオンが大好きだって気持ちを……伝えたかったんじゃあねえのかよッッ‼︎‼︎」




「────ッ……!」


 一瞬、ブレイアの動きが硬直する。


 それを、チルフは見逃さない。身体の『セリオン』を、ナイフへと集めていく。それをブレイアへと振るい、今まで防戦一方だった形勢を均衡へと持っていこうとする。


「何、を……!」

「テメェはいつかレビオンを超えるって誓っていた‼︎ だから剣の腕を磨いていた‼︎ 違えか⁉︎」

「ッ……それ、は……!」

「もしテメェがそれを諦めちまったら、今までのそれは一体何のために培われたんだよ‼︎ その力は、その『セリオン』は、テメェの大切な人に気持ちを打ち明ける為の、唯一の方法だったんだろうがッッ‼︎‼︎」


 刹那、金属音が鳴り響く。


 一本目。ブレイアの短剣を、チルフはそのナイフ捌きで絡め取り、遥か彼方へと弾き飛ばした。


「なッ……⁉︎」

「それはあたしに振るうモンじゃねえ、テメェの兄さんに打ち勝つために振るうモンだろ‼︎ 人殺しの血で染めるためにあるんじゃねえ、遥か彼方の高みに追い付いて、気持ちを伝える為にあるんじゃねえか‼︎‼︎」


 ブレイアは空いた手を後ろに回し、短剣を持つ手を更に俊敏に動かす。チルフの目視を超えるスピードにさえ感じるその剣捌きは、誰であろうと捉えられない俊速とまで言える速度。


 だが、チルフには当たらない。


 感覚と言えば簡単なものだ。だがそれだけの、たった二文字のその言葉が、全ての命運を分ける程の判断力を彼女に与える。


 そして意志。その部分では、既に大差が付いていた。


 目的を見失い、ただ甘え、しがみつくだけのブレイアと。




 ────戦う相手を見据え、先を見つめ、行くべきに踏み込もうとしているチルフでは。




「ッ⁉︎」


 二本目。


 ブレイアの放った剣撃はあまりに速く、あまりに強力で────。


 だが、遥かに脆かった。


 跳躍したチルフが叩きつけた蹴りの一撃は、剣で対応すると思い込んでいたブレイアの意識の不意を突き、ブレイアが短剣を持つ右腕へと吸い込まれる。


 既に守りを忘れ、一刻も早く雑音を流す目の前の小娘を叩き潰したかったが故の、ガードの甘さ。大した衝撃はなくとも、短剣はその手から容易にすり抜けた。


「あ────」


 反応は、遥かに遅かった。


 ブレイアが次にチルフを見たのは、跳躍する前に地面に投げて突き刺し、インターバルを蹴りで稼いで召喚された石の鳥龍(ステイラプト)に弾き飛ばされてから。


 大きな衝撃がブレイアを襲う。


 彼女の身体が行動不能になる程の勢いが、ブレイアを吹き飛ばした。


「だったら────」


 なのに何故だ、声は聞こえる。


 それは、『セリオン』同士の何処か五感とはかけ離れた意識の中なのかもしれない。


 ただ、彼女の呟きは聞こえる。


 敵にかけるなんて信じられないほどの優しい声で。


 石の鳥龍(ステイラプト)から飛び出し、こちらへと右脚の蹴りを構えながら。




「────早く追い付けよ、レビオン兄さんに」




 その蹴りは、力強く振るわれた。

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