十四歩目
「……ぐ、ちくしょう……」
ドゥーラン郊外の路地裏で、腕から血を滲ませながら座り込む金髪の少女がいた。もちろんそれはチルフであり、彼女は先程、キュリオの巨人によって投げ飛ばされ、今さっき地面に突っ込んだばかりだった。もちろん投げる際には手加減したからこうして生きているのだろうが、それにしたって死ぬところだった。
「何、なんだよあの野郎……! あたしと、同じ様な……事を……⁉︎」
石を操るこちらに対して、彼は木を素材とした木の巨人なるものを繰り出してきた。
普段チルフが石の鳥龍を創り出す為には、使用したい石を彼女のナイフで必要分傷付けなければならない。そして最後に石にそれを突き刺す事により、鳥龍は現れ、彼女のしもべとなる。
なのに彼は──何にも触れず、傷付けず、何も無いところから木の巨人を繰り出してきた。もしもチルフと原理が同じであるなら、あれを創り出すには一定量の樹や木材などが無ければならないはず。
(……勝てるハズがねえ。あんなバケモン、あたしの石の鳥龍じゃパワーも大きさも負けてる。どうしようもねえ……)
彼女は既に、戦意を喪失していた。
彼に逆らうつもりもない。そしてふと、彼女には気になる事が出来た。
それは──この力の正体を知りたい、という事だ。
(そういやこの力、一体何なんだ……?)
彼女はナイフを取り出す。
それは何の変哲も無い、そこらの武器屋で安価に買えるようなもの。それこそチルフだけなどではなく、この世界の大多数が使っていそうなほど平凡なナイフだ。
短い刀身に握り込みやすさを重視された柄。そして刀身には軽い装飾が施されており、刀身本体の色は黒い。恐らく黒曜石なんかなのだろう。
これは、チルフが幼い時、初めて行った盗みによって手に入れた産物だ。確か、遠い所からやって来たらしい商人から盗み出したと記憶している。
手に入れた時は何の変哲も無い、不思議な力も無いただのナイフだった──いつからだろうか、この力が備わったのは。
(……確か、お袋が居なくなってからだっけ……)
チルフ・シーロウバー。
彼女の家は貧しく、このドゥーランのスラム街の一つの家庭だった。なんてことない、何処にでもいるような家族だ。確かに、今はこの街は商人によって栄えている……が、一昔前、チルフがまだ幼かった頃は、そこそこ商人が集まる程度のクニで、治安も最悪だった。
今彼女がいる路地裏だって、あの時はゴミ溜めみたいに異臭がしたし、それの正体を探りに行けば、結局は死体の臭いだった、なんて事もしょっちゅうだった。
それでも、チルフは家族といるだけで落ち着いた。大好きな妹と、甘くも厳しい母親が居て、嬉しかったのだ。
母親は洗濯屋を営んでいた。毎日毎日、誰のかも知れない服を洗い、自らの服を洗う暇もなく、ひたすら金を稼ぐ為に働いていた。
そんな母親に負担を掛けまいと、チルフは自分の欲しい物は自分で手に入れようと、盗みをするようになった。もちろん母親には内緒で、妹には口止めをさせていた。
いつか大人になったら大金持ちになって、こんなセコい事をしないでも稼いでみせる。そして、母親に楽をさせる──と、そう考えていた。
が。
そんな日々が二年か続いたある日、母親は死んだ。過労による死だった。
チルフと妹は路頭に迷い、盗みをするにも既に顔を覚えられており、彼女だけではどうにもならなくなっていた。妹は未だに幼く、そんな事を手伝わせるわけにもいかなかった。母親の後を追うのも、時間の問題だと思っていた。
そんな頃に、彼女はこの不思議な力を手にした。突如として彼女は石から、あの不思議な鳥龍を創り出せるようになったのだった。
(お袋が死んだ事が原因? 死にかけたから? そんなもんなのか、この力ってのは……?)
だとすれば、これは皮肉過ぎる力だ。
大切な物を失う事によって手に入れられる、絶大な力。それはあまりにも悲しい、悲壮な力だろう。
(今のままじゃ全然わからねえ。……くそ、やっぱりあいつに……)
やはりそれしかない。
彼女は滲んだ血の跡を擦って消すと、その部位を押さえながら、静かに歩き出した。空は、既に夜を迎えようとしている。
この街はこうやって賑やかになって以来、夜は更に活気付くようになった。以前なら、人攫いなんかが蔓延っていたというのに。
まあ、活気付いたという事は、夜でも彼女は行動出来るという事だ。あいつに話を聞く為には、ちょいとばかり情報を集めなくてはならない。
ああ、でも話を聞くなら、あの子を連れていった方が良いか──と、思いつく。
(大体やるべき事は決まった。……行くか……)
肩を壁に付けながら、ゆっくりと歩いていく。
そろそろ、この街が賑やかになる時間帯だ────。
そしてそんな彼女を建物の上から見つめる、黒い影があった。影はニヤリと笑むと、その場を立ち去る。
「……チルフ・シーロウバー、ねェ……」
見る者を不快にするような小さな笑い声を腹の中に留める影。夕陽の光が影を照らすが、影自身は既に姿を消していた。




