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ケモノミチ  作者: たびくろ@たびしろ
ヤマトノムラ編
13/176

十三歩目

「うわあ……! すっごいね!」


 クニの入り口から入り、市街地の一番賑やかな場所に到着した二人。どうやらここは街の中心となる広場のようで、石造りの建物に囲まれており、真ん中には噴水のオブジェが絶え間なく水を吐き出している。


 そこには様々な文化を持っているであろう人々がおり、その種類もまた千差万別。ここは気候が穏やかなところだが、どうやら暑いクニから来たらしい薄手の人や、寒いクニから来たらしい厚手の人など、それらが楽しそうに会話を行っている。


「あ、あっちを見てくださいキュリオ。どうやらあそこで商いが行われてるらしいですよ」

「本当だ! すごいね、色んな物があるよ!」


 そこは、広場から連なる一本道。そこにはすぐに作り出せる簡単な出店が沢山並んでおり、色々なクニやムラから来た商人が、各々の特産品や武具などを売りさばいていた。


 キュリオとヒミはその道に入り、様々な商品を見ていく。特に買う予定は無い……というか、そもそもお金があまり無い為、買うに買えない状況なのだが、どうしても手が出てしまうような物も多々あるわけで、


「キュリオ、キュリオ! 見てくださいこれ、見たことない花の(しおり)がありますよ! 欲しいです!」

「ホントだ、初めて見た……って高っ! ちょっと僕らには厳しいよ……どうせクニに来たんなら宿に泊まりたいし、宿代を抜かしたらちょっと……」

「う〜ん。でもぉ〜……」


 苦虫を噛み潰したような表情でその栞からそっぽを向く。どうやら手の届かないものだと分かった為、これ以上視界に入れないようにして我慢しているようだ。


「そ、それより見てよあれ! 剣とか売ってるよ! 装飾もカッコいいし、強そうだね!」


 そこには他のクニ、どうやら店主の話を聞くには剣闘士(グラディア)と呼ばれる人々がいるクニから持ってきたものだそうで、剣闘士の獣人(にんげん)が着るものらしい。

 ゴツゴツした兜や鎧、しかし流線的なフォルムも兼ねており、衝撃を効果的に受け流せるように出来ているという。剣は美しい装飾が彫ってあり、剣闘士達の目指す剣闘王(グラディア・ケニヒ)のマークがデザインされていた。


「カッコいい! 僕もこれ着たら強そうに見えるのかな?」

(キュリオがこれを……)


 ヒミは鎧と兜を流し見て、そしてキュリオに向き直って想像してみる──が、キュリオはそもそも体付きが華奢であり、更に背もヒミより数センチ小さい。対して、この鎧はヒミよりぐんと背の高い筋骨隆々の男達が着るように出来ており、キュリオがこれを着て戦えるとはとても考えにくい。

 それでも無理矢理頭の中で彼にこの鎧と兜を着せ、更にこの剣を持たせてみたところ────


「ぷっ……!」


 そもそも鎧の重さで動けないキュリオを想像してしまい、大きく噴き出してしまった。


「あっ、馬鹿にしてるでしょ! まあ確かに僕には着れないかもしれないけど、大きくなったらこんなの余裕で着れちゃうくらいデカくなるんだから!」

「ご、ごめんなさい……ぶふっ! あははっ、だって……こんなの着たら、重くて動けない……あははははっ!」


 笑いを堪え切れなくなったヒミは、ついに腹を抱えて笑いだしてしまった。頭の中でキュリオが動けずにズッコケてるところを想像し、更に笑いが止まらなくなっていく。


「もー、ヒミ姉なんて知らない!」

「あっ、待ってくださいよ! すみませーん! 謝りますからー! ……ぶふっ!」

「まだ笑ってんじゃん!」


 キュリオはヒミに少し意地悪というか仕返しをしてやろうと、彼女に追い付かれるかどうかくらいのスピードの逃げ回る。ヒミは笑いが堪え切れないまま、それでも追い付こうと危なっかしい感じを残して彼を追い掛ける。

 そんな仲睦まじい二人を、家屋の屋根の上から覗き込む一つの影があった。



「……へえ、子供か。気分も良いし、ちょっと遊んでやるか」



 他より少し獣耳の大きな影が、屋根の上から飛び降りる。そして一直線にキュリオに向かって跳ねると、その腰からポーチを慣れた手つきで奪い取っていく。


「────なっ⁉︎」

「ちょろいちょろい」


 そのままの勢いで着地し滑り込んだその影は、再び恐るべき跳躍力で、出店の屋根の上へと飛び移る。

 そして振り向いたそれは、キュリオをニヤリと笑いながら見つめた。


「ま、待ってよ!」

「返して欲しけりゃ追い掛けてきな、旅人のお坊ちゃんよ!」


 それは、狐を思わせる金髪の少女だった。二つの碧眼が嘲笑の意を込めてこちらを睨んでくる。胸丈のパーカーは袖がなく、ズボンも裾が無いも同然のように短い。背丈はキュリオと変わらないくらいで、歳も同じくらいだろう。挑発するようにその大きな金毛の尻尾を振る彼女は、再び前を向くと、驚くべき速度で駆け抜けていく。


「ヒミ姉、追い掛けよう!」

「えっ⁉︎」


 人混みで状況が掴めていなかったヒミは何が何だか分からず、いきなり掴まれた彼の腕に驚いてしまった。だが只ならぬ事態なのは、何となく理解できた。


 金髪の少女はこの人混みにも関わらず、スイスイとかわしながら駆け抜けていく。まるでこの行為を何百回も繰り返しているかのような動きに、キュリオは一瞬たじろぐ。────が、彼も彼で走るのには自信があった。流石ここまで森を踏破してきただけあって、彼も少女に負けず劣らずだった。更に彼は木馬に乗る時、凄まじい速度で駆けながら樹々をかわす為、人混みを避ける事もそれなりに出来るようだった。


 だが、それでも距離を詰める事は出来ない。ほとんど同じ速さであろうとも、このクニのこの街を知り尽くしているであろうあちらの方が遥かに有利だ。少しずつ距離を離されていくキュリオは、僅かに歯噛みする。

 だが一方で、金髪の少女は少しだけ焦っていた。


(追い付いて来やがる……! ちょこっとだけ見せてやるか、あたしの力を)


 懐からナイフを取り出す。それは一見ただのナイフにしか見えないが、彼女はその本質を理解している。

 走りながら、地面にそれを斬りつけ、火花が出る程に擦り付けながら駆ける。

 それはキュリオには見えないが、それが奏でる嫌な音色だけは聞こえる。ギィィ……! という音が耳を劈き、彼は不可思議なように首を傾げる。


 ────やがて、彼女は中央の広場に辿り着いた。キュリオ達からすれば来た道を引き返してきた為、何も目新しいものはない。ただ、キュリオとヒミ、二人の視界の先には、余裕の表情でナイフをくるくると指の周りで回転させる少女がいた。


「……お前ら珍しいぜ。あたしに追い付いてくるなんてな。いつもならここで10分は待たされるんだがな」


 そんなもの、キュリオに聞く義理はない。その言葉を無視して、キュリオは要求を突き付ける。


「そんなの知らないよ! 早く僕のポーチ返してよ!」

「えっ、あ? ど、どういう事ですか?」


 状況を掴めていないヒミは、走ってきた事による息切れを誤魔化そうとしながら、キュリオに尋ねる。


「ひったくりさ……あの子が、僕のポーチを盗んだんだ」

「その通り。あたしゃこの界隈じゃ有名らしくてね、この街の商人はみんなあたしの事をこう呼ぶよ」


 そう言った金髪の少女は、石畳の地面にナイフを突き立てながら、静かな声でこう呟く。


「────現れ出でろ、石の鳥龍(ステイラプト)


 その瞬間。

 彼女の下の地面が盛り上がり、砕けるように持ち上がる。それはゆっくりととある形(・・・・)を構成し、彼女を乗せて姿を見せる。


 龍の(まなこ)、鋭い牙──更に細いながらも力強い脚、そして石の滑らかさが現れた翼。それは石で出来ていながらも龍の息遣いが現れ、その眼球はギョロギョロを周囲を見回している。

 まるでその石が、生きているかのように。

 それを目の当たりにしたキュリオは、小さな声で『う、そ……!』と呟く。

 得意げにその鳥龍の上に飛び乗った彼女は、高らかにこう叫ぶ。



「────ドゥーラン窃盗団幹部、チルフ・シーロウバーってなァ!」



 それは。

 天空を駆け抜けようとする、大きな翼を抱いた石の鳥龍だった。石から構成されているようで、身体は黒光りというか、灰色の光を帯びている。照りつける太陽光が反射し煌めくその鳥龍は、さながら何かの威光を感じられるようだった。

 それは高く浮き上がり、十メートル程度飛び上がる。もう、キュリオ達に追いつく事は出来ない。


「あたしに狙われたブツは取り返される事はねえ。諦めな、旅人の坊ちゃん。何が入ってるか知らねえけど、あんたは今日から一文無しさ! あはははっ!」


 馬鹿にするように笑い転げる彼女に、しかしキュリオは俯いて答えない。隣のヒミはハラハラするように見ているが、それでもチルフの笑いは止まらない。


「あらぁ? なになに、ポーチ取られて泣いちゃうのかなァ〜? 明日からどうしましょう? お金も無いんじゃどうしようもないよ〜! ってか⁉︎ ひゃははははッ‼︎」

「ぐっ……あの人、馬鹿にして……!」


 ヒミは何も出来ないが故に、ただ悔しがる事しか出来なかった。

 だが────


「────いや、感謝してるよ」

「「え?」」


 ヒミとチルフは、訝しげな目で彼を見る。ヒミは何を言っているのか、という風に、チルフは頭がイッてしまったのではないか、という風に。

 が、それは決しておかしいわけではない。彼は確かな確信があって、ニヤニヤと笑っていたのだ(・・・・・・・)


「何言ってんだよ坊ちゃん。オツムがイッてんじゃねーの?」

「イッてなんかないさ。本当に感謝してるんだよ。僕にひったくりを仕掛けたのが────」


 ニィ、と。

 その口元を大きく歪ませ、ぐっと拳を握ると。



森から出てきた今日(・・・・・・・・・)だった事に対してね!」



 同じく地面が割れ、彼の象徴が姿を現わす。

 それは樹で創り上げられた、超巨大な巨人。それは背丈だけで石の鳥龍の高さに届く程であり、その剛腕は、何もかもを破壊するが如く巨大。

 その無骨で無駄の無いデザインと唐突な登場、そしてその構成は、チルフにある種の意識を植え付けた。

 ────こいつもか──と。


「出てきて! 木の巨人(ウッディン・ゴーレム)ッ‼︎」


 それは──本来ならば樹を糧として現れ、樹に触れていなければ現れる事もない巨人。ヒミはそれに対して、驚きを覚える。何故石だらけのこの街で──と。

 だがそんな事を聞く間も無く、木の巨人は動き出す。


「取り返せ! 木の巨人!」

「まずいっ……! 逃げろ、石の鳥龍!」


 木の巨人は勢い良く手を伸ばし、石の鳥龍を捕まえようとする。だが鳥龍は速度に長けた存在。急旋回し、遥か彼方へと消えようとする。

 だがそれより先に──巨人の指が、鳥龍の翼を(つま)んだ。


「ぐっ⁉︎」


 鳥龍の背に突き立てられたナイフに無理やりしがみつき、落下を避けようとするチルフ。鳥龍の大きさは翼を広げた長さが約五メートルあるが、その体長自体は二メートル程しかない。翼を畳んで地面に立った時も、大体馬と同じ程度の大きさしかなかった。

 つまり大きさや戦闘力を捨て──速度と回避能力を重視した結果、石の鳥龍は小さく形作られているのだ。

 だが、そんな事もお構いなく、巨人は一瞬でその石の身体を摘む。そしてそのまま自身の目の前に吊るし上げ、


「ポーチ、返してくれる?」

「ぐっ、うるせえ! なんなんだテメーは! どうしてこんな事が──あっ! おい!」


 キュリオはチルフの話を聞く事もなく、その手から自身のポーチを奪い返した。そしてその中身を確認し、ちゃんと揃っている事を確認すると、


「ありがとう、全部返してもらったから」


 と、そう言い、摘んだままその腕を大きく振り被る。


「お、おい……何する気だ……?」

「御察しの通りさ」


 そして──石の鳥龍とチルフを、思い切り、クニの向こう側へと投げ飛ばした。


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ‼︎⁉︎」


 たちまち、その悲鳴すらも聞こえなくなった。

 彼女は一瞬にしてキラリと空に埋もれ、消え失せてしまった。

 それを最後まで見続けたキュリオは、満足気な顔で溜息をつく。


「……ふぅ」


 それを周囲の商人達は、ポカンと眺めていた。街に被害は出なかったものの(ただし地面は巨人の登場によって破損してしまったが)、場を騒がせてしまった事に気付き、キュリオはヒミを連れてそそくさと退散しようとする。

 が。


「おい、坊主」

「ヒィッ⁉︎」


 突然後ろから強面の筋肉男に声を掛けられ、たちまち立ち竦むキュリオ。ヒミもその悲鳴に同調してしまい、二人はくっつきながらガクガクとその筋肉男に恐れをなす。


「すいませんすいませんもううるさくしたりしませんから許してください」

「う、ううううちの子がうるさくしたようでご迷惑をお掛けしたというかあのその……」


 ヒミの方は保護者か何かか、というように聞こえてしまうセリフだった。

 そして筋肉男は、ゆっくりとこう告げる。



「ありがとう、お前さんは英雄だ!」



「……へ?」


 一瞬、理解が出来なかった。

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