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ケモノミチ  作者: たびくろ@たびしろ
ヤマトノムラ編
11/176

十一歩目

 話はついたようだった。

 あの後、キュリオはヒミを救った英雄(というには少し誇張され過ぎているようにも思えるが)として扱われ、それまでの罪を許された。彼はまた普段通り客人としてこのムラで少しの間過ごし、あの牢獄に入ることは二度となかった。


「……あのよ、坊主」

「どしたの、門番のおじさん?」


 そして、彼がこのムラを出ていく時が来た。彼は旅を続ける身、ひとところに長い間居るワケにもいかないのだ。このムラ独特の文化はとても素朴で、とても素敵だった。来るときに聞いたヤマトタケルノミコトの伝説も、更に細かいところまで学んだ。

 ────もうこのムラには、別れを告げなくてはならない。


 そんなわけで、今キュリオは、ムラの門の前に立っていた。オキミからは食料などを貰い、それを少し大きめの鞄に詰めている。来るときよりも荷物は増えたが、食料品だ。旅の最中でまた減っていくのだろう。

 そんなときに、門番の男が彼に声を掛けた。


「お前さ、今聞くのもナンだけど……あの檻、どうやって抜けたんだ? 俺が用を足してる間に……」

「あぁ、あの事? うーんとね、信じられないかも知れないけど、僕は木で出来た物を自由に操れるんだよ」

「は?」


 訝しげにする男に、キュリオは自らの白い手袋を見せる。良く良く間近で見ると、手の甲のところに透明な結晶の様なものが埋め込まれており、その中には木片が入っている。


「この手袋の力でね。これで触った木、または木製の物は、僕の意思で曲げたり加工したり、何でも出来るんだ。あの檻は木で出来ていたから、頑張って転がって檻に触れた後、木の格子を抜いて逃げたのさ」

「……なんか良くわかんねえけど、お前さんはすげえ事が出来るんだな。へっ、それならちゃんと任せられそうだ(・・・・・・・)


 そう言って、彼は握った手を前に出す。キュリオもそれに応じる形で握り拳を出し、コツンとぶつけた。


「えへっ、任せといてよ。僕がいれば、絶対に大丈夫さ」

「……まあでも、俺がこんなこと言うのもなんだがよ。守ってくれなきゃ困るし、あのお方(・・・・)の夢も手伝ってあげてほしいが……お前さん自身の夢も、絶対に叶えろよ、坊主」


 獣道。

 そう、世界全てをキュリオの獣道にするという夢。それはとてつもなく広大で、無謀で、しかし無限の可能性に満ち溢れた夢。

 その門番の顔は、このムラに来たときの顔とは違い、本気で応援する顔だった。ガキが突発的に言い出した夢を小馬鹿にするような表情ではなく、それを後押しする親のような、そんな笑顔だ。


「────うん、もちろんさ!」


 キュリオも強気な笑顔でそれに応じた。面構えも、夢を追いかける一人の男のそれだった。

 それを見た門番は満足げな表情でバンバンも彼の背中を叩くと、彼を振り向かせた。


「ほら、出迎えてやれよ。これからお前が守んなきゃならない人をよ」


 良く聞けば、誰かが呼ぶ声が聞こえる。それと一緒に、足音も。ただしそれは初めて聞いた時の無個性な足音ではなく──これからの無限の未来に心踊らせる、元気な一人の少女(・・・・・)の足音だった。

 それが変わっていたのが、キュリオは堪らなく嬉しかった。彼女の役に立つことが出来て、彼女を変えることが出来たんだな、と実感する。

 その足音の主は、彼の名を呼んだ。



「キューリーオーッ!」



 ……ただし、いきなり抱き付いてくるところまでは想像出来なかったようだ。


「うわぁッ⁉」


 キュリオはそれをなんとか支えきり、危うく転ぶ一歩手前で踏ん張る。門番の男は危なっかしい二人に少しおろおろしてしまい、それを支えようと手を伸ばすが、心配なかったようでそれを引っ込めた。


「お、お姉さん……びっくりさせないでよ」

「だって、これから色んなものを、沢山の知らないものを見に行けるんでしょう? 楽しみで仕方ないんです!」


 それにしても普段のおしとやかな部分が全く感じられなく、はしゃぎすぎているような気もする。……が、自分も旅立つ前はこんなテンションだったなあ、と思い浮かべ、何も言及しないことにした。


「ほらほらヒミ。あまりキュリオ様に迷惑を掛けてはいけませんよ。これからお世話になるのですから、その旨を伝えなさい」


 ヒミに続くように静かに、オキミが現れる。もちろんヒミのように駆けてくるわけがなく、ゆっくりと歩みながらだ。


「よろしくお願いします、キュリオ」


 ヒミはにこにこと笑みながら、そう言う。


「お願いされた! これからよろしくね、お姉さん!」

「お姉さんはやめてくださいっ。これから一緒に付いていくのですから、それだと紛らわしいです」

「そ、そうかな……」


 そういえば自分はキュリオ様と呼ばれるのが嫌で呼び捨てさせたのに、彼女のそれに応えないのもどうかと思った。


「じゃあヒミ……? いや、でも、お姉さんの方が年上なのに馴れ馴れしいなあ。じゃあヒミさん? いや、これじゃあ逆によそよそしいし……」


 うんうんと唸りながら、彼は暫しの間悩む。

 どうやら彼はヒミと親しくなりたいながらも、年上という響きを残せるアダ名を作りたいようだった。そして少しだけ悩み、色々と没を頭から消去した上出てきたのは、


「じゃあ──ヒミ(ねえ)、なんてどうかな?」


 それが彼の案だった。

 年上ということを忘れず、尚且つ親近感に溢れたアダ名。それはヒミも気に入ったらしく、


「良いですね! じゃあ今度からヒミ姉って呼んでくださいね、キュリオ!」


 親しそうな名前を貰って嬉しそうにするヒミ。それを見ていると、キュリオまで楽しい気分になる。


「ではキュリオ様、ヒミをお願い致します。約束(・・)は守ってくださいね?」

「もちろんさ、絶対だよ!」


 そう言って、彼はヒミの手を強く握る。彼女は咄嗟に『ひゃっ』といった声が出るが、すぐに信頼によって掻き消される。

 そしてキュリオはもう片方の手を上げる。するとそこにあの光が舞い、辺りの樹が二本程地面に沈み──次の瞬間、あの日に二人を乗せた木馬へと形を変え、二人の下から飛び出してくる。しかしそれは優しく二人を背に乗せ、雄々しく太陽の光を受ける。


 周囲の人達──門番の男やオキミ、そしてムラの人々が、その光景に驚いた。まるで魔法でも使っているかのような──しかし魔法なんてものはまだ彼らの概念にはなかった為、不思議な術と、そうとしか考えられなかった。

 だがその光景を見て、オキミは胸の中にあった不安が一気に吹き飛んだ。彼の力をこの目で確かめたからこそ。

 そして樹の皮で出来た手綱を引いて、キュリオとヒミは走り出す。木馬は雄々しく吠え、彼らを森の中へと(いざな)う。



「約束は絶対に守るからねーッ‼」

「図鑑をこのムラにも持ってきますからーッ‼」



 各々の想いを胸に、彼らは旅立った。キュリオは再び、ヒミは初めて。

 木馬は大樹がそこらにある森をすいすいと抜け、速度を維持したまま走り続ける。木製の蹄は大地を駆け、風が彼らへと吹き込む。

 ふと、ヒミは疑問を口にする。


「キュリオ、お母様との約束(・・)って何ですか?」

「あれ、オキミさんってば、ヒミ姉に言ってなかったの? てっきり知ってるもんだと……」

「いいえ、初めて聞きました。……まさか、お母様が旅に同行する事を許してくれたのって、それのおかげだったりします?」

「……ま、そんなもんだね」

「教えてくださいよー! 気になります!」


 すると、キュリオは大きく優しく笑い、こう口にする。


「────『どんな事があっても、ヒミ姉を絶対に守る』────っていうのが、オキミさんにさせられた約束(・・)だよ!」


 その言葉に、ヒミは思わず頬を赤らめる。それに気付かないキュリオは、それに付け加えて、


「まあ、僕だって旅の仲間に怪我なんてさせたくないから、当たり前の事だけどね!」

「キュリオ……」


 ────思えば、あの時にキュリオが言った事は真実だった。オキミがただの母親であること、彼女の身を一番に案じていること。

 それは、彼女の胸に下げられた御守りからも分かる。紐には一枚の御札が通してあり、そこにはよく分からない文字が書いてある。

 これはオキミに『あなたを守ってくれる物』と言われて渡された物だ。こんなものは所詮御利益どうこうのちっぽけな物なのだろうが、これを手渡してくれるということだけで、彼女の胸はいっぱいになった。

 そして(キュリオ)もまた──彼女の身を、案じてくれている。


(……こんなに恵まれているってことに、どうして今まで気付かなかったんだろう)


 けど、今気付いた。

 もう、悩んだりなんてしない──彼女は彼女自身の夢のために、この大地を駆け巡る。


「キュリオ! 色んなものを、たくさんたくさん、たーっくさん、見に行きましょうね!」

「──うん!」


 大きく頷くキュリオ。

 二人の旅は、ここから始まる────。

一区切りついたので明日から1日1話投稿になります!

時間は1時前後くらいです!

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