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ケモノミチ  作者: たびくろ@たびしろ
セリオニア編
105/176

一〇五歩目

「ぐ、う……ううううううううッッ‼︎‼︎」


 わなわなと手を震わせ、牙を剥き、瞳孔を本物の獣の如く細く尖らせ、キュリオは身体の中の何かを抑えきれぬように咆哮する。


「……自らを失う愚か者。本当にあの人の息子なの?」


 スティはもはや彼に聞こえない程の小声で、小さく囁く。そして、敢えて彼の友だという魔法使いの一撃で終わらせる事にした。


「────『念動力サイコキネシス』」


 現れていた二つの砂の腕が融合し、一つの巨大な腕となる。その巨大さは見ればすぐに分かるが、敢えて言うのならば──そう、大樹と比べて三倍ほどの大きさだろうか。


 そしてそれらを、キュリオの咆哮が終わる前に、慈悲も無く叩き付ける。砂が弾け、まるで水流のような動きをするその拳に、スティは勝利への確信を持った。


 だが。


「ッ……が、ああああああああ‼︎‼︎ 殺す‼︎ お前だけは! 絶対にィッ‼︎‼︎」


 砂の拳を突き破り、彼は飛び出してきた。


「────ッ⁉︎」


 よく見れば、彼の手には一つの剣が握られている。しかしそれは実体を持つ何かではなく、オーラで形作られた虚無の剣。


(『セリオン』の力を……刀として固定化させている……⁉︎)


 それは片刃の剣……のように見える。あくまでオーラで象られた外見しか分からないためハッキリとは分からないし、あの剣自体が『セリオン』で出来ている為、柄部分で攻撃されても斬撃されるのかもしれない。


 だがそうなると既にキュリオの掌は斬り裂かれているということになる。やはり、刃だけが何かを斬り裂けると考えて良いだろう。


「らああああああああああああッッ‼︎‼︎」


 あろう事か、キュリオはその砂の腕の腕を駆け抜け、直接スティの元へと飛び出してこようとする。スティは掌で魔影を操作し、その腕に無数の小さな腕を生やす。そしてそれはキュリオの脚をガッチリと掴み、その進行を阻止する。


 しかし、キュリオは諦めない。殺意剥き出しに小さな腕を見やると、それら一つ一つに構っていられないとでもいうように、全てを一薙ぎする。そしてすぐに襲い掛かってくる第二波の腕を斬りつけながら、彼は恐るべき脚力を見せ付ける。


「お前ええええええええええッッ‼︎‼︎ 許さない、絶対にィッッ‼︎‼︎」

「────ッ‼︎ 『反結晶クリフタル……‼︎」


 なんと、彼はただの一度の跳躍で、スティの元へと接近したのだ。空中へと浮かび上がる彼女に、『セリオン』の影響か、あり得ない程に強化されたそれで。


 そして、思わずスティは『反結晶クリフタル』を発動する。飛び道具などは全て反射するこの魔法だが、相手の接近も防いでくれるだろうと。


 だが、キュリオはそんなものに動じなかった。その刃を大きく振りかぶると、ただ一刀の元にその結晶達を叩き斬った。綺麗な砕ける音と共に、輝くそれらの破片が飛び散る。


「そん、な……⁉︎」

「らあああああああああああああッッッ‼︎‼︎」


 そして刃を持っていないもう片方の手を固く握り──拳としてその役割を与える。もちろんそれは、スティへの一撃。


 もちろん、対応する隙もなかったスティにはそれが直撃。彼自身の筋力は余りにも少ないが、『セリオン』の強化は計り知れないようだった。スティの身体は大きく吹き飛び、森の中へと勢い良く突っ込まれる。木の枝に複数ぶつかり、その衝撃で血反吐を吐く。


「が、ッあ……⁉︎」

「まだまだァッッ‼︎‼︎」


 そしてそれですら満足出来ないキュリオは、木の枝に脚をかけ、再び跳ぶ。それは吹き飛んでいるスティに追い付く程のものだった。


「舐め──るなッッ‼︎‼︎」

「ッ⁉︎」


 しかし余りに単調で一直線な跳躍だったからか、反撃は容易かった。スティは亡喰の皇妃エンプレスに命じると、その口から威力の高い雷撃を放つ。それは一瞬にしてキュリオの身体に直撃し、たちまち逆方向に吹き飛ばされる。


「があああああああああああああッッ‼︎⁉︎」

「キュ、リオ、君……⁉︎」


 ブレイアが森に目をやると、キュリオがその中からとんでもない勢いで吹き飛んでいった。何十回とバウンドした彼の身体は、最後に広場に抉れるような形で止まった。その軌跡は、彼の吐血と全身からの出血で赤く染まっている。


「キュリオ君‼︎ ッ、あ……!」


 キュリオの元へと掛けようとしたブレイア。しかし身体が傷付いているせいで、まともに走る事も出来ない。


「……ぶ、ブレイア……!」

「チルフ……ちゃん……?」


 だがそんな彼女に、チルフが声を掛ける。しかしチルフもチルフで、吐血と全身からの出血が酷かった。それどころか、彼女の右脚は墜落の衝撃で折れており、石の鳥龍(ステイラプト)に手を掛けて何とか立ち上がれる状態だった。


「……は、走れ……ヒミを、守ってくれ……!」

「え……?」

「さっき空中にいったときに見えた……。ヒミが、こっちに向かってきてる……きっと、アルの野郎がこっちに寄越してきやがったんだ……」


 チルフは彼方に指をさしながらそう言う。しかしブレイアも、そう簡単には承諾出来ない。


「で、でも……! チルフちゃんはもう戦えない……! 私が、二人を……!」

「うるせえ‼︎ あたしはまだ戦える‼︎ キュリオだって様子はおかしいが何とかなる‼︎ けどヒミは……あいつは何も出来ねえんだ‼︎ 変な何かを持っているのは分かってても、あいつのは自分の意志で呼び出せねえんだよ‼︎」


 激怒した表情でそう叫ばれるブレイア。しかしそれでも尚、彼女は場を離れるのを渋る。


「で、でも……」


 だが。




「────でもじゃねえよこの馬鹿野郎‼︎ 肝心な時に判断を誤るんじゃねえ‼︎ それでもこのムラの最強か⁉︎ てめえを救ったレビオンも、それじゃあ救われねえぜ‼︎ この……ドヘタレが‼︎‼︎」




 チルフの目は、血走っていた。馬鹿にする事でしか他人に意思を伝えられないと分かっていてもなお、彼女はそう叫ぶしかない。


 何故ならこの状況は、本当に危険過ぎるからだ。


「……ぐっ。兄さんを……!」

「お願いだ、早く行ってくれ……! 何が起こるか分からねえんだ‼︎ アルフレイドの所から逃げてきたっていうんなら、きっとあいつも誰かに……襲われてるに違いねえんだ‼︎ 考えたくはねえが、もしかしたらやられちまってるかもしれねえんだぞ‼︎‼︎」


 ブレイアは彼方、キュリオの方を見やる。彼はすぐに立ち上がる。そして森から出てきたスティ、そして亡喰の皇妃エンプレスと向き合い、再び戦いを始めようとしている。


 あんな状態で。ボロボロなキュリオを放って、片脚が折れたチルフを放って。まだ何とか走れる己が、この場から逃げろと、ヒミを救えと、そう叫ばれる。


「────ッ」


 一瞬だけ、歯を食いしばった後、ブレイアは。




「……分かった。でも無理だけはしないで。逃げられると思ったら、即座に逃げてね!」




 そう言って、ヒミの居る方角へ駆けた。『セリオン』の力を、最大限に引き出しながら。


「ああ。こちとら脚だけは優秀なヤツなんでね……ッ、が!」


 チルフは己の脚の傷を堪え、聞こえているかも分からない彼女にそう告げた。そして次の瞬間、内臓が爆発するような痛みに吐血する。


「……まだ、終わってねえぞ……!」


 石の鳥龍(ステイラプト)に倒れ込むように乗り、痛みで失いそうな意識を無理に覚醒させる。自分がヒミを救いに行った方が良かったのかもしれないが、生憎まともにこの烏龍を乗りこなせるような状態ではない。確実性を要するその任務に、自分は絶対に向いてはいないと判断した結果だ。


 しかし、加勢する事は出来る。例え傷の一つさえあの女に付けられなくても、せめて──キュリオをサポートさえ出来れば。


 チルフは震える手でナイフを強く握り締めながら、縋るように烏龍の翼を羽ばたかせた。

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