一歩目
「────怪我は無い、お姉さん?」
巨人に乗った少年は、少女に向かってそう言った。
月を被さるように立ち、その小柄な身体がやけに雄々しく見える。後ろに縛った髪は風に乗って流れ、額に掛けたゴーグルは月光を淡く反射する。
頼もしい、と思わざるを得なかった。
少女を襲った脅威は、少年の操る巨人によりまるで塵のように吹き飛ばされていった。その光景を、少女は目の前で見てしまったのだ。
爆風。
風圧。
それによって巻き上げられた自分の長い髪が、その視界を遮ろうとしていても。それでも彼女には、その圧倒的な力のなす技が見えていた。
彼を表す言葉は『旅人』。世界中をその脚で踏破し、その好奇心を満たす夢を果たす為に、その力を振るう者。
────この世界全てを、己の『獣道』にする。それが、彼の大きく果てしない夢。
我に返った少女は、その少年に向かって答える。
「ええ、大丈夫です。────……ありがとう、キュリオ」
そう呼ばれた少年は、少女に向かって大きく笑って答えた。
「……良かった」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
樹木が鬱蒼と生い茂る森。
自身の背丈より大きな樹木の数々。その樹の根元にはそれとは比べ物にならない程小さなキノコや双葉が生えており、更にその根元には小さな昆虫達が寄って集まっていた。
そしてそれのすぐ横で──焦げ茶色のブーツが、大地を踏みしめる。
その少年は、黒髪で後ろをゴムで縛っていた。その額には古ぼけたゴーグルを装着している。顔立ちはまるで女の子かという程に繊細で、その赤い瞳は樹木生い茂る森の奥を、真っ直ぐに見据えていた。
背丈は小柄で、160センチあるかないかくらい。黒の長袖の上に、色褪せた藁色のシャツを着ている。腰にはフード付きのジャンパーを袖で縛っており、下は同じく色褪せた青っぽいズボンに、ベルトがアクセントとして付いた濃い鼠色のブーツを履いている。
そしてこれはこの世界では至極当たり前の事だが──頭に、獣の耳が生えている。腰に巻いたジャンパーの辺りからは尻尾が見え隠れしており、また獣を連想させる。
────この世界での人とは、一般的に獣人の事を指す。
この世界は世界樹と呼ばれる人には計り知れない程巨大な大樹を中心として出来ており、大地の殆どは未だ未開の森となっている。そして世界中に広がる樹海の彼方には、獣人がクニ、ムラといった集まりを作っており、その規模も多岐に渡る。
しかも困った事に、彼らはお互いの存在を知らない。森には巨大な、または危険な生物がわんさか存在する為、クニとクニ、ムラとムラの交流が行われていないパターンが多いのだ。その為、自分達の他に人は居ない、または他に人がいる事は知っているが、何処にいるかなどは謎のまま、といった風になっていることが多い。
つまり、まだ世界は未発達。人は未だ文明というものを作り切っておらず、閉ざされているのだ。
だが、そんな人の中にたまにいるのが、クニやムラを渡り歩きたい──という者。いわゆる旅人だ。
この少年・キュリオも、そんな旅人の中の一人。獣人であり旅人である彼は、好奇心そのままにムラを飛び出し、世界を旅しているのだ。────といっても、まだ彼は旅立って一年も経っていない若輩者なのだが。
「……あれ?」
そんな彼が野宿をしようと辺りを見回した時だった。
「あれって……ムラ、かな?」
後数百メートル行った先程に見える、松明の光。そして視界の真ん中で小さく動いているのは──獣人だ。
間違いない、あれはムラ、またはクニだ。
彼は集めた焚き木を全て放り、その脚で大地を駆け出した。その先には、彼の運命を変える出逢いが待っているとも知らずに。
────これは、獣人の世界で、森が生い茂る世界で、この一人の少年・キュリオが旅をし、ちょっと不思議な力と仲間と共に、旅をする物語である。
そして。
旅人の獣人が作り上げた旅の経路は、この世界では────獣道と、そう呼ばれた。
次の更新は今日の21時です!