8 対立する者 2
奏太と春陽が落ち着き、改めて前方の女性に意識を戻す。
時間が立っても女性はその場を動いていないようだ。
「紅夜、彼女はどういったいきさつなんだ?」
「夫が列車にはねられて亡くなったそうだ」
「事故死、ですか?」
奏太の問いに頷かないまま言葉を続ける。
「目撃者の話しでは、フラフラとした足取りで下がって来ている遮断機を越えて行ったと言われている」
「それって……」
優希が声を震わせると紅夜は目を伏せた。
「会社の同僚の話しだと、普段はほとんど酒を飲まないのに、その日はまわりの制止を聞かず浴びるように飲んだそうだ」
「悩みなのかな……」
春陽の問いかけに答える声はなく、下りた遮断機の向こうを列車が再度音をたてて走って行く。
「思い出を保護させてもらおう。封じられて配偶者を忘れ行くのは忍びない」
「――紅夜……!」
紅夜が女性に結界を張る。
それと同時に薫が紅夜の前方に走り出し、キューブが光を放つ。
薫のキューブは大きな盾へと変わり、優希が変化に驚いた次の瞬間、目の前を走っていた車体に閃光が走り、列車は二つに分かれた。
「――来たか」
紅夜が舌打ちをして前方を鋭く睨む。
盾をキューブに戻した薫と奏太も前を見据え、春陽は声を失っている優希の手を強く握った。
「これはこれはお揃いで。また会いましたね?」
車体の間をゆっくりと歩いてくる人物に優希は目を見開いた。
スーツを身に纏い両手に刀を持つのは数日前に会った人で。
優希の姿を捉えた目が細められ、彼女は暗い瞳に背筋が寒くなる。
「北上先生……」
「やはり、月が綺麗な夜に見た新入りはあなたでしたか」
「お前に関係ない」
北上の言葉にかぶせるように紅夜は低い声色で返す。
紅夜は北上の後ろの車体に目を向け、苦々しい表情を作った。
「相変わらずな登場の仕方だな」
「いいではないですか。関係者以外は影響を受けず、車体だって時間が経てば元に戻って走り出すのですから」
北上が後ろを見れば二つに分かれた車体は一つとなり、何事もなかったように走り去って行く。
驚く優希に、春陽が怪我と同じでキューブの力だよ、と説明した。
北上は紅夜達を順番に見た後、大げさに肩を動かして見せる。
「やれやれ。あなた達はまだ多くの人を苦しめているのですね」
「え……」
人々の思い出を守る紅夜達を咎める言い方に、優希は戸惑いの声をあげる。
「そちらの新入りさんは、あなた方の残酷さをよく分かっていないようですが……」
「黙れ!」
声を荒げた紅夜がキューブを変形させながら北上との距離を縮めた。
紅夜と北上は互いに刀を持ち、刃を合わせたことにより鋭い音が鳴る。
(北上先生のキューブが二つ……!)
キューブが変化した武器は同じくキューブが変化した武器でないと対応出来ない。
紅夜の刀と交わえると言うことは間違いなくキューブが武器化したもの。
しかし、北上は最初に両手に刀を持ち、今は一つの刀に左手首にチェーンに通されたキューブが揺れていた。
「治臣、いつの間に増やした……」
北上――治臣は紅夜の問いに微かな笑い声をもらす。
「うらやましいですか? ――まあ、質問に答えるなら最初からと言えますが、ね!」
「く……っ!」
「紅夜さん……!」
治臣は笑顔で紅夜の刃を払う。
紅夜は表情を歪めながら距離をとって体勢を整えた。
「奏太、大丈夫だ」
奏太は弓矢を構えて紅夜に頷く。
薫が再度盾を構え、治臣から目をそらさない。
治臣は刀を構えたまま奏太に視線を送り、次いで春陽を視界に入れる。
見られた二人は厳しい顔つきで彼を見返す。
「双子の君達も辛いでしょうに。列車を見るのは嫌でしょう?」
「――……っ!」
双子は息をのみ体が強張る。
(春陽先輩? ……あ……!)
春陽を心配した優希が彼女を見ると、映像が浮かび上がり始めた。
――黒い服に身を包んだ小学生位の男子と女子が一人ずつ部屋の一室にいる。
部屋の奥には棺が置かれ、棺の窓からは女性の動かぬ寝顔が窺えた。
『なんでお母さん寝てるの……?』
女の子が棺に近づき寝顔を見て、後ろをついて来た男の子に問いかける。
男の子は首を横に振り、潤む瞳で女の子を見つめる。
『寝てるんじゃないよ、死んでるんだ……っ』
小さな体を震わせ、声を押し殺しながら大粒の涙をこぼす男の子。
伝染するように女の子も声をあげて泣き出した。
二人の声を聞きつけて部屋の戸を開けた大人が痛ましそうに見ているのを優希が認識したところで場面は切り替わる。
(え……踏み切りの前……?)
自分達が今いるように、映像の景色が踏み切りの前へと変わる。
遮断機が作動し、音が鳴り響いて列車が接近しているのが分かる。
先ほどの二人が雨に濡れながら前に立っている男性に呼びかけていた。
『お父さん帰ろうよ!』
女の子が雨音に負けぬよう声を張り上げるも父親は振り返る素振りを見せない。
『お父さん! お父さん!』
なおも呼びかけ、少女は駆け寄って父親の腕をつかむ。
腕を引かれてようやく振り向いた男性は、頬をやつれさせ、目の下には隈を作り笑みを無理に浮かべて少女の頭を二、三度撫でた。
『――ごめんな春陽。父さんもう疲れたんだ……』
『お父さん……?』
首を傾げる少女が腕をつかんでいた手を父はそっと外し、後ろで様子を見ていた少年へと視線を向けた。
『奏太、春陽と仲良く生きるんだぞ』
『父さん……?』
少年は父親の異変を感じ、二人に近づいていく。
父の言葉は止まらない。
『ごめんな二人とも。父さんは母さんがいなきゃだめなんだ……。あんなに体中を刺されて、あんなに血だらけで痛かっただろうに……』
男性は段々小声になりながら前へと歩いて行く。
追いつき再度つかんだ少女の手を今度は強く振り払った。
『春陽……!』
少年が慌てて地面に転んだ少女に駆け寄る。
血が出ていないかと確認して前を見ると、父親は遮断機の向こう側に立っていた。
『父さん!』
二人と父親には距離ができ、大きな音に邪魔されて声がかき消される。
しかし、少年の呼びかけに気づいたかのように、子供へと顔だけ振り返った男性は口を動かした。
『――――――』
そして、二人が目を見開くその前で、列車の前に飛び出した――……。
「――う、そ……」
映像が終わり意識が戻ってきた優希は思わず口元に震える手をあてた。
(春陽先輩達のお母さんが亡くなって、お父さんは自殺を……? でも、最後は愛してるよって言ってるように見えた……!)
優希はこみ上げる涙を必死に拭う。
「可哀相に」
その様子を見た治臣は少し考える素振りを見せた後、哀れむように優しい声色を作る。
「双子の過去でも見えたのでしょう……?」
「――!」
(何で分かるの……!)
「怖い顔をしないで下さい。稀にいらっしゃるのですよ、そのような力を持つ方が――」
治臣の言葉の最中に彼の顔のすぐそばを一本の矢が通って行く。
「――黙って聞いてりゃうるさいんだよ」
突然の事に皆が言葉を失っていると一人だけ話す者がいた。
弓矢を射る構えをとったまま、奏太が笑顔を浮かべている。
「僕らの過去が知られることなんて想定済みだし、見習いのことを勝手に哀れみやがってすげームカつくんだよ」
(先輩の口調が変わってる……!)
奏太の豹変ぶりに紅夜、薫、春陽は思わず息を吐いて笑う。
「治臣、お前は自分の首を絞めることになった。――キレた奏太は容赦がない」
今も弓矢を構えており、何時でも矢を射そうな奏太にさすがに治臣は焦りの表情を見せる。
しかし、すぐに取り繕うように余裕の表情を作った。
「いいでしょう。結界にいる女性を救うのがどちらか勝負しましょう」
「――いいだろう」
紅夜と治臣の視線がぶつかり、二人は同時に地を蹴った。
(浮いてる……!)
優希の目の前から二人が消えたと思った瞬間、刀が交わる音が空から響く。
はねるように上を見ると、空中に浮いた状態で紅夜と治臣が戦っていた。
「春陽」
落ち着きを取り戻した様子の奏太が声をかける。
しかし、奏太の瞳はギラギラした輝きを放っていた。
「僕のキューブでの空中移動は、春陽と違って主力じゃないから細かい調整が出来ない。春陽は篠崎さんを優先して」
「うん!」
春陽が頷くと弓矢を構え直した奏太は空を睨む。
紅夜と治臣の力は拮抗しているようだった。
「僕は紅夜さんの援護をする」
「それなら、俺は対象者のまわりを守りながら様子を見てるがいいか?」
「はい。よろしくお願いします」
薫、奏太、春陽が目を合わせて頷き、それぞれの行動を取り出した。
「優希ちゃんここから離れるよ!」
「春陽先輩?」
春陽が優希の手を引いて走り出す。
「優希ちゃんは私が守るからね!」
「――それは無理かもね」
手を繋いで走る二人の近くから凜とした声が聞こえ、春陽は横へと素早く移動する。
急に方向を変えて引かれ、ぶつかる形で春陽に受け止められた優希は自分達がいた場所に長いリボンが叩きつけられるのを見た。