6 双子の相談屋
優希は見習いを始めてから、二日に一度のペースで紅夜達の活動を見学していた。
紅夜達はほぼ毎夜活動しているが、慣れない優希への配慮である。
見学も五回を過ぎ、少しずつ活動を見慣れてきた頃、優希は春陽から生徒の相談を一緒に聞こうと誘われた。
春陽と奏太の相談屋は有名で、二人に混じって自分がいては相談者も話しにくいのではないかと辞退しようとするも、大丈夫と腕をつかまれる。
そして有無を言わさぬ勢いで、春陽は帰り支度をしていた優希を放課後の教室から連れ出した。
「奏太くん! 優希ちゃん連れて来たよー」
優希を連れ出した春陽は二年生の教室が近い、空き教室の扉を開ける。
空き教室のため室内は閑散としていて、椅子を逆さまにして机に乗せられた物が数組みあるだけ。
奥に窓へと背中を預けた奏太が立っており、数秒入り口へと視線を向けた後、一カ所に寄せられた机と椅子を持ち上げ始める。
「どこに行ったかと思えば……。今日は相談者が数人いる予定だから、早く机と椅子を用意しておいて」
奏太の言葉にそうだった、と春陽が慌てて一組みを移動させ始める。
それを見て優希も春陽と同じ行動をとった。
教室の中心辺り、扉側に対面するように奏太と春陽が座る。
優希は春陽の隣に腰を下ろし、春陽と奏太の間ほどに二人と向き合うように奏太が置いた机と椅子がもう一つ。
「思ったんですけど、篠崎さんはこの後予定大丈夫なんですか?」
ふいに奏太が春陽越しに優希へと顔を向けて問いかける。
急に声をかけられたために肩をはねさせてしまいながら、優希は大丈夫ですと返した。
「春陽は思いつきで行動することが多いですから、無理な時は断って下さいね」
隣で本人なりに睨みつけている顔を横目で見ながら、気にとめないように続けた奏太に優希はぎこちなく頷く。
「奏太くんひどい――」
「――あの、すみません……」
春陽が抗議の声を上げている中で教室の扉が開かれ、春陽はピタリと抗議を止める。
髪を耳の後ろで左右に結んでいる小柄な女生徒がおずおずと教室の中へと足を進めて来た。
「お待ちしていました」
「どんな悩みでも私達に相談して下さいね!」
女生徒は会釈をしてから椅子へと座ると、眉を下げた表情で優希へと視線を送った。
「この人は……?」
「彼女は今日から僕達と相談をお受けすることになった、助手のようなものです」
「安心して下さい。優希ちゃんは私達の友達だから大丈夫です! ね!」
「あ、はい……!」
優希は三人の視線を受ける中、春陽に促されるままに頷く。
「それならよかった……」
優希の様子に微かな笑みを浮かべた彼女は、悩みを打ち明け始めるのだった――。
時計が午後六時を指した頃、最後の相談者を見送った。
奏太達が受けた相談は、勉強のことから恋愛について、喧嘩をした友人との仲直りの方法など様々で。
二人が慣れた様子で話す姿に、優希は時折意見を聞かれて話す以外はただただ感心していた。
「先輩達すごいですね……。色々な悩み相談にのられてビックリしました」
机と椅子をもとの場所に片づけながら言うと、双子はそろって首を横に振る。
二組みの机と椅子を戻した奏太が窓際へと歩いて行き、優希からは表情が見えなくなった。
「僕達は、少しでも紅夜さんの力になりたくてしているだけです」
窓に映る自分の顔越しに帰り行く生徒を見ながら奏太は真摯に言う。
「春陽達は生徒の相談にのって思い出の守りが必要かどうか判断しているの。休み時間に同じクラスの子の相談にのったことがきっかけで、今は先生から許可をもらって空き教室を使えるようになったんだ。――今日の人達は急いで守りが必要な人はいないみたいでよかったよ……」
春陽は瞳を細めながら幾分か声のトーンを抑えて続けた。
「現実でもそういった活動をされるんですね」
二人を交互に見やって感心したようにこぼす、片づけ終わった後輩の手を春陽が自分のそれでそっとつかむ。
「人の思い出はたくさんあるから、少しでも多くの人に触れたいって思ってるんだ。優希ちゃんと知り合えたのもご縁があったからだし、仲間で友達だと思ってるんだよ?」
「春陽先輩……」
仲間で友達、との言葉に優希は胸が熱くなった。
知り合ってそれ程経っていない後輩と先輩、優希は人と親しくなるにはもっと時間がかかると考えていた。
しかし、目の前の彼女は笑顔を浮かべながら仲間で友達だと認めてくれる。
「ありがとうございます」
空いていた片手で春陽の手に触れ返して優希は笑顔で感謝する。
そんな二人を窓越しに見ていた奏太は春陽に似た笑みを浮かべていたのだった。