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5 見習い開始 2


 校門前を離れ、優希達は市街地を歩き始める。

 夜とはいえまだ比較的早い時間帯なので、人の通りや店の明かりは多い。

 人の波、人の体を通り抜けながら交差点に差しかかった。

 歩行者用信号に従って足を止めた紅夜達に優希は首を傾げる。


「あの、ここでは人は実体がなくて建物などには実体があるんですよね? それなら人が運転している車にぶつかったりしたらどうなりますか?」


 後ろで束ねた髪を揺らし、紅夜が口を開く。


「ここでオレ達がぶつかった場合は怪我をする。しかし、仮想世界での事故だから現実では事故にならないんだ。それに、キューブに関係する人以外はここでは意識がないから、ぶつかっても認識することなく走り去って行く」


「なんだか、ややこしくて難しいですね……」


 眉を寄せて流れ行く車を見ながら返す優希に紅夜は小さく笑う。

 そして優希と同じく流れる車に視線を向けた。


「オレも最初は混乱したよ。まあ、この中で一番やらかしたのは薫だがな」


「そう言うなって! こっちでは実体がないってことに意識がとられていたから仕方ないだろ?」


 薫が己の頭に手をあてながらバツが悪そうに笑う。


「あの時は焦った焦った! 最初の怪我が戦闘じゃなくて事故になるとは思わなかったぜ」


 大声を出して笑い出す薫に、紅夜と奏太は視線を前方から動かさず、優希は戸惑い、春陽は薫を痛ましそうに見ていた。


「篠崎さんも混乱すると思うけど、少しずつ慣れてほしい」


「あ、はいっ」


 間もなく信号が青に変わり、優希達は人の波にのって横断歩道に足を進めた。






「紅夜さん、ここです」


 立ち並ぶ店にそって歩いていると奏太が一つの店の前で止まった。

 そこは全国に展開されている有名なファミリーレストランで、客の姿が窓から見える。


「退勤時間はいつ頃だ?」


「八時半だからもう終わると思います」


「そうか。こっちでも時計が使えればいいんだがな……」


 紅夜が腕に巻かれた時計を見やった後、じっと入り口を見つめる。


「優希ちゃん、遠野先輩って知ってる?」


「はい。遠野先輩なら知ってます。美人で校内ですごく有名ですよね」


「そうそう! 綺麗な顔立ちにスタイルよし! おまけに性格は優しくて、春陽すごく憧れてるんだー!」


 目を輝かせて話す春陽に、優希は遠野を思い浮かべる。


(モデルをしてて、大学に進学しても両立するって噂で聞いたな……)


「俺は顔を知らないんだが、その遠野さんは奏太達に悩みを相談したのか?」


 薫が店の壁に寄りかかりながら奏太に問いかける。

 店先から薫へと視線を移した奏太がはいと頷いた。


「先輩はモデルの仕事量に反して芸歴が浅く、まわりのモデルから色々言われることを気にしているみたいです」


「ひどいですよね! 遠野先輩をいじめるなんて!」


 眉をつり上げ頬を膨らませる春陽の頭を奏太が撫でる。


「出る杭は打たれる、と言うのはどこにでもあるんだよ。これで負けたら遠野先輩はきっと後悔すると思ったから、僕は思い出を守ったほうがいいと判断したんだ」


「――そうだな。オレが働く事務所でも、将来有望で期待された新人が耐えきれなくなって去って行くことはあるからな……」


「あの、もしも色々言われることを忘れたらどうなりますか?」


「モデルの仕事が関係して言われているから、その部分を忘れた場合、仕事への関心が薄くなる可能性があるんだ」


 優希の問いに答えながら、紅夜は入り口に近づいて来る長身で髪の長い女性に目を向ける。

 入り口から少し離れた奏太が言葉を続けるべく口を開いた。


「悩みながらもモデルの仕事を続けているということは、少なくとも仕事を辞めたくないと思っているからです。思い出を一つ忘れてしまうことでその後の人生が全く変わってしまう人もいるんですよ」


「複雑なんですね……」


 紅夜が見ていた女性が店のドアを開けて優希の目の前を歩いて行き、奏太と紅夜は目配せし合う。

 それから紅夜が辺りを見渡した後、チェーンを腕から外して手に持った。


「近くに関係者はいないようだからここで結界を張る」


 紅夜が遠野にキューブを近づける。

 するとキューブが光り、遠野のまわりを薄い透明な壁が取り囲んで、彼女の動きが止まった。

 その様子に目を瞬かせて首を傾げる優希に春陽が口を開く。


「対象の人の思い出を守るためにその人の動きを止めるの。キューブを持った人は結界内に入れるんだよ」


「そうなんですか……」


(一度に覚えることがいっぱいだな……)


 優希が教えてもらったことを思い返していると、紅夜が張った結界の中に奏太が入って行く。

 奏太も紅夜と同じようにチェーンを腕から外して手に持ち、キューブを遠野の胸の前に近づけた。


「あなたの思い出は、今は辛くてもきっとこの先の糧になるでしょう。――高梨奏太により、あなたの思い出を守らせていただきます」


 奏太のキューブが光りを放ち、やがてその光りは遠野の胸元に吸い込まれて消えて行く。

 体感時間は一分もかかったかどうかで、優希は最初にMemories Defense Forceの話を聞いた時のように夢を見ているような気がした。


「本日の任務、完了です」


 奏太が言い、キューブを遠野から離す。

 結界から出た瞬間それは消え、遠野は何事もなかったように歩き去って行った。


「この思い出を守る力は現実の対象人物へと繋がってかかる。かけられた本人が気づくことはまずないから安心してほしい。――以上、オレ達の仕事はこんな感じだ。何となく分かってもらえただろうか?」


 チェーンを腕につけ直した紅夜が優希を見つめる。

 未だに思い返したことに頭が混乱しつつも優希は首を縦に振った。


「はい。大体は……」


「他に重要なのは、出来れば避けたいが戦闘だな」


 紅夜が顔を顰めて夜空を見上げる。

 厚い雲がいつの間にかなくなり、月が明るい光を放っていた。

 優希も月を見ようと空を見上げる途中、少し離れたビルの上に人影が揺れた気がした。

 しかし、瞬きをした次の瞬間には見えなくなる。

 優希は気にすることなく月や星が輝く空を眺め、その後は行きと同じく春陽と手を繋いで現実へと帰った。




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