2 Memories Defense Force 1
「来てくれて感謝するよ」
紅夜と出会った後の土曜日、優希は紅夜が勤める芸能事務所を訪れ、次いで事務所近くの寮の一室へと案内された。
物珍しげに辺りを見る優希は、ここならゆっくり話せるけど他の人もいて君は安心だろうと言われ、目を丸くしてしまう。
話が出来、なおかつ出会って間もない男と建物の中に二人という状況を避けた紅夜なりの気遣いだった。
何故二人が再び顔を合わせたかというと、雨の日に彼女は彼との別れ際、美原紅夜と書かれた名刺を受け取っており、出会いをないものとして扱うことが出来なかったからだ。
切れ長の目に見られながらソファへの着席を促され、優希は静かに座る。
「あの、話とはどういったお話ですか?」
優希の後にテーブルの向かいのソファに腰を下ろす紅夜に顔を向けて口を開く。
話を聞いてほしいと頼まれたが、内容については一切知らされていない。
(私の力について聞かれたらどうしよう……)
小柄な体が強張る。
優希の様子に紅夜は眉を下げ、彼女へと真っ直ぐ目線を向けた。
「まずは力を抜いてほしいんだ。オレは君の能力について無理に聞き出そうとは思っていない」
「え……」
「今日来てもらったのは、オレ達の活動について話を聞いてもらいたかったからなんだ」
(美原さん達の活動? 仕事じゃなくて?)
優希が話の意図をつかめず首を傾げていると、後ろにある扉が音をたてて開かれた。
「お、この間の子だな!」
「どこが素質あるんですか? 見た目普通じゃないですか」
「奏太くん失礼だよ! ごめんね?」
「え……、あの……っ」
振り返った優希にそれぞれが話し出し彼女は戸惑った。
それを遮るように紅夜はテーブルの上を軽く手のひらで叩く。
紅夜の苛立ちを感じた三人は口を閉じる。
「まったく困らせるんじゃない。ふざけるために呼んだ訳じゃないのは分かってるだろ?」
かたい声色に三人は口を閉ざしたまま、紅夜側に置かれているソファに腰を掛け。
三人が座ったのを見届けた後、紅夜は再び話し出した。
「まずはこちらの紹介をするよ。改めてオレは美原紅夜、芸能事務所で働いている」
長い黒髪を後ろで結い、同色の瞳を持つ切れ長の目が細められる。
優希が軽く頭を下げると紅夜の隣にいるスーツ姿で体格がよく、刈られている黒髪の男性が笑った。
「次は俺だな。俺は東雲薫。普段は普通の会社員だ、よろしくな!」
「僕は高校二年、高梨奏太です。別によろしくしなくていいですよ、っ、春陽叩かないでよ……!」
茶色のショートヘアーにやや垂れた目を持つ彼が淡々と言うと、隣にいた少女に肩を強く叩かれて顔を歪める。
「あの、高梨先輩って相談屋の高梨先輩ですか……?」
高梨という名字に優希の学校の制服、その二つで思い当たる人達がいた。
優希の学校では、生徒の悩みを聞いてくれる双子の高梨先輩が有名だ。
彼女の問いに奏太はふーん、知ってるんだ、と素っ気なく返し、奏太の隣にいた少女が笑顔を浮かべる。
ミディアムヘアーは奏太と同じ色を持ち、やや垂れた目も彼と似ていた。
「そうそう! 私は高梨春陽、奏太くんは双子のお兄ちゃんなんだー。よろしくね!」
「私は篠崎優希です。よろしくお願いします……」
春陽の勢いにおされながらも優希は会釈する。
会釈が終わり頭を上げると再び紅夜が口を開いた。
「早速で悪いが、篠崎さんにとって思い出とはどんな物なのか聞かせてほしい」
「思い出、ですか?」
数回瞬きをして優希は聞き返す。
しかし、紅夜は頷き無言で答えを待っているだけだ。
優希は視線を湯飲みのお茶の水面へと落とし、思考をめぐらせる。
(私にとっての思い出は、やっぱりお母さんが事故に遭った雨の日……)
たくさんの人に囲まれ、呼びかけてもいつものように言葉を返してくれない母。
救急隊員に必死にすがりついたことは今でも優希の記憶に焼きついている。
優希は声が震えないように注意を払い、言葉を繋いでいく。
「私にとって思い出は、悲しくて寂しくて……、――でも温かくもあって。なくしたくないものです」
次に浮かぶのは小さな自分をいつも受け止めてくれた大きな笑顔。
目を閉じればエプロン姿に優しい香りさえ思い出し、どちらも切り離すことは出来ないもので。
言い切って顔を上げれば、四人は静かに優希を見つめていた。
「オレ達側の意見で安心したよ。ここからが本題だ。オレ達が所属、活動するMemories Defense Force(メモリーズ ディフェンス フォース)について話すから聞いてほしい――」