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18 はじまりの一歩


 頷く少女を眩しそうに目を細めて見た後、それでもワタシは諦めませんから、と返して治臣は仮想世界から去って行った。


「篠崎さん!」


 紅夜は名を呼んで駆け寄り、折りたたまれた扇子に目を向ける。

 折りたたまれても輝くことを止めないそれは月夜に光って幻想的な様子を作り出していた。


「覚醒したんだな……」


「はい。美原さんが言っていたように、メモリーズキューブは私の気持ちに応えてくれました」


 紅夜は双子に挟まれて笑みを浮かべる優希をじっと見る。

 千夏に似ていると思っていたら意外と自分に近いものを感じたり。

 穏やかに微笑む今はまた違う一面に思えて胸が温かくなる。

 紅夜は胸に広がる熱を感じながら、久しぶりの感覚に体が震えた。

 薫と出会った時とは違う、双子と会った時とも違う。

 それはまるでかつての治臣や千夏と過ごしていた時のような。

 同じ物ではない、しかし心に何かが宿ったのは確かだった。


(こんな気持ちになるのは久しぶりだ……)


 刀をキューブに戻した紅夜が優希との距離を縮め。


「美原さん? ――っ!」


 優希を正面から腕の中に閉じこめた。

 驚いて短い声をあげる様子を横目で眺め、腕の力を強めていく。

 突然のことに慌てる少女にクスリと笑いをこぼし、耳元でそっと告げる。


「オレ達を選んでくれてありがとう――」


「美原さん……」


「正直、真実を知ったら君は見習いを辞めると思って覚悟していた」


「紅夜さん……」


 優希の後ろに立っている春陽に名を呼ばれ、大丈夫だと言う意味をこめて笑みを向ける。


「だからすごく嬉しい。改めてこれからよろしく、優希」


「え……」


 名字ではなく名前を呼ばれ、優希は目を丸くする。

 優希を腕の中から解放した紅夜は眉を下げて笑った。


「ダメか? 正式な仲間になるなら名前で呼びたかったんだが……」


「い、いいえ! 名前で構いません!」


 頬に熱を持ちながら優希は首を横に振る。

 その勢いに紅夜が声を出して笑う。


「そんなに首を振らなくても……」


「すみません……っ」


「優希ちゃん! キューブに願いが届いてよかったね」


 扇子を見た春陽がにっこり笑って優希の腕に抱きつく。

 春陽の言葉に武器化について話したことをすぐに思い出して頷いた。


「はい。雨を遠ざけて月明かりがそそぐ、綺麗な星空が見られてよかったです」


「あれだけ大きな風を起こせるなら戦いにも向いていますし、よかったですね」


 春陽ほどではないが微笑む奏太に優希は再度頷いて返す。

 笑い合う三人を見守る途中、紅夜はそっと顔を空へと向けた。

 満月が無数の星と共に輝き、仮想とはいえ都会ではなかなか見られない景色に口もとがゆるむのを感じる。


(この景色は忘れない――いや、忘れられない。新しい仲間が見せてくれた物なのだから……)


 そう胸に誓っていると、風が微かに紅夜の長い髪を背後から揺らしていく。

 紅夜は視線を感じた気がして後ろを振り向き、目を見開いた。


「!」


 淡い光の中、透けた状態で大切な幼なじみが変わらぬ姿で変わらぬ笑みを浮かべている。

 言葉を失う紅夜を太陽のような明るい笑顔のままで見ながら、彼女は口を動かした。


『――――――』


 声が聞こえずとも紅夜には彼女の言葉が聞こえた気がして、笑顔で言葉を返したのだった。

 心の中で短く、ああ、と――。


「美原さん?」


「どうしたんですか?」


 急に後ろを振り向いたまま動かない紅夜に首を傾げる三人。

 何でもないと視線を動かした次の瞬間、彼女の姿は見えなくなった。

 しかし、紅夜の胸には刻まれた。

 今夜の出来事と共に。


「何でもない。さあ帰ろうか、現実に――」


「あ、あの!」


 紅夜の言葉を遮る優希に三人の視線がそそがれて、本人は一気に緊張していく。

 気がつけば戻っていたキューブをギュッと右手で握りしめ、紅夜、奏太、春陽と順番に視線を合わせていく。


「あの、これからよろし」


「ちょっと待ったー!」


 大声を上げた春陽が優希の口をふさぎ言葉を止める。

 口をふさがれてもごもごとする優希に春陽は言葉を続ける。


「その言葉は薫さんもいる時に言ってほしいな!」


「――ああ。意外と気にしますよね、薫さん」


 奏太がクスクスと笑い出せば春陽も紅夜も笑い出し、優希は戸惑いながらも首を縦に振った。


「これからは見習いじゃないからな。辛くてもついて来いよ?」


「――はい!」


 不敵に笑う紅夜を見上げ、優希はあたりに響く声量でそう答えたのだった。






 ――雨の日に繋がった縁は優希に未知の世界を教えた。

 二つのキューブと組織、もう一つの世界の存在。

 知らないうちに忘れていた思い出、真実を知った時の衝撃と決意。

 手に入れた不思議な力。

 そして夢現の真相。

 どれも夢のようだがどれも現実で。


 道を選んだのは紛れもない自分自身なのだから、これから起こるどんなことも精一杯乗り越えていこうと胸に誓う。


 まわりには仲間がいる、父もいる。

 思い出の中には母もいて。

 そう思うだけで優希はずっと心強いと感じながら。


 現実へと帰るべく仲間と並んで一歩を踏み出した――――。





18話をもちまして「思い出の守り人」は完結となります。


連載ということで完結までたどり着けるか不安はありましたが、なんとか終わりを迎えることができました。


今回の連載は優希がキューブと共鳴して覚醒するまでを書きたくて作りましたので、これで一区切りとなります。


大変拙い作品ではありますが、読んでいただいて何かを感じていただけたらとても嬉しく思います。


それでは、皆様ありがとうございました!



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