17 優希の答え
「あなた方はメモリーズキューブの力を過信しているのでは? この際はっきりと言いますが、ロックキューブのほうが力は強い。これは事実です」
閉じこめた結界を早く破れたのは、結界を作ったワタシとの距離が離れていたからです。
そう言って治臣は脇差しをキューブに戻し、刀だけを持ってさらに言葉を続ける。
「しかし、ワタシ一人で全員をお相手したいところですがさすがに骨が折れます。――今夜はこれで退きましょう。ですが、ワタシが他人を強制移動させたり結界に閉じこめたり出来ることを今後はお忘れなく」
それに、と言いかけて治臣は優希を真っ直ぐ見つめる。
優希が緊張しながら彼を見つめ返すと治臣はふっとおかしそうに笑った。
緊張状態にありながら突然笑う相手に優希が首を傾げると、治臣は声をあげて笑い出す。
「――っ、すみません。彼女があまりにも真っ直ぐ見返すものでつい。千夏に似ているとばかり思っていましたが、むしろワタシ達に似ているのかもしれませんね」
「――ああ。それはオレも思った」
睨み合っていたはずの紅夜までもが微かに笑い、優希は双子と共に首を傾げてしまう。
笑みを引っこめた治臣は再度優希を見て言葉を続けるべく口を開く。
「その真っ直ぐさがいつか消えてしまう前に、ワタシがあなたのキューブを破壊して差し上げます」
これから覚悟して下さい。
そう言った後に治臣は紅夜に視線を送った。
「紅夜、あなたが望むならあなたのキューブも壊してあげますよ」
「――必要ない」
どうです? と不敵に笑うかつての幼なじみに、紅夜は間髪を入れずに拒絶する。
少しの間見つめ合い、互いの瞳が揺れていることに気づきながらも二人はそれでも手を取り合うことはしない。
意見が分かれたその日からずっと。
「残念です。いつか後悔しても知りませんよ?」
「自分で選んだ道だ。後悔することや迷うこともあるだろう。それでも、オレは――オレ達は人の思い出を守りたいと思っている」
聞き覚えのある言葉に優希は幼い日を思い出す。
今度は自分の近くにいた人も離れていた人も姿をとらえることが出来た。
『――紅夜、君はこんな幼い子供の悲しみさえ忘れるなと言うのですか』
『ああ。子供でも大人でもオレがすることは変わらない』
花の近くに横になっている優希は見上げる形で二人を見ている。
『いつかその考えが新たな悲しみを生みますよ』
『人に非難されることもあるだろう。――それでも、オレ達は人の思い出を守りたいと思っている』
『やはりワタシとは意見が合わないようで残念です――』
(間違いない。北上先生が言ってた通り、私の近くにいたのは美原さんと先生だったんだ……)
優希は幼い日の夢現が現実のものだったとようやく自分の中で繋がった。
優希は自分の今の気持ちを伝えたい、そう思いながら扇子を両手で持ち力を入れる。
すると扇子は淡い光をこぼしながらサイズが大きくなっていく。
(お願い! 上手くいって……!)
雨が強くなり、髪や服が肌に張りつくのを感じながら、扇子を高く持ち上げて思い切り横へと振った。
「――――!」
全員が突然の大きな風に息を飲んだ。
扇子から発生した風は空へと向かい、厚い雨雲を遠くへと散らしていく。
やがて近くに雲は見えなくなり、輝く満月が優希達を照らし始めて。
誰もが言葉をなくしている中で優希だけは息を深く吸った。
――そして。
「私は思い出したことを後悔していません!」
紅夜と治臣に聞こえるように声を張り上げた。
「思い出した時はショックもありました。だけどお母さんは優しくて強い人だと知ることが出来て感謝しています……!」
「――あなたはそうでも他の人は違うかもしれませんよ?」
治臣の鋭い問いに優希は言葉をつまらせる。
しかし扇子をギュッとつかみながら治臣を真っ直ぐに見つめた。
「先生の言う通りかもしれません。でも、雨があがって晴れた空に虹が出るように、つらい思い出を持った人もいつか前に進めると私は信じたいです……!」
「優希ちゃん……」
春陽がそっと優希の肩に触れる。
「僕と春陽もそう思います」
奏太は優希にそっと微笑む。
「だから私はこの扇子を手放したりしません」
大きさが戻った扇子を閉じて両手で包みながら、優希は治臣に笑った。
笑顔を向けられた彼は目を見開いた後にふっと声をもらし、寂しそうに笑い返す。
「それがあなたの答えなんですね」
治臣は自分の視界が歪むのを感じたのだった。




