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15 狙われたのは…… 2


「ずいぶん打ち解けたみたいだな……」


 遅れて紅夜が仮想世界へと到着すると、優希を挟んで双子が言い争いをしていた。

 珍しく奏太が春陽のように感情的になっており、わいわいと会話を繰り広げている。


「弓矢より翼のほうが綺麗だし可愛いもん!」


「確かに飛べるのは便利だけど弓矢のほうが戦いに向いてる」


「優希ちゃんは女の子だから守りでいいの!」


「単身の時に複数に狙われたらどうするの? 攻撃は最大の防御って言うし」


「優希ちゃんは翼!」


「いいや弓矢!」


「あ、あの……」


 挟まれた優希は困りきった表情で紅夜を見つめる。

 三人の様子に紅夜は息を吐き出し、早足で距離を縮めた後に両手に拳を作り。


「いい加減にしろ!」


「――……っ!」


 双子の頭に下ろした。

 げんこつを落とされた二人は声にならないうめきをあげながら頭を抱えこむ。

 二人の様子に優希がまるで自分のことのように痛そうな表情を浮かべた。


「まったく。活動前に何をやってるんだ」


 篠崎さんを困らせるな、と責めるような声に二人は頭を下げて優希と紅夜に謝る。

 紅夜は優希へと視線を送り説明を促した。


「先輩方が私にどんな武器が合うか話していたらこうなってしまって……」


「キューブの武器の種類は個人差がある。近しい者が同じ武器を持つのは珍しいから諦めたほうが賢明だ」


 同時に肩を落とす様子に優希と紅夜は笑いを噛み殺したのだった。






 紅夜を先頭に静かになった双子の後をついて行くと病院の前にたどり着く。

 見覚えのある建物に優希は目を瞬かせた。


(ここって……)


「今夜はここの患者を探っていこうと思う」


「対象者が決まっていないんですか?」


 奏太が聞くと、ああ、今夜は調べるだけだ、と返して紅夜は院内へと足を入れる。

 入って直ぐは外来患者や見舞い人の受けつけロビーのため、今はひっそりと所々に明かりがあるだけ。


「病院なんて久しぶりだなぁ……」


「今夜は危険はなさそうですね」


 物珍しげに見回す双子とは違い、紅夜は険しい顔をした。


「いや、それは分からない。あいつがいなければ確実に安全だがな……」


 まわりに目を向ける紅夜の様子に優希は言葉の意味を推し量る。

 紅夜が警戒しているのは治臣のことだろう。

 夜のため昼とは雰囲気が違うものの、優希が幼い頃より見ている病院だ。

 階段を上り終えて二階についたと思った瞬間、優希は視界の景色が急に入れかわるのを感じた。


「え……?」


 何度か瞬きを繰り返して状況を認識しようとするが、突然のことに頭がついていかない。


「――こんばんは。調子はどうですか?」


「北上先生……?」


 優希の前には花々に囲まれて笑う治臣が立っていた。

 笑みを浮かべながらも細められた瞳の奥は笑っておらず、優希の様子をじっとうかがっている。


「彼も油断しましたね。ワタシが勤める病院と知りながらやって来るとは……」


(そういえば美原さん達は……?)


 クスクスとおかしそうに笑う治臣を前にしながら、優希はあたりを見回す。

 しかし、闇の中に花畑が広がっているだけで仲間の姿はなく、優希は冷や汗が流れるのを感じた。


(誰もいない……。どうしたらいいの――?)


 優希はポケットに入ったキューブを生地越しに強く握る。

 変化のないキューブ、現実と変わらない広がる花の香り、目の前に立つ人物の笑顔。

 どれもが優希の平常心を奪っていく。


「紅夜達なら病院にいますよ――ワタシの結界に閉じこめられた状態ですが」


 しばらくは出て来られないでしょう、と続けて治臣は刀を構える。

 降り続いている雨が刃を濡らす中、崩さない目の前の男の笑みがアンバランスに見えた優希は夢だったらいいのに、と心中で思った。


「今夜のワタシの対象者は篠崎優希さん――あなたです」


「え――」


 銀色が闇夜に躍った。




「――……っ!」


 目の前で横に勢いよく振られた刀に驚いた体は反射的に尻餅をつく。

 お尻から鈍い痛みを感じながらも目の前の光景に動けない。

 刀が振られて尻餅をついたとほぼ同時に、視界にはハラリと髪の毛が数本舞った。

 目を見開く優希の様子に治臣は笑みを消して刀をひく。


「やはりあなたにはキューブを持つ資格があり得るようですね。――ですが、Memories Lock Forceの人間としては簡単に見過ごすことはやはり出来ません。思い出せないのならそれにこしたことはない」


 ワタシが更に鍵をかけましょう。

 再度浮かべられた、今度は無邪気に見える笑顔にいよいよ優希は体が震えだすのを感じた。


「怖がることはありませんよ。あなたは候補者なのでこちらの世界でも実体がありますが、思い出を封じることで体に傷がつくことはありませんから」


 なだめるような声色で告げられる言葉に優希の鼓動は速さを増していく。

 さあ、と近づく大きな体に優希は座りこんだまま後ずさった。

 このままでは取り戻した思い出をまた忘れてしまう――。


(――そんなの嫌だ……!)


 優希は震える右手でキューブを服の上から強く握る。

 キューブは冷たいままだが、それでもこの気持ちは曲げられない。


(私はもうお母さんの思い出を忘れたくない!)


 逃げなきゃ。

 その一心で優希は立ちあがる。

 全身が未だ震え、立ち続けることがこんなに難しいのは彼女にとって初めてのことだった。


「……驚きました。刃物を振るわれてそれほど時間をかけずに立ちあがれるとは。――やはりあなたはこちらの世界に来るべきではない」


「!」


 瞬時に至近距離で刀を構える治臣が映る。


「これで終わりです!」


(そんなの嫌だよ……!)


 気持ちとは裏腹に強く目を閉じて痛みを覚悟する優希。

 しかし、何かがぶつかり合う音が耳を刺激し、優希は恐る恐る目を開けた。


「な……!」


 そこには驚きに目を見開く治臣の姿と。


「え……」


 空中に浮いて治臣の刃を止めている、輝くキューブの姿があった。




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