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14 狙われたのは…… 1


 父と母の話をして数日後、優希は見習い活動を再開したいと紅夜に連絡した。

 事故の詳細を思い出したと伝えれば電話越しに息を飲む音が聞こえ、少しの間静寂が生まれる。

 どんな言葉が返って来るのだろう、と優希は緊張した面もちで携帯を強く握る。

 一方、優希から聞いた内容に、紅夜は一人残っていた事務所のデスク前に座ったまま衝撃で言葉を失っていた。

 自分が原因と思わずにはいられない事故の詳細を自ら治臣の力を解いて思い出し、忘れないことを選ぶとは。

 もともと覚えていたのではなく、不完全ながら力がかかって封じられていたのに。

 紅夜は優希の気持ちを確かめるべく、息を吸った。


「篠崎さんはそれで後悔しないか? 普段人の思い出を独断で守っていて言える立場ではないが、オレ達の存在を知り、封じられていた思い出が解かれた今、君には選ぶことが出来る。キューブと共鳴して覚醒を終えてしまえば、君はその悲しみを持ち続けることになるんだ」


「――それでも、私は忘れたくありません」


 優希は思い出す。

 かばわれた瞬間の母の腕の中の温もりを、絞り出すように自分を心配してくれた声を。


「――母は意識を失って力が抜けるまで私をギュッと抱きしめてくれました。だから、だから……っ、そんな大切な思い出をなくしたくないんです……!」


 声を震わせ頬には涙を伝わらせながらも、優希は言葉を繋ぐ。


「もう一度、私が美原さん達の近くにいることを許して下さい――!」


 再び訪れる少しの静寂。

 壁にかけられた時計の時報の音が、時を動かした。

 紅夜は自らの手首に身につけているキューブを見つめた後に一度目を閉じて。

 思いを固めて目を開けた。


「気持ちは固いようだ。――明日からまたよろしく頼む」


「はい! よろしくお願いします!」


 受け入れてもらえたことが嬉しくて、優希は何度もお礼を言ったのだった。






「優希ちゃん久しぶりー!」


 翌日の夜、集合場所になっている校門前に行くと、そこには春陽と奏太が先に到着していた。

 優希が来たことに気づくと、春陽はスマートフォンを奏太に預けて優希に駆け寄って来る。

 奏太は急に押しつけられて眉を寄せたが、小さく息を吐いて自分の機種と合わせて制服のポケットへとしまった。


「元気だった?」


「はい、まあ……」


 実際、熱を出していたので元気とは言えないが、心配をかけまいと優希は曖昧に答える。

 その言葉に奏太は目を細めてふぅん、と何とも言えない声を出す。


「この前病院に入って行く人が篠崎さんに似てましたけど。似てる人なんてそうそういるんでしょうか……?」


「え! そうなの!」


 大丈夫? 大丈夫? と心配そうに聞いてくる先輩によくなりました、と答えて優希は思わず苦笑いをして奏太を見る。


「見られていたなんて全然気づきませんでした……」


「偶然近くに用事があったんです。――僕だって心配くらいしますよ」


「え……?」


「何でもありません」


 優希が聞き返すと奏太は顔を背ける。

 しかし頬が赤くなっているのが見えて思わず笑みがこぼれる。

 春陽が奏太くん照れてるー、と奏太の前に回りこんで明るい声を出すものだから、奏太の耳までが熱を持った。


「……っ、そろそろ時間だから行きますよ!」


 耐えられなくなった奏太が声を大きくして腕に通されたチェーンの先のキューブを揺らす。


「美原さん達は……?」


「薫さんは今日残業だからお休みだよ。紅夜さんもギリギリまで仕事するって言ってたから、仮想世界で集合だって!」


 答えながら春陽は優希と手を繋ぐ。

 二人が手を繋いだことを確認した奏太が言葉を続ける。


「仮想世界へ移動します」


「了解!」


「ちょっ、春陽……っ」


 明るい声で答えた春陽は奏太とも手を繋ぎ、三人並んだ状態で光に包まれた。








「到着!」


 繋いだ二人の手をそのままで腕を振り、春陽は地面に足をつける。

 優希は久しぶりの感覚に少しバランスを崩しながらも立つ姿勢を保った。

 奏太は春陽の手を慣れた様子で軽く振り払って辺りを見ている。

 優希とは自ら手を離し、不満の声をあげる双子の妹を適当にあしらう様子が慣れていることを示していた。

 移動前は雨が降っていなかったが、移動した仮想世界ではポツリポツリと降り始めていて奏太は眉を寄せる。


「雨足が強くならないといいんですけど。雨が強いと視界が見えにくくて矢が放ちづらい……」


「雨だと春陽も飛びづらいよー。あ! 優希ちゃんは自分が持つならどんな武器がいい?」


 いいことを思いついたと両手を合わせ、春陽が笑顔で優希に問いかける。

 キューブの武器化は話で聞いているし治臣達との遭遇で実際に目にしている。

 しかし、未だ覚醒していない優希にはピンとこなかった。


「どうでしょう……。考えたことなかったです」


「春陽は空を飛べる鳥っていいなーってよく思ってたら翼になったし、奏太くんは弓道部だからか弓矢になったんだよ!」


 だから、好きな物とかを強く念じたら叶うかも! と明るく話す春陽を見ながら優希は考える。


「そうですね……。あえて言うなら雨を吹き飛ばせる武器がいいです」


「雨を吹き飛ばすとなると難しいですね……」


「でもそれって素敵! 雨があがれば虹が出るよ!」


 春陽の言葉に優希は想像する。

 雨あがりの空に架かる虹を。


(うん、やっぱり雨を吹き飛ばせるような武器がいいな。悲しみの後に明日を迎えられる元気が少しでも出るように――)


 そう思った所で、春陽達の思い出を見たことに対して謝れていないことに優希は気づく。

 春陽に声をかけようとすると奏太に名を呼ばれて遮られた。

 優希が奏太に視線を向けると奏太は優希を真っ直ぐ見つめ、それから背中を見せる。


「――僕達の思い出を見たことなら謝らないで下さい。篠崎さんは見ようと思って見たわけではないですよね?」


「え……」


「最初に会った時、紅夜さんの思い出を見た篠崎さんは謝っていました。見たくて見たのならあの慌てようは不自然ですから」


「でも……っ」


「優希ちゃん、いいんだよ」


 謝ろうとする優希を今度は春陽が止める。

 春陽は柔らかい笑みを浮かべて優希の手を強く握った。


「春陽達はお父さんのお兄さんとお嫁さん、それに紅夜さんが支えてくれて、今は薫さんもだけどね。みんながいたからこうしていられるんだ」


「――正直、最初は記憶をなくしたいくらいつらかったです」


「でも今はね、お母さんとお父さんの最期は悲しいけど、ひた隠しにしたいわけじゃないから。だから、謝らないでほしいな」


「それにまだ見習いでも篠崎さんは僕達の仲間です。きっかけがあれば話すつもりでした」


「春陽達が助けられたように今度は優希ちゃんを助けたいって思う。だから困ったことがあったら何でも言ってね!」


 背中を見せていた奏太はこちらを向き、春陽は優希の手を握ったまま二人で微笑む。

 二人の優しい笑顔に幼い日の母の笑みと数日前に色々と話した父の笑みが重なって見え、優希は何倍にも嬉しくなった。


「ありがとうございます」


 謝罪が必要ないのなら、感謝を精一杯伝えよう。

 優希は思いをこめて一言を伝えた。




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