10 所属の条件
「え……?」
紅夜の問いに優希は聞き返す形で声を出した。
優希自身が思い当たる悲しい思い出は母親の事故死のみ。
視線を足元に向けて必死に考えるもそれ以外は出て来ない。
「――分かりません。私にとってお母さんの事故死以上に悲しい思い出は考えられません……」
顔を上げて言う優希の返答に、そうか、と短く答えた紅夜は優希が手に持つ袋に視線を向ける。
「オレが予想出来るキューブが覚醒を止めてしまう理由は一つ。覚醒前のキューブを持つ人が思い出を封じられている場合だ」
「そんな……」
優希は声を震わせ、自分の右手に持っている袋を見つめた。
物言わぬキューブが何よりの証拠で、それ以上何も言えなくなってしまう。
紅夜もまた困惑していた。
通常、所属候補者が思い出を封じられていた場合はキューブに触れた瞬間拒絶される。
しかし優希は何もなくキューブを受け取り所持していた。
しかしキューブが覚醒を止めた以上、キューブは優希との共鳴を拒んだことになる。
「思い出を封じられている場合、キューブに触れた瞬間に拒絶される。だが、篠崎さんはキューブに触れることが出来、覚醒しかけた――」
「そんなこともあるのですね」
「!」
優希と紅夜の近くに移動して来た治臣が不思議そうな声をあげる。
紅夜が瞬時に刀を振るうも彼はひらりとかわして優希に微笑みかけた。
「どうです? 思い出を忘れているならさらにワタシが頑丈に鍵をかけてあげますよ」
(そんなこと言われてもその内容が分からないのに……)
「用が済んだなら早く帰れ……!」
戸惑う優希を守るように背中に隠し、治臣の前に立ちはだかる紅夜。
刀を向けられても今夜の結果の余裕か笑みを崩さない。
「言われなくても帰りますよ。――でも、帰る前に言いたいことがあります」
笑みを消し、真っ直ぐな眼差しで紅夜を見据える。
紅夜は治臣のそんな真剣な様子が好意的であり今は苦手でもあった。
敵として向き合う彼は時として自分を揺さぶって来るのだ。
治臣は紅夜に隠れている優希の方を見た後に再度紅夜を見てまた口を開く。
「後ろの彼女、千夏に似ているようですね?」
「――!」
大きな体を強ばらせる様子を治臣は見逃さない。
「そちらに引き入れる理由がそうなら、ワタシは許しませんよ」
目を細めて声のトーンを低くして言われた言葉に紅夜が目を見開く。
それから治臣は背を向けて、再度見ることなく凜子と冬馬と共に仮想世界を去って行った。
――治臣達が去った後、二人の所に薫達が集まって互いの無事を確認し合う。
多少のダメージを受けたであろう薫と春陽はキューブによって回復しており、時間を待たずに現実へと戻れそうだ。
春陽と手を繋いで帰還する間も、優希は治臣の口から出た千夏と言う名前が頭から離れることはなかった――……。
(どうすればいいの……?)
現実へと帰り、帰宅した優希は自室のベッドの上で考えこんでいた。
思い出を封じられている可能性が高い以上、一旦見習い活動を休んだほうがいいと紅夜により判断が下されたのだ。
ロックキューブはメモリーズキューブの思い出を守っている力を破れるが、メモリーズキューブはロックキューブの思い出を封じている力を破ることが出来ない。
そのため、優希の思い出にロックキューブの力がかかっているのなら、紅夜達にはどうすることも出来ないと言われてしまった。
――考えこんでいた優希は一つの仮説を思いつく。
封じる側のロックキューブなら封じた力を取り除くことが出来るのではないかと。
(どうにかして聞いてみないと……!)
そう決意して、優希は夜更けにやっと目を閉じるのだった。
「――それで、ワタシに会う方法を考えすぎて今度は熱を出したのですか?」
「はい……」
診察室にて目を丸くして聞いてくる治臣に優希は顔が熱くなるのを感じながら頷いた。
――ロックキューブを持つ中で一番話を聞いてくれそうな治臣に話を聞こうと意気ごんだ優希。
しかし、行きつけの病院の医者と言うことしか情報がなく、親しい間柄でもない。
怪我や病気がないのに病院に押しかけることもはばかられ、数日間悩んだ挙げ句熱を出した。
風邪が治って間もない発熱を父に知られ、直ぐに病院に行って来るように家を押し出された。
今日は土曜日だが行きつけの病院が休日の診察を受けつけていて、さらに担当医が治臣だったことは運がよかった。
熱は辛いが治臣と対面を果たせたのである。
「ワタシに話があるのでしたら、まずは熱を下げてからにしましょう」
治臣は静かにそう言い、椅子を動かしてカルテに文字を記入していった。
「落ち着きましたか?」
「はい」
解熱効果のある注射をしてもらい、外来の点滴患者などが使用するベッドを一つ借りて優希は体を休めていた。
ある程度時間が経つと治臣が室内にやって来て優希の顔色をうかがう。
「――だいぶ下がりましたね。念のために内服薬の解熱剤を出しますので、熱がぶり返した場合は飲んで下さい」
優希の額に大きな手をあて、熱の具合を確かめた治臣が柔らかく笑う。
仮想世界で対面した時とは違う様子に優希は何と言葉を返したらいいのか分からなくなった。
視線をさまよわせる様子を見た治臣は手を離しながら小さく笑い声をもらす。
「とんでもない結果になったり、困る様子だったり。本当にあなたは千夏に似ていますね」
「!」
千夏と言う名前に反応を示す優希を見た治臣は、気になりますか、と問うて来る。
「はい。北上先生に聞きたいことが二つほどあるんです」
「いいでしょう。ワタシが話せることならば話します。――そのかわり、ワタシもあなたに聞きたいことがあります」
「え……?」
自分に聞きたいことがあると言われるなど思いもしない優希は首を傾げる。
治臣は優希の問いかけに答えることなく背を向けた。
「そう遠くない所にあなたと行きたい場所があります。そこで話を聞きましょう」
仕事は、と呼び止める声に出口へと歩きながら口を開く。
「日勤の先生の急な都合で退勤時刻が少し遅くなりますが夜勤明けなんです。もう少しで引き継ぎをして退勤しますからここで待っていて下さい」
そう言って治臣は室内から去って行った。
――それから支払いを済ませて薬を受け取り、優希は治臣が運転する車に乗せられている。
父親以外の男性と車で二人きりという状況が初めての優希は落ち着かない気持ちになる。
それどころか今更ながら敵対関係にある相手と車内に二人きりなことに危機感を持ちつつあった。
対して治臣はハンドルを動かしながら、助手席に座ってそわそわしている優希を横目で見て警戒する子猫のようだと目を細めた。




