1 雨の日の縁
こちらにて初めての連載です。
修正等を行う可能性がありますので、内容を変更の際は活動報告にてお知らせさせていただきます。
完結目指して頑張りたいと思いますので、よろしくお願いします!
「おかあさん! おかあさん!」
雨に打たれながら、幼い少女は母親に呼びかける。
母の体を揺する度に揺れていた少女のボブヘアーが、雨粒によって頬に張りついていく。
地面に横たわり動かない体は担架に乗せられ、ざわめきに囲まれていた。
「おかあさん! おかあさぁん……!」
「――お嬢ちゃんのお母さんかい?」
救急隊員に話しかけられた少女は頷いて太い腕にすがりつく。
「おじさん、おかあさんをたすけて!」
頬に雨と共に涙を伝わらせ声をあげる小さな姿に隊員は彼女の頭を撫でる。
次いで両肩に手を置いて腰を屈めて視線を合わせた。
「お母さん今頑張っているんだ。お嬢ちゃんも頑張れるかな?」
「うんっ、がんばる! ゆき、がんばる!」
「それじゃあお母さんの近くで応援しようね」
途切れ途切れに返す少女の手を引いて彼は他の隊員と共に救急車に乗り込む。
サイレンが遠ざかるに連れて人の波も徐々に引き、残るのは持ち主を待つ揃いの大小の傘だけだった。
「やっぱり雨……」
慌ただしく通り過ぎる生徒達の中、校舎を出ようと生徒玄関に立った少女、篠崎優希が外を見てぽつりと呟く。
登校時は快晴で、テレビの天気予報によれば梅雨の合間の晴れで降水確率は低かった。
しかし、夕方の現在は建物や地面に当たる音が聞こえるほどに雨が降っていて、ほとんどの生徒が玄関を出ると同時に走っている。
(昨日夢を見て傘を持って来たけど当たったな……)
右手に折りたたみ傘を持ち、閉じられた傘の模様を見つめる。
傘は淡いオレンジ色に白い水玉模様が描かれたプリントだ。
「うわ、雨降ってるし。優希の予報ってほんとドンピシャ」
優希の隣に来た友人の南が、降り続く雨をガラス越しに睨む。
「優希に言われて傘持って来て正解だったよ」
「役に立ててよかった」
「ほんとありがと! あ、新しい傘? 優希ってオレンジ色好きだよね」
「うん。お日様みたいでついまた選んじゃって……」
「お母さんの色って言ってたもんね」
傘を両手で握り目尻を下げる優希に、南は自分の口がゆるむのを感じながら傘置き場に置いてあったビニール傘を手に取る。
「さ、帰ろっか!」
明るく促す南に頷いて、優希は傘の柄を引き伸ばした。
(今夜もあの夢を見るのかな……)
帰路の途中で南に手を振り、優希は一人で住宅街を歩いていた。
雨は未だ止まず己を主張し、人通りは少ない。
(お母さんが事故に遭った日のことを夢に見ると、次の日はいつもあの夢を見るんだよね)
十年前、幼かった優希にとっては現実か夢か分からない出来事。
家から近い、母とよく出かけていた花畑の側で泣き疲れて眠ってしまった際、声が聞こえてまぶたを開けると二つの人影が見えて。
(一人は遠くて分からないけど、近くにいた一人は何となく覚えてる。長い髪だけど声は低かった……)
――ゆっくりお休みと囁くように言われ、大きな手で視界がふさがれたところで夢は終わる。
(花畑にいたはずなのに目が覚めたらちゃんと家にいたんだよね。お父さんにすごく心配されたな……)
考えながら前を見ていると数人の姿が見え、優希は道の端へと避ける。
すれ違う瞬間、スーツを着た髪の長い男性と目が合った。
「――え……」
目が合い声を出したのは優希か相手か。
優希の脳裏に映像が浮かび上がり歩みを止めた。
(あ……っ)
目の前の姿と浮かび上がった映像の人物が重なって行く。
映像の中の男性は笑顔で幾分幼い顔つきをしており、髪は耳にかかるほどの長さだった。
(女の子が一人ともう一人の男の子がいて……あ……!)
三人が制服を着ていると認識した途端に映像が切り替わる。
次の映像に少女はおらず、同じ制服姿の少年が向き合っていた。
『お前はそれでいいのか?』
先ほどの映像よりも髪が伸びた少年が厳しい顔つきで言うと相手は顔をそらし、地面を見つめながら両手を体の横で握りしめていた。
外にいるのだろうか、二人の髪が不規則に揺れているのが分かる。
『君こそ後悔するなよ――紅夜』
お互いが背を向けた所で映像は終わった。
「紅夜、さん……? あ、――……っ!」
いつもはもう少し不鮮明で会話も途切れ途切れに聞いていた。
それが今この時、映像が鮮明で会話もはっきり聞こえた優希は思わず声に出してしまった。
しまったと思うも時すでに遅く、優希が歩みを止めていたのはわずかだが相手も訝しむように立ち止まっていた。
彼の目が大きく開かれ、優希が謝って去ろうとする間もなく肩を強くつかまれる。
つかまれたことにより二つの傘は音をたてて落ち雨にさらされて。
相手は自分が濡れるのも構わず両手で優希の肩をつかんで揺さぶって来た。
「オレの記憶が見えるのか……?」
「あ、ご、ごめんなさい……!」
(どうしよう! 気味悪がられちゃうよ……!)
不思議な光景を夢に見るようになってから、優希は人の一部分の記憶が映像として見えるようになっていた。
父に知らせると他の人に言ってはいけないと念をおされ、幼い頃は何故だろうと思っていた。
しかし、成長するにつれてその現象が異端だと知り、決して誰にも言っていない。
「ごめんなさい! ごめんなさい……!」
「頼むから教えてくれ! オレの思い出が見えたのか?」
怯えた顔でひたすら謝る優希に紅夜もまた必死だった。
長い髪が雨に濡れて顔に張りつくのも構わず、必死に彼女に問いかける。
濡れていくスーツが冷たいはずなのに、紅夜は体が熱くなっているような気がした。
後ろで息を飲む仲間の様子を感じながらも彼は優希に言い寄ることを止めない。
「謝らなくていい。オレ達に力を貸してくれないか――」
「え……?」
混乱する優希に紅夜は真っ直ぐな視線を向けた。
この時繋がった縁により、優希は自分の知らなかった世界へと足を踏み入れることになる――……。