表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

「後悔」10円小説家で検索

掲載日:2014/06/04

「後悔」10円


 スーツ姿で通勤という、毎日繰り返される行動。電車の窓から外を眺めていると、不思議とどこか遠くに出掛けたくなる。脳が刺激を求めているのかもしれない。会社に行く気満々だったのだが。思いきって、会社に電話を掛けてみた。マナー違反の冷ややかな視線を感じつつ。

コール音が聞こえる。

「はい。木村商事、営業課谷村です」

「おはようございます。小野寺です」

「あ、小野寺さん、どうかされました?」

「今日は、体調不良で有給休暇を使いたいのですが」

「私から、課長に話しておきますね。ゆっくり休んで下さい」

「ありがとう」

電話を切った。

休みをもらったが、これからどこへ行こうと言うのだろう。宣言通り家に帰っても、一人暮らしで趣味もない。

車掌が次の駅を案内する。

「次は、立花、立花」

立花駅で乗り換えをしなければ、家に来た道を戻るだけだ。乗り換えのために電車から降りた。


 駅のホームで電車を待っていたら、髪の長い色白の女性が目についた。黄色の線より外側に立っている。短いスカートがセクシーに見えた。

駅の構内放送が聞こえた。

「まもなく電車がまいります、黄色い線までお下がり下さい」

色白の女性は、ホーム下に飛び込んだ。

「危ない」

私は女性を助けようと、鞄を投げ捨てホーム下に降りた。

ガタンゴトン、電車はもう来ている。緊急停止ボタンが押され、運転士が汽笛を鳴らす。

無我夢中で、彼女を線路から引っ張った。

「うぉりゃ」

死ぬための覚悟もできないぐらい一瞬だった。

電車がホームに停車した。

体が震えていた。係員と民衆に、ホーム上まで救助される。

「お二人とも大丈夫ですか?」

小野寺は、彼女をすぐ気にかけた。

「私は、元気です。お嬢さんは、怪我ないですか?」

「ないです」

彼女は驚いた表情をしていた。二人は、かすり傷程度だったので、軽い手当てだけを受けた。


 鉄道警察の事情聴取も終わり、開放された。このまま、彼女を一人にするのも心配だった。

「お嬢さん、コーヒーでも飲みませんか?」

「いいですよ」

喫茶店に入り、テーブル席に座った。

「私は、小野寺と言います。あなたのお名前は?」

「私は、三上です」

「なぜ、自殺など考えたのです。もし良ければ、お話だけでも聞かせてもらえませんか?」

彼女は涙ぐんだ。

「私の弟が、海で溺れて死にました」

「それはお気の毒に。他にご家族は?」

「両親は、私が10歳の時に亡くなり、これまで二人だけで力を合わせて、暮らしてきました」

「ご両親も亡くなっているのですか……」

「正義感の強い弟でした。友人と海水浴に行き。海で溺れた子供を助けに海に入り、弟も子供も亡くなりました」

「そうだったのですか」

「私は、半身をもがれた思いで、精神病を患い。毎日苦痛の日々を過ごしています」

「それで」

「とうとう、病院の帰りに死んでしまいたいと思い、電車に飛び込みました」

「なるほどです」

「関係のない小野寺さんを、危険な目に合わせてしまい申し訳ありません」

「いやいいんですよ。助けるのが当たり前」

「はっ!小野寺さんは通勤途中だったのじゃありませんか?」

「いえいえ、私は通勤をしていたのですが」

「やっぱりじゃあ」

「聞いて下さい。電車の外の景色を眺めていたら、何だか休みたくなり。有給休暇を使って、どこか遠くに行こうと思っていたのですよ」

「それじゃ、私が邪魔をしてしまって」

「偶然、三上さんを見かけて、ほっとけなくてですね」

「私なんて、死ねば良かったのですよ」

小野寺は咳払いをした。

「三上さん、あなたは生きる理由があります」

三上は、怒りだした。

「天涯孤独の私に、理由なんてありません」

「弟さんは、あなたの心の中にいます。弟さんの分まで生きるべきじゃありませんか」

「他人に言われたくないです」

「恩着せがましいかもしれませんが、あなたの命は私が助けました。従って、あなた一人の命ではありません。生きて下さい。ここは、誘った私が勘定を払いますので」

小野寺は席を立つ。

「それは困ります」

「私は、あなたのような美しい女性にコーヒーをおごれて幸せです」

三上は、頬を赤らめた。

「まぁ」

「では、さようなら」

「さようなら」

三上が、だんだん遠ざかっていった。

私は、彼女と別れた後、一つだけ後悔した。連絡先を聞けばよかったと。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ