猫(に同居人がなった)話 その7 (猫耳の生えた親父の神様・転生物?)
「ただ今」
(お帰りの声は聞こえない)
半年前、俺の部屋の同居人は一人減って、一匹増えた。
「にゃあ!」
変わりに丸い目をした薄い茶色の猫が玄関でお出迎え、だ。
足元に擦り寄ってくるソイツをかわしながら、夕飯の準備をする。
(今日は、鶏の良いのがあったから、メインはこれで行くね!)
包丁の扱いには何とか慣れたが、肉の良し悪しなど今だに良く分からないままだ。
小腹が空いたので最近出回り始めてきた、切ってあるメロンを生ハムと一緒に摘みながら調理を継続。
「なー!」
喧しいので、小さく切った鳥を一切れ鼻先にぶら下げてやったら、一口で飲み込みやがった。
良く分からないが、猫と言う生き物は水が嫌いなんじゃないのか?
風呂にまで着いてきた挙句、浴槽にまで入ろうとするコイツを洗い場に追い払うのも日課になった。
……人が体を洗っているうちに湯に入るな! そして泳ぐな! お前はスナドリネコかマン湖の猫か!
「ぎゃー!」
「自業自得だ!ドライヤーが嫌いなら、濡れるな、学習しろ!」
全身濡れ鼠になった猫を乾燥させるのにも慣れた。
「逃げるな! ちゃんと乾かさないと床が汚れる!」
(髪、ちゃんと乾かさないと風邪を引くよ?)
些細な事が、もう半年も前になる情景を一つ一つ思い起こさせる。
そして、その流れのままに今の状況に至った普通ではありえない出来事も思い出してしまった。
「ごめん、ちょっとお酒切らせちゃってた。悪いんだけど、ご飯作っておくから買出し行って来てもらって良い?」
「いや、別に一日位飲まなくたって、問題ないだろ」
この寒い中外に出る位なら、晩酌の一回位は我慢する。
「いーから! 行ってきて!」
「何だ、珍しく強引だな」
こいつがここまで強く言うのも珍しい。これ以上言い合いになって、隣から苦情来ても面倒だ。仕方ない、行ってくるか。
「あ、僕の分のチューハイも宜しくー! おつまみになる物は作っておくから、買ってこなくて良いよー!」
そんなに飲みたかったのか。こんな事、一年に一回あるかどうかだな。本当に珍しい。
「分かった」
……アパートの近くにコンビニないんだよな。白い息を吐き出して、ポケットに手を突っ込んで歩く。
帰ったら部屋の暖房を思い切り強くして、コタツで冷たいビールを飲むのも悪くない。
納得が行く考えに満足した俺は、他にも色々買い込んでやろうとさっさと歩き出した。
「980円丁度、お預かりします。ありがとうございましたー」
俺はレジを待つ列に並び、ぼんやりと壁に貼ってある最近頻発している強盗に注意を促すポスターを眺めていた。
きっと、多分全ては此処から始まった。
「やあ、お帰り。外はまだ寒かっただろう?」
「……化けて出るには季節がちょっと違うんじゃないか?」
寒い中コンビニから暖かい部屋に帰ってみたら、聞きなれた同居人の挨拶は無くて、猫を膝に乗せた、去年死んだ親父がのんきな声でお出迎えとは。
「と言うか、何だそのオプション」
何処から見てもくたびれた農家のおっさんの頭から、白髪交じりの黒い猫耳が生えていた。何だこの状況、訳が分からん。
とりあえずコンビニの袋から出したビールを放ると、親父は嬉しそうに受け取った。
……ぴこぴこ動いてる耳は見なかった事にしたい。
「まあ、色々あってなぁ」
「無けりゃ、化けては出てこないだろうが」
「うん、まぁそうなんだが、別に化けて出て来た訳じゃないぞ」
言いながら、ビールを嬉しそうに煽る親父に、こっちはため息しか出やしない。オカルトな場面の筈なんだが、ホラーな雰囲気は微塵も無いな。全く。
そもそも親父の死因ってのが、ガキ共の悪戯で川に流された猫を助けようとして自分が流されちまった。って言う、残された側としては泣いていいのか怒っていいのか。何とも力が抜ける事この上ない物だった訳だが。
「で、その耳と連れてきた猫は何なんだ」
「いや、何て説明していいものかなぁ」
「何でも良いから説明しろ」
「そうだなぁ……」
親父の言う事を纏めるとこんな事らしい。
神道の実家では親父を神棚に祀って、毎日水を上げたり、ご飯を上げたり、新しい榊と古いものを変えたりとか色々している。お陰で何とか神様としての体裁は整って、家を見守っていたそうだ。
が、何でも助けた猫ってのが何とも律儀なやつだったらしく、助けられてからこの方せっせと毎日親父の事を拝んで鼠だの雀だのを供えていたそうだ。
結果、家の祈りと猫の献身(?)が融合して、何でも何分の一かは猫の神様になりつつあるんだとか。猫耳はその表れらしい。
下手すると、その内に尻尾まで生えてくるんじゃなかろうか。
ちょっと嫌だな、猫耳尻尾付き親父。
明日、神棚買ってくるか……。
「分かりたくなかった気もするが、その耳の事情は分かった。で、そっちの猫は?」
「……」
それまでべらべらと話していた親父が、急に黙り込んだ。
「どうせ、良い事じゃないんだろ。あんたが良く喋るのは、悪いことが起きた時と、それを誰かに言わなきゃいけなくなった時だ」
「あぁ、そうかも知れないなぁ」
眉と頭上の耳が垂れ下がり、何とも情けない顔で頭を掻く。
「この子、君の同居人」
「何だと?」
二人分の視線を受けて、膝の上で丸くなっていた猫がにゃあ。と鳴いた。
確かにいきなり湧いて出た親父と猫耳のインパクトで、アイツの事はすっかり意識の外だった。が。
「どういう事だ!」
「お前、運命の神って信じる?」
「はぐらかすな!」
「はぐらかしてなんかいない」
詰め寄る俺に、真顔で答える親父と、驚いて、親父の膝の上から頭の上に駆け上る猫。
「この世界に神は存在する」
「それで? それとこいつとどう関係がある」
痛い痛い。と言いながら頭の上から猫を膝に乗せ直す親父。
「この状況を見て貰えば分かると思うんだけど、神様って祈る存在にかなり左右されるんだ」
「……猫耳が生える位だからな」
「うん。で、今、漫画とかテレビとかでさ『運命は変えられる』って言うの、結構あるじゃない?」
あるかも知れないが、とりあえず耳を動かすな。
「だからね、人の運命も昔程強固に確立されたものでなくなってきているんだ」
「運命の神とやらの存在自体が変わってきている。って事か?」
「うん。そんな感じ」
膝の上の猫を撫でて、落ち着かせている癖に、こっち見ようともしないってのは。こう言う所は相変わらずだよ、本当に。
「でな、本当だったら今日の晩、お前は死ぬ運命だった」
「は?」
「お前あんまりコンビニとか行かないだろ?」
死んでる筈、って生きてるぞ。
「……それ、が?」
(ごめん、ちょっとお酒切らせちゃってた。悪いんだけど、ご飯作っておくから買出し行って来てもらって良い?)
数十分前のやり取りが、脳裏に響く。
(いや、別に一日位飲まなくたって、問題ないだろ)
(いーから! 行ってきて!)
(何だ、珍しく強引だな)
そして、俺が、外に出て……。
「……!」
つまり、居るべき人間が、此処には、居なかった?
愕然として、立ち上がった俺を、親父は泣き笑いの変な顔で見上げてきた。
「本当は、お前を迎えに来た筈だった」
「迎えに……。って」
「今日、お前はここで強盗と鉢合わせをして死ぬはずだった」
まさか。
「まさか、俺を助ける為に、コイツの運命に干渉したのか!」
掴みかかろうとする俺の手を、静かに親父が受け止めた。
「誓って言う。お前達の運命への干渉なんか、絶対にしていない」
今まで、あれだけヘタレてた癖に。
「……信じろ」
神、だ。
猫耳が付いた、くたびれた親父のナリの神がいた。
「……そうだよな、親父みたいなヘタレに、そんな人の生き死にに積極的に介入できる訳ないもんな」
「全くその通りだ」
威張れることじゃないだろうが。このヘタレ親父。
神威と言う物を肌で感じ、虚勢を張ってみたその後の緩さに、脱力して座り込む俺。
「彼は、お前の事が本当に好きだったんだね」
膝の上の猫を愛おし気に撫でながら、ゆっくり話し出す親父。
「何が彼を駆り立てたのかは分からないし、こうなる事なんか、分からなかっただろうに」
それでも。
「それでも、運命を捻じ曲げて、自分が消えることになっても、お前を守ったんだ」
俺を守ってくれたのか。
「で、それはそうとして、何で猫なんだ」
「あぁ、うん。出来れば何とか助けたかったんだけど」
成り立て且つ猫混じりの神だった為に、人の姿のまま助けるのは無理だった。らしい。
で、何とか形にできたのが猫だった。と言うのが親父の言い分。
「記憶とかは?」
「残念だけど無理だった。この子はあの子ではあるけど、全く別とも言える存在だ」
だから、
「お前が信じられなかったり、不要と言うなら、この子は一緒に連れて行く」
ため息しか出てこない。
「……このヘタレ」
さっきの迫力は何処に行ったよ。
「信じてやるから、そいつを置いてさっささと帰れ」
「そうか」
眉根が下がった笑い方は、俺がいつも見ていた親父の笑い方だった。
「ほら」
膝の上にいた猫は大人しく抱き上げられ、俺に渡された。
予想していたよりも、ずっと熱い小さな生き物の体温を感じながら受け取った猫は、ゴロゴロと喉を鳴らしながら体を擦り付けてきた。
「お前の事、気に入ったみたいだねぇ。良かった良かった」
気に入らない筈は無いとは思っていたけど、ちょっとドキドキしてたんだ。と言う親父の言葉を聞き流し、しっかりと抱きなおして目を合わせてみると、
「にゃあ」
と一声鳴いて、腕から動かずに喉鳴らしを再開した。
それから、暫く俺達は黙ってアイツだった猫をずっと構っていた。
「さて、あんまり長居をするのも余り良い事じゃないし、そろそろ行くよ」
「そうか」
「うん。お前達が幸せになる事を願っているよ」
「にー」
猫が鳴き、目を細めた親父に「そういえば」と前置きして、仮にも一応神様なんだし犯人に神罰でも下してやれよ。と言ったら、害されたのがお前ならできたんだけどねぇ。と返された。どうにも最後まで情けない。
でも、口には出さなかったが俺を迎えに来た。って事は、まぁそう言うつもりだったんだろう。
「つか、迎えに来られても、来たのが猫耳親父じゃ素直に着いて行く訳ねぇだろ!」
「はは、そうかもしれないなぁ」
照れ隠しに大声を出した俺に、じゃあ、ちょっと大変だろうけど頑張れ。と言い残して親父は消えて言った。
……大変?
去り際の言葉に感じた疑問はこの後すぐに氷解する。が、今思い返してみてもこれは酷すぎると思うぞ、ヘタレ親父。
気が付いた時、俺は猫を肩に乗せてアパートの近くに立っていた。
何事も無ければ白昼夢の様な気分に暫くは浸っていただろう。が、何か、周囲が騒がしい。
何台も停まっているパトカーの赤色灯や。
……。これは、つまり、そういう事、か?
野次馬の人垣を抜けて、アパートに向かう。
「あ! 帰ってきた!」
「……何か、あったんですか」
隣に住んでいるオバさんが、俺の顔を見るなり大声を出して駆け寄ってきた。
「あのね、落ち着いて聞いて欲しいんだけど……」
「あなたが出かけてから、直ぐに……」
そこからの事は思い出したくもない。ただ、
「みぃ……」
立ち尽くしていた俺には、肩上の猫の声が俺を慰めている様にしか聞こえなかった。
その後、警察に話を聞かれたり何だりあったが、隣人が出かける前の俺達のやり取りを聞いていた事と、コンビニのレシートがアリバイの証明をしてくれた。
結局、あの後に俺達はアパートを出る事になった。理性の面でも感情の面でも、あの部屋に居続ける事はできなかった。尤も、ペット不可の物件だったと言うのもあるが。
すっかりフワフワになった猫を布団の中に入れ、撫で付けながらちらりと飾られた神棚に目を向ける。
少し萎れかけた榊は、明日買い換えよう。
眠る前、白髪混じりの猫耳と猫尻尾を付けた親父が眉を下げて笑っている姿が見えた様な気がした。
話の流れはすぐにできたんですが、神様の概念で躓いて、色々考えた結果がこうなりました。
勉強不足な所が出てしまっていると思いますが、あからさまに変な所があったら指摘していただけるとありがたいです。
転生物って難しいですね。
読んで下さりありがとう御座いました!




