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猫()話  作者: 瀬川智
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猫(でいる)話 その5 (少年・魔王と勇者)

 僕がキミを助けてあげる。母様がキミを遠い所にやってしまう前に。

 だって、僕はキミが大好きになってしまったから。


 勇者が魔王に捕えられた。という最悪の情報は、その日世界を駆け巡った。

「さてさて捕えてみれば、我が同胞を散々に屠ってくれていたのがこのような小童だったとは」

「……」

 魔族を束ねる女王の前に、身動き一つ出来ない様拘束されたまだ幼さの残る人間がいた。

 迂濶に呪文も唱えられない様、口も封じられた無力な存在を前に女王は傲然と見下ろす。

「さて、どの様な沙汰を下してくれようか。ふふ、いっその事頭から喰らってやろうか? ん? どの様な扱いをお望みかえ?」

 喉の奥で笑いを噛み殺しながら、玉座から立ち上がりゆっくりと目の前に歩み寄ってきた女王を、虜囚はきつい目で睨み付けた。

「おお、怖い怖い。さてさて、何か言いたい事がありそうなご様子よの?」

 しかし、女王は全く意に介す様子を見せず、立ったまま視線を合わせ、その目を覗き込んだ。

「くく、仲間が気になるかえ? くく、世には知らぬ方が幸せという事もあるぞ?」

 あからさまに動揺の影を浮かべた相手を一瞥し、くるり。と身を翻し、玉座へ戻る。そして、さて。と前置きをし、指示を出した。

「我に臆さぬ様子。気に入ったわ。賓客として丁寧に遇せ。くく、丁重にな」

 さして大きい声ではないが、その声はその場に居た全ての者の耳に重く響いた。

 以外そうな表情をした咎人を、無表情なまま、巨漢の人喰鬼が連れ去る。

 その様子を見送った女王の顔から張り付いていた笑顔が消えた。つまらなさそうな表情で、彼らが出て行ったのとは違う入り口へ視線を送る。

 そこから連れてこられたのは、壮年の人間。

「さて、あの様な幼子を勇者に祭り上げての茶番。何のつもりなのか聞かせて貰おうぞ?」

 冷め切った視線で発言を促す。

「魔族は倒さねばならぬ。「その為の旗印か」」

 下らん。

 自ら促した発言を遮り、女王が鼻で笑う。

「連れて行け。そやつはお前らの自由にして良い」

 顎をしゃくり、退出を促す。

「ふ、何とも人間の考えの浅ましき事」

 幼い子どもを担ぎ上げ、そやつが我を殺さば良し。そうでなくても、子どもが死ねば人間共の士気は上がるという事、か。下らん意図が見えすぎるわ。

 さて、この手駒。どの様に生かしてくれようかの。

 全員退出する事を手の一振りで示し、無人となった空間で女王は一人思考する。


 分厚い扉が閉まり、錠を掛ける音が聞こえた。

 武器を全て取り上げられ、一人取り残された子どもは困った様に周囲を見渡した。

 今まで泊まったどんな宿よりも、上等な家具が揃えられた室内は冷たく余所余所しく、寒々した印象を与えていた。

 石造りの部屋は、窓が無く暖炉のマントルピースの上にも、壁にも装飾品の類は見当たらない。天井には魔力球が白い光を煌々と輝き、室内を照らしていた。

 一頻り周囲を確認して回ると、更に隣室へ続くドアがある事に気付く。

 恐る恐るノブに手を掛けると、何の抵抗もなくドアは開いた。

 中を覗き込むと、巨大な天蓋のついたベッドが目に入る。真っ白な寝具が整えられており、幾つもののクッションが置いてあるのを見て、子どもは自分が疲れ果てている事に改めて気が付いた。

 ベッドサイドに置いてあった水差しには水が満たされており、それを一息に煽ると舌に僅かな甘みが残る。果物の汁で甘みをつけられた冷たい水で思う存分に喉の渇きを癒した後に水差しもコップも氷水晶で出来ている事に気付く。

 喉の渇きが癒されると、急激に眠気が襲ってきた。

 靴を脱ぎ捨て、ベッドに這い上がり冷たいシーツの間に潜り込む。

 疲れ果てた体を丸め、深く息を吐くと子どもは深い眠りに落ちて行った。

 そして暫くすると、室内の明かりも自然と落ち、暗闇と静寂がそこに満ちた。


「……?」

 深い目覚めから覚醒を促したのは、僅かに聞こえてきた物音だった。

 自分以外いない筈の室内に誰かいる。それは勇者として旅して、鍛え上げられた戦う者としての勘だった。

 身を硬くし、護身の為の武器を探る。

 咄嗟に腰のベルトを引き抜き、拳に巻きつけ、手を保護しながら気配とは反対側へベッドから滑り降りた。

 その動きに反応して、室内に光が満ちる。

 不意打ちの危険を回避した事に安堵しつつ、相手の出方を待つ。

 こちらの急な動きに戸惑った様な気配はあるが、こちらを害しようとする動きは無いようだ。

「……ボクに、何か用?」

 すぐに動けるよう警戒の身構えは解かないまま、問いかけてみる。

「……」

 相手は無言。

 しかし、ベッドを回り込むように近づいてくる軽い足音が聞こえてきた。

 対峙する為、自分も立ち上がり、二人は対面した。

「……君が、勇者?」

「……君は、だれ?」

 そこにいたのは、自分とほぼ変わらない背格好の子どもがいた。

 ただ、違うのは相手の頭に小ぶりの角が生えている事。その事にやや戸惑いながらも、ここが魔族の城である事から、それは当然の事であると思い至る。

「ボクの事を知っているの?」

 問いかけに、相手はこっくりと頷いた。

「何で君はここにいるの?」

「母様が、勇者を捕まえたって聞いたから」

「母様……?」

「うん。君もさっき会ったと思う」

 捕らえられ、この城に連れてこられてから会った「母」と呼べるような存在は一人しかいない。

「じゃあ、君が……。魔王?」

「うん」

 唖然として自分を見返す人間に、魔族の子どもは困った様に肯定した。

「君に会って、聞いてみたいことがあったから」

「聞いてみたい事ってなに? 後、どうやってここに来たの?」

「ここに来たのは、隠し扉から。ほら、そこ」

 魔王が指を差すと、どう見ても壁としか見えなかった部分が音もなく動き、通路が現れた。

「この道は多分、僕しか知らない。この仕掛けを動かすには強い力が必要だから」

 感心した様に「すごいね」と賞賛され、はにかみながら魔王は「ありがとう」と答えた。

 開け放されたままだった通路から吹き込んできた風に、勇者が身震いをし、魔王は急いで扉を閉める。幾許か下がった室温に肌寒さを覚え、二人はベッドに上がって座り込み、寝具を羽織って向き合った。

「ねえ、君が魔王なら、ボクの仲間がどうしたか知ってる?」

「ごめん、僕は知らない。母様は人間の事は僕には教えてくれないから。聞いてみても多分、誰も教えてくれないと思う」

 少し伏し目がちになった魔王の答えに、最後にあった戦いの中で離れ離れになってしまった仲間はどうなったのか。無事であって欲しいと勇者は願う。

「そう。ボクの方こそ聞いてばっかりだね。君が聞きたかった事って、なに?」

 問われ、魔王は勇者に視線を合わせる。

「何で、人間は僕達を殺すのか、聞いてみたかったんだ」

「……そんなのボクも分からない。じゃあ、何で魔族はボク達を殺すの?」

 考えてみなかった問いに、勇者は困った様に質問を返す。

「分からないのに、何で勇者は僕達を殺すの?」

「じゃあ、魔王は何で人間を殺すの?」

 互いに疑問を繰り返し。

「イヤだったけど魔族を殺さないと、皆が困るって」

「僕も、嫌だけど人は殺さないといけないって」

 互いの答えに辿り着く。

「僕達一緒だね」

「うん。同じだね、ボク達」

 自然に伸ばされた手を取り合い、額を寄せ合い、二人は長い時間そのまま過ごしていた。


 それから、どれだけの日が過ぎたのか。

 外の様子も時間の経過も全く分からない室内で、勇者自身も己を見失いそうになりそうな日々の中。短い時間であってもほぼ毎日のように訪れる魔王の存在は、勇者の中で日毎に大きくなっていった。

 そして、それは魔王も同じ事で。

 彼らは決して外に出ようとはしなかったが、魔王の時間が許す限り二人は一緒に過ごしていた。

 人間の世界の事、魔族の世界の事、自分の事、周りの事。話す事は尽きる事が無いようだった。

 そんな中、突如魔王は女王の呼び出しを受けた。

「我が愛しの魔王よ、そなたもあの忌々しき勇者が捕らえられた話は聞いておろうな?」

「……はい。母様」

 機嫌の良い女王に、魔王は危惧を抱く。

「くく、ならば良し。今日はあ奴の極刑が決まった事を知らせようと思ってな」

「……決まったの、ですか」

「うむ、喜ばしかろう。我らを悩ませる存在が消える日ぞ」

 動揺を押し隠し、魔王は深く頭を下げた。

「刑の執行の日については、後ほど伝える。喜びや、我が愛しの魔王」

 女王が立ち去ったのを確認し、魔王は蹌踉とした足取りで立ち去った。


「みゃあ」

「しーっ、まだ声を出しちゃダメ!」

 せめて、城が見えなくなる所までは連れて行ってあげるから。

「にぃ」

「ダメだったら」

 自室へ戻った魔王は、直ぐに勇者の下へ走り出した。説明もそこそこに、彼は自分の中のありったけの魔力を紡ぎだし、形を与え投射。結果を確認すると、そのまま隠し通路を駆け抜ける。

 自分だけが知っている通路と魔力を駆使し、腕の中の小さな温もりをしっかりと抱きしめ颶風と化した魔王は一息に城の外を目指す。

 運悪く行き会った妖魔は一瞬で塵と化し、存在のあった証すら残らない。

「ここまで来たら、きっと、もう大丈夫」

「みぃ」

 胸と喉が痛みを訴え、荒野を無理やりに走破した足裏には滑った感触がある。

 普通の魔族にはありえない時間でありえない距離を走りぬいた魔王は、茨の茂みに勇者を下ろす。

「みゃああ」

「この先に、人間の集落があった筈。今、術を解くから」

「にぃ!」

 息を整え、己の術を解こうとした魔王に、反発する手応えが返る。

「え?」

 驚き、更に強い魔力を注ぐが、それを上回る反発の手応えしか返ってこない。

「何で?」

 それは、確かに魔力への抵抗する力。

「みゃああああ!」

 驚く魔王に、赤虎の仔猫が駆け寄り膝に手を掛ける。

(ボクがいなくなった事に気が付いたら、きっと君が疑われる。下手をしたら君が殺されてしまう!)

 触れた手から心術を行使した勇者の言葉が伝わってくる。

「それは……。そうかもしれないけど、でも、だって僕だって君を死なせたくないよ!」

「にぃ……」

 それはボクも同じ事。だったら……。それに。


(君を一人にしてはおけないよ)


「女王陛下」

「何だ」

「魔王様が連れておりますあれは……」

「分かっておる」

「では、直ちに……」

「それは不要ぞ」

 くく、と魔族の女王は喉を鳴らして笑った。

「あの忌々しい勇者とやらが、我が愛しの魔王の膝で寛いでいるとはな!」

 不様な事、実に愉快よの。

「構わぬ、捨て置け。勇者は逃げたと言う事にしておけ。人間共にはありもしない希望をちらつかせておくが良いわ」

 機嫌良く笑いながら立ち去る女王に付き従いながらも、側近は一抹の不安を胸に抱いていた。


 それから、僕達はずっとずっと一緒にいた。

 時が流れ、女王が斃れ僕が名実共に魔王となった日。

 世界は確かに変化した。

当初の目標は猫4と似た状況で、砂糖菓子のような甘ふわな話を書く! だったのですが……。

出来上がってみれば、何か……、違う……、様な……??


……ともあれ、読んで下さりありがとう御座いました!

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