猫(にさせられる)話 その4 (王族、確信犯の悪役)
どうにも座り心地の悪い堅いベンチに腰を掛け、ひたすら時間が過ぎるのを待っていた。
背を預けた石壁から伝わる冷気が、少しずつ体温を奪って行く。
小さく切り取られた窓から見える、天馬や天竜が舞う薄い青色の空は、もうすぐ冬が来る事を教えていた。
目を閉じ、腕を組んでただひたすらに時間が過ぎるのを待つ。
結論は1つしかないだろうに、存外時間が掛かるものだな。
椅子の上で身動ぎをした時小さな物音が耳に入り、視線をそちらに向けて更に待つ。
はたしてそれは、一言二言と交わされる人の声。そして、足音は真っ直ぐにこちらに向かって近づいてきた。
「……お久しぶりです」
「遅かったじゃないか。だいぶ待たせてくれたが、結論は出たんだろうな?」
「……は」
「そっか。で、俺の死に方は決まったか?」
「いいえ」
「は?いや普通に極刑だろ?」
火炙りとか斬首とか、種類は幾つかあるだろうが、どう考えても死罪だろう?暴君としてあれだけやらかしておけば。
「なぜ、そう思われるのです?」
唖然として聞き返したら逆に聞き返された。が、どう言う事だ。
今、『正当な』王権を樹立し、王として立っている相手の胸の内を推し量り……。
我ながら間抜けな声が洩れた。
「あー、やっぱり色々バレてる?」
「何も分かっていないと思われていたのでしたら、我が王を少々侮りすぎなのでは?」
「そりゃ悪かった」
さて、問題はどこまでバレてるか、だなあ。
「貴方は敢えて王家に不満を持つ者達と組んだ上で、王家への蜂起を煽動。一度、彼らを勝たせた上で再起不能な程の敗戦へと追いやりました」
「……」
「その中に、隣国とのあまり歓迎できない繋がりを持つ者達も大分といた様な気も致しますが」
「……そこまでバレてたか」
小さく肩を竦めてみる。
「何で分かった」
少し目を伏せた相手の言葉はため息交じりだった。
「全ての事からです」
「仮にも当代一と称賛された頭脳の持ち主である貴方が策を練ったにしては、全てがお粗末過ぎました」
「……結構上手い事やった積もりだったんだけどな」
「確かにこれ以上ない程でしたな」
我々が挙兵する事を見越した上での軍の配置も、兵の練度も。
「全て我々が何とか辛勝できるレベル。お陰で我々も兵も大分鍛えられました」
ですが。
「貴方ならば、我々が未熟である間に十分な兵力で以て蹂躙し尽くす事だって出来たはずです」
いえ、
「貴方が本気であったならば、間違いなくそうされていたでしょう」
きっぱりと言い切られてしまった。
「じゃあ、結構最初からバレてたって事か」
「まさか。当時にそんな余裕はありませんでしたよ」
頭を掻きながら零した言葉に、やんわりした否定が降った。
そして、まぁ。と言う前置きを置いて、
「兎に角、ここまでは全て貴方が引いた図面の上。と言う事なのでしょうね」
「……全て、ってのは言いすぎだな。予想外な事も結構あったし。」
取り合えずは俺の進退とかな。どう落とし前を付けるつもりだ。
「さらに言わせていただくのならば、貴方の動きにより腐敗し、王家に不満を持つ者達及び、邪教の影響までもが一掃できた訳ですし」
そんな思いを遮る様に言われた言葉に、表情は変えないまま、心の中で深く深く息を吐いた。
この国は父上が護り、母上が慈しんできた国だ。
それが腐敗し、蝕まれていくのを黙って見過ごす訳にはいかなかった。
だから、どれだけ血が流れようと、どれだけの恨みを受けようが構わない。
その為に悪虐の長として、正統な王位を継ぐ者に倒される道を選んだのだから。
「まぁ、そこはそう言う事にしておくさ。で、俺はこれからどうなるんだ?」
仕切りなおしの気持ちでの問いかけに、相手は鹿爪らしい顔を作った。
「では、この度の叛乱の首謀者への我が王の御言葉を伝える」
それまでとは打って変わった調子で、滔々と罪状を諳んじる相手を俺は黙って見ていた。
『天駆ける王の血筋に連なる身でありながら、愚かにも反逆の賊を指揮し偉大なる王家に逆らうとは不埒千万。その罪を償わせるには、死ですら生温い。その身から空への道筋を奪い、薄汚い獣として地べたを這いずり回って生きさせる死よりも相応しい罰を与える事とする』
堅牢な造りの鉄格子越しに、俺は最後の言葉を聞いて首を傾げた。
死よりも相応しい罰ってどうする心算だ?
俺の様子に頓着せず、言葉は続けられた。
「この結果について、我が王から更なるお言葉を預かっております」
「……言ってみな」
流血と人命で人を玉座から降りられなくした責任は取ってもらう。
一人だけ楽になれると思うなよ。
だ、そうで。
では、と前置きを置いてから告げられた言葉に、俺は深くため息を吐いた。
「なんと言うか又、おっかない話だな」
我が従兄弟殿は、どこまでも自由にさせてはくれる積もりはないらしい。
「で、その良く分からない刑の執行はどこでどうするんだ」
「は、それについては今ここで」
「は? そりゃどういう事だ?」
俺の意識があったのは、やや困った様な笑いを浮かべた魔法使いが杖を振り上げた所までだった。
気が付いた時、傍に愛騎であった天馬の顔があった。
と言うことは、ここは厩舎か。
「……」
にしても、お前少し大きくなりすぎじゃないか?
以前の様にその顔を撫でてやろうと伸ばした手に違和感。
……何だこれ?
「なゃ?」
思わず上げた声も人のモノではなく。
「なー」
こりゃ猫だ。つーか、猫か。そーか。猫。うん。
猫かぁ。
気を落ち着けて周りを見てみれば、何と大きいこの世界。水桶に走りより、何とか姿を写してみれば、どう見ても間違いようもない白い猫がそこにいた。
……と言うより、今何の違和感もなく普通に四足で走ってたな俺。
動揺しているのか落ち着いているのか自分でも良く分からない心持ちで、新しい世界を検分して回っていると、遠くから微かに人の声が聞こえてきた。
ひくり、と耳を動かして、俺は急いで愛馬の下へ駆け寄った。
「なぁ」
頼むから匿ってくれ。
言葉を理解されたのかどうかは分からないが、とりあえず座り込んでくれた愛馬の羽の下に潜り込む。
身を小さくして息を殺し、誰が来たのかと身構えてみれば。
「陛下、わざわざこの様な所へ来られませんでも」
慌てふためく馬丁と、
「構うな。私が来たくて来たんだ」
我が従兄弟殿じゃあないか。
と言うか、構うなって方が無理があるぞ。流石に。そもそも執務はどうした。
二人分の足音はどんどんこっちに近づいて来るが、さて。
「……やあ」
足音は俺の前まで来て立ち止まった。
「この毛艶、相変わらず良く手入れをされているんだな」
「……はい」
頭を下げたのであろう、身じろぎをする音。
暫くの沈黙。
「何か言いたい事があるみたいだな。構わない、申せ」
「未だに信じられません」
「……信じられない? 何がだ」
「あのお方があのような事をされたと言う事が、です」
おいおい、国賊に敬語使っちゃ駄目だろう。
「あんな事、か」
「はい。何か理由があったとしか思えません。私の様な卑しい身分の者には分からない事なのかもしれません。ですが、世で言われている様に私利私欲で兵を挙げる様な方とはとても思えないのです」
「なぜ、そう思う」
「あの方は馬の世話もご自分でしておられまして。その時、我々にもねぎらいの声を掛けて下さっておりました。誰よりも慈悲と労わりの心をお持ちであるあの方が、あのような悪逆の限りをされるとはとても思えないのです」
……驚いた。
こんなに良く喋る奴だったのか。と言うより、思いの丈を吐き出した。って所か。
……や、違うだろ。そんなに俺は良い人間じゃない。
「そうか」
「あの方を知る者は、未だに信じられない思いです」
……何か、体が痒くなってきた。蚤かダニでも移ったか?
思わず全力で耳の後ろをがりがりやっていたら、
「ああ、ここにいたのか」
目が合った。
「猫ですか」
「ああ、どこからか迷い込んできたらしい。厩舎にいたよ」
「ふなゃ」
あの後、結局強制的に城へと連れ戻された。
で、絶賛国王の膝の上。で、執務室。全力で他人締め出し中。
「久しぶり」
「ふな」
人違い、じゃない、猫違いでーす。
「ここに戻ってきた感想はどうだい?」
「ふあー」
猫だから、知りませーん。
「ふふ、又、一緒だね」
……ちょっと怖いでーす。
と言うか、咽元とか撫でるの止めてくれると嬉しいでーす。
「今度こそ、離さないから。ずっと一緒にいようね」
いや、俺猫だしー。あんたの従兄弟じゃないかも知れませんよー?
後、その、首輪とか止めて欲しいかなー。って、思うんですけどー!
と言うか、何で用意してあるのかなーって!
「ふなー!」
何か、最終的にコイツの書いた図面の上に乗せられたのは俺な気がする今日この頃。
この先、どーなるんだろーかとか、思ったら負けなのかなー。負けなんだろーなー!
……すいません。俺が悪かったんで取り合えずひっくり返して腹撫でるのは止めて下さい。オネガイシマス……。
ダークヒーローっぽい物を目指していた筈なのですが、何か全く違う仕上がりに……。
今までの3話も含めて、タイトル横に大雑把なジャンルを付けてみました。
読んで下さり、ありがとう御座いました!




