猫(になる)話 その2 (魔術師とその助手)
「本当に良いんですか。人としての意思が残るかどうかの確証なんて無いんですよ」
「構わんさ。その為のお前だろ?俺の全部はお前にくれてやる。だから、後はよろしく頼むぜ? ご・主・人・サマ?」
「あんたにそう言われると寒気がしますね。もう良いから、さっさと猫にでも何にでもなってきちまって下さい。責任持って一生面倒見てやりますから」
「はっ! お前らしいなぁ。じゃあな、長い事助手勤めてくれてありがとよ」
そう言って、俺は用意しておいた魔方陣に足を踏み入れた。
一歩一歩決められた手順通りに慎重に、でも軽い気分で。
呪文の詠唱も身振りも何もかも、何度も何度も反復して体に叩き込んできた。後は、最後まで遣り遂げるだけ。
一つ一つの過程を遣り遂げる毎に、どんどん心が軽くなる。俺の中にあった荷物を全部引き受けて、受け止めてくれる奴がいてくれて良かった。その代わりに残りの命を全部くれても良い相手がいてくれて本当に良かった。
そこまで考えが辿り着いた所で、目の前が真っ白になって、最後まで、遣り遂げた、事以外、何も、分からなくなった。
「黒猫ですか。あんたそればっかり着てましたもんね」
…だれ?
「ああ。でも目の翡翠の色はそのままなんですね」
いきなりかおを近づけられて、びっくりした。とりあえず殴っておこう。
いい手ごたえ。いたくしたからな、うかつな事をするとこうなるんだ。ざまみろ。
って、何でわらってるんだ。こいつなんかへん!
「性格そのままだ。自分の事、分かりますか?」
「うぎゃ」
何だそれ、そんなことおれがしるか。
「分かってない、かな。とりあえず名前が必要だね。うん、何だか響きが良いから『ずんだ』にしておこう」
「に?」
それ、ひびき良いか? やっぱり、こいつおかしくないか?
「兎に角ご飯にしようか、昨日から碌に食べてないからお腹空いてるでしょうし」
へんなやつだけど、食うものをくれるならついていってやってもいいかな。腹が減っては戦はできぬ。っていうし。うん、いくさって何だっけ? 何か、凄く、嫌な響き。
最近、漸く色んな事が分かってきた。
俺様は勉強熱心だからな。
「いい天気だなぁ。そう思うだろ?」
「にあ」
外は燦燦と日が照っている。こんな日にはふかふかのクッションに丸まっているか、コイツの膝の上でゴロゴロしているに限る。とか。
が、どうも歓迎せざる客がくるみたいだな。面倒くせぇ。
「……?」
愚図愚図するな。来るぞ、さっさと準備しとけ。コイツ、前から思ってたけど鈍いよな。来た事あっただろ、勝手に中入って来て喚いて凄い迷惑だった奴。
さっさと隣室に避難する。壁越しでも聞こえる様にピン、としっかり耳を立てて。
「貴様! 愚弄するか! 黙っていると為にならんぞ!」
「あの人が何処に行ったかなんて、誰にも分かりゃしませんよ。それはご存知のはずでは?」
ああ、面倒くせぇ……。
「……また、同族殺しをさせるつもりですか」
「当然だ、緑の目の人間は訳の分からない術を使う野蛮人だからな。わが国にはその様な下賤な輩は必要ないのだ。大体、貴様らがここにいること事態、我々が慈悲深い心を以て許してやっているという事を忘れるな。だから、戻って来次第、直ぐに砦に連れてくるのだ!」
もう、俺達に関わってくれるなよ。
頼むから。
それから暫くして、国境近くにあった小さな屋敷から住人が消え。
さらに暫くして、小さな国の名前が地図の上から消えた。
その事を遠い遠い土地に居を構えた一人と一匹が風の噂で知ったのは、ずっとずっと後の話。




