ニ話
何だこれは。
自分で自分のしたことが分からない。
でも確かなことが一つある。
これで僕は“ハズレもの”だってことだ。
「あなたは、目覚めたのね?」
鈴のような声だった。
声の主を僕は見る。
真っ白な少女はその朱い双眸に僕を映していた。
「目覚めたって何だよ?」
この子は何だ?
「私は一万と二千六百三十二回、この世界が終わるのを見てきた。あなたが記憶運命から外れて生き残り、私と言葉をかわすのは今回が初めてよ。さぁ、行きましょう。他の目覚めた人々が行ったのと同じようにあの塔へ」
少女はそう言い、鐘の鳴る塔を指差す。
だけど僕には理解できない。
この子は何を言っている?
一万と二千六百三十二回?
何の回数だって?
世界が終わった回数?
意味が分からない。
この子も“ハズレもの”なのか?
“ハズレもの”だからおかしいのか?
いや、おかしいのは僕の方なのか?
そんな僕のことを察したかのように少女は憂いを含んだ目で微笑んだ。
「さぁ、行きましょう。あなたの知りたいことがあの塔にはある。導きの書のこともね」
少女が僕の手を引く。
引かれるままに、僕は彼女についていった。
塔に着いても彼女は止まらない。
僕らは何かから逃げるみたいに螺旋階段を駆け上がって行く。
途中のにはどの階も檻しかなかった。
僕は檻の中に真っ白なものを見た気がしたが、それが何かを確認する暇もなく彼女に手を引かれて上へと上がってく。
上へ。
上へ。
まだ上へ。
足の疲れなど気にした風もなく、ただ先へと。
だいぶ上がってくと、ようやく階段の先がなくなった。
他の階とは違い檻がないその場所にはただ玉座だけが存在していた。
部屋の中央に堂々と。
その座に白骨のみを乗せて。
“導きの書”を記した神が鎮座しているはずの場所に白骨のみ。
神は死んだということか。
どういうことだと少女を見ると、彼女はただただ悲しそうに首を横に振った。
「あの席はとうの昔から空席なの」
僕は尋ねる。
「あの白骨は何なんだ?」
「彼はこの世界の創造主よ」
「創造主? つまり、神様なのか?」
神様も死ぬのだろうか。
「えぇ、そうとも言えるかもしれないわね」
「どういうことだ」
詰め寄る僕に彼女は悲しそうに微笑んだ。
「何故なら、この世界は彼の記憶なのだから」