一話
何が正しいかなんていつだって決まってる。
それは僕達が生まれるずっとずっと前から決まっていたんだ。
なんていったってこの世界には人が生まれてから死ぬまでの全てのことが記されている“導きの書”なんて絶対が存在するんだから。
だから僕は、いや、僕達は考えることを止めた。いや、放棄した。
そんなこと最初から必要ないからだ。
この世界の人間は誰一人迷うことなどないのだから。
そう思っていた。
あの瞬間までは。
◆◇◆
「今日の僕の役割は8回鐘が鳴ってから森で薪拾い、11回鐘が鳴って、隣のメルベリーさんと会話。会話の内容は雲の形について。12回鐘が鳴って家に戻り昼食。緑野菜のスープと黒パン一時から畑仕事、5回鐘が鳴ってシドフィ爺さんの手伝いを始める。棚が今日壊れるだろうから直す。7回鐘が鳴ると夕食、昼と同じものに加えて兎の肉を焼いたもの。8回鐘が鳴ると剣の訓練10回鐘が鳴ると就寝、と。おっといけないそろそろいかないと、“ハズレもの”になっちゃう」
僕は“導きの書”を閉じて家を出た。
そうすることが決まっているから。
そうでないと“ハズレもの”になってしまう。
“ハズレもの”とは“導きの書”に逆らい、この世界での存在意義を失った人間のことだ。
稀にいるらしいが僕はまだ見たことがない。
それに見ることはないだろう。
僕の“導きの書”にはそれは記されていないのだから。
森へと向かう道中ももちろん誰とも会わなかった。
その日も僕は定められたことを忠実にこなした。
僕は他の人と比べて、書かれていることが多い。
挨拶をする、ぐらいしか書かれていない日がある人もいるぐらいだ。
その日はその人はそれしかしない。
それが当然のことだからだ。
そして次の日も決められた時刻に起床した。
いつものように“導きの書”を確認する。
今日で僕の導きの書は最後のページだ。
今日、夜に森へと剣の練習に入って、僕は魔物に殺される。
それが定めだ。
当然、僕は夜になると森へと向かった。
夜の森は涼しい。
僕はここで今日殺されるのだ。
“導きの書”に従って僕は正しく生きた。
12回鐘が鳴った。
僕が殺される時間だ。
そういえば、森の奥にある塔の時間を知らせる鐘はいつも誰が鳴らしているのだろうか。
確かあの塔の頂には“導きの書”を定めた神様が鎮座しているのだ。
まさか神様が鐘を鳴らしているのだろうか。
そんなことを考えていると魔物が近づいてきた。
8足歩行の僕と同じ位の大きさはある魔物だ。
醜悪な顔に備え付けられている大きな口から覗いている牙からは血が滴り落ちていた。
僕の前に何かを殺したらしい。
僕は剣を構えようとして、止めた。
死ぬことは定まっているのだ、抵抗しても仕方あるまい。
動くのを止めた僕はふと魔物の後ろに少女がいることに気づいた。
真っ白な髪の綺麗な少女。
着ているものも、白いドレスだから本当に真っ白だ。
純白の中で、唇と瞳の朱色がよく映えていた。
最期に綺麗な女の子を見れて良かった。
そう思って飛びかかってくる魔物を受け入れようとした時、彼女と目が合った。
彼女の朱色の中に暗い炎があるのを確かに見た。
唐突に頭痛が僕を襲う。
おかしい。
彼女のことは“導きの書”には書かれていなかった。
あれ?
そもそも僕は何で死ななくちゃいけないんだ。
おかしい。
オカシイ。
おカしイ。
“導きの書”に記されているから?
そもそも“導きの書”って何だ。
何で僕が従わなくちゃいけない。
理不尽だ。
こんなの不合理だ。
嫌だ。
嫌ダ。
いやだ。
イヤダ。
シニタクナイ。
「う゛あああああぁぁぁぁぁぁぁあ゛」
気づいた時には僕は血溜まりの中にいた。
手には赤く染まった剣。
側には魔物の首。
「何で……」
一体何が起こってるんだ。