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・宰相と同僚の恋人



 城の前の広場を歩いているときに、後ろからかけられた声に、私は足を止めそちらを振り返った。


 そこに立っていたのは、不安そうな表情を浮かべる、見知った男爵家の令嬢。私の同僚である、近衛騎士団副団長アクス・カーベイトの恋人の、確かレジオナ・デュータ嬢という名前だったと思う。


 どうかしたのかと、表情を柔らかくして問えば、彼女は何やらアクスのことで相談があるという。今は急ぎの用事もないし、少しぐらいなら大丈夫だろうと私は頷いて、ティータイムが出来るようにテーブルと椅子の用意された温室へ案内した。ここは人気が少なく花や緑の多い静かなところなので、私の密かなお気に入りの休憩スポットでもある。


「それで、アクスに何かあったんですか?」


 自分で用意した紅茶を彼女の前にも置きながら、私はひどく緊張した様子のレジオナ嬢にそう声をかけた。そして、彼女の正面に腰かけると、彼女はぐっと覚悟を決めたように顔を上げ、話し始めた。


「アクス様に他に恋人が出来たみたいなんです」

「え?」


 私はぽかんとした顔で彼女を見た。彼女は真剣な表情で、握り締めた手も震えていた。


 他の恋人……ま、まさか……!!

 背中に嫌な汗が流れる。あいつに限ってそんなこと……いや、だがしかし、もしかしたら……!

 ともすれば同僚を失いかねない事態に、私は表面上では平素を装いながらも、ごくりと生唾を飲み込んだ。


 彼女の話によると、アクスが城の廊下でとある伯爵令嬢といちゃついていたらしい。その名前に、私はあああのボンキュッボンの人かぁ、と彼女の顔ではなくその豊満な体を思い出していた。

 彼女は、ウェーブのかかった緑色の髪に、普段から露出の多いドレスを身に着けた、色っぽい顔立ちの美女である。まあ、普通の男であれば、彼女のような女性に言い寄られれば、コロッと落とされてしまうのだろう。

 そう、普通の男ならば。


「あの女性はアクスの好みとはかけ離れていますよ。あいつが彼女に靡くとは思えません」


 とりあえず同僚を失う危機的状況ではなかったと胸を撫で下ろしながら、柔らかく微笑んでレジオナ嬢にそう答えた。


「で……でも、伯爵令嬢は非常に魅力的な方ですもの、アクス様だって……」


 切なそうに目を潤ませながら言い募るレジオナ嬢に、私ははっきりと「その心配は無用ですよ」と答えた。


 何故ならば……。



 そう、あれは私が、仕事が立て込んでいるというのに一向に現れないアクスに苛立って、あいつの部屋に怒鳴り込みに行った時のことだ。


 騎士団用に与えられた宿舎の、彼の部屋の扉を力任せに開き、いつまで待たせる気だと怒鳴ろうとしたとき、目に飛び込んできたその部屋の様子に、私は息を吸い込んだまま固まってしまった。

 部屋の中は、調度品自体はそれなりに立派なものだったが、置いてあるのは大きなベッドと机、そしてクローゼットぐらいだ。

 そして、ベッドで枕を抱え込んで寝入っているアクスを横目に、私の視線は部屋の壁や机の上や床にまで置かれた、大小様々な大きさの大量の絵に釘付けだった。

 そこに描かれていたのは、三歳から十歳くらいの少女・少女・幼女! しかも、同じ女の子というわけでは無く、金髪や黒髪、栗色や青い髪の子など、様々な容姿の可愛らしい幼女・少女達だったのだ。

 ああ、この世界には写真やアニメは無いものねぇ。だから絵なのか。頭の中のどこか冷静な部分で、私はそう考えていた。


 これは、やはりあれだろうか。いわゆる、幼女趣味……ロリコンというやつか。

 開きっぱなしのクローゼットからちらちら見える、小さいサイズのドレスが怖すぎる。おい、ブルマとか盗んでないだろうな。あ、幼女ならカボチャパンツか。


 むんむんと漂う犯罪臭に私が硬直している間に、目を覚ましたらしいアクスが、慌てた顔でベッドに起き上がった。

 そして、私の目線の先を見て顔色を青くしたかと思うと、無言で踵を返し部屋を出ようとした私に追いすがって、こう言い放ったのだ。


「こ……これは違うんだ! 俺は……俺はただ、幼女が好きなだけなんだああぁぁぁぁぁああああ!!!」


 恐らく単なる子ども好きを主張したかったんだと思うが、ロリコンが前面に出過ぎて全然フォローになってねぇ!

 何が違うんだこのロリコンがああぁぁぁ!! と、アクスの胴体に蹴りを放ってしまった私、悪くない。



 そんな痛々しすぎる状況を思い出していた私は、ちらりと目の前に座るレジオナ嬢に目を移した。


 頭の両サイドで大きなリボンで結ばれたオレンジ色の髪、少し目尻の下がった大きな茶色の瞳、小さな鼻に愛らしい唇。そして、あー、同じ女としても失礼だとは思うけど、あまりでっぱりも括れもないストーンとした体形に、フリルがふんだんに使われたピンク色のドレス。

 人種的に実年齢よりも若く見られがちな私からしても、この幼く愛らしい、どう見ても十歳前後にしか見えない顔立ちの彼女は、実は十八歳で立派な成人女性だというのだから驚きだ。ちなみにこの国の成人は十六歳ね。


 アクスを信じたいのに信じきれない、そんな複雑な表情を浮かべるレジオナ嬢に私はにっこりと笑んで。


「アクスには貴女しかいませんよ。もし、あなたに振られてしまったら、思い余って犯罪に走ってしまうかもしれません」

「そんな……」


 私の言葉に、レジオナ嬢は戸惑ったように瞳を揺らした。

 いやいや、決して冗談ではありません。幼女趣味のあいつの好みに合った成人女性なんて、国中探してもそうそう見つかるものではないだろう。すると、欲望を募らせたアクスは本気で幼女に走ってしまうかもしれない。

 ロリコン趣味を除けばそれなりに優秀で気のいい同僚が、幼女に手を出して免職されるところなんて、痛すぎて見てられない。


「普段から軽いやつですが、貴女を想う気持ちは本物です。どうか見捨てないでやって下さい。どうしても気になるんでしたら、あいつに直接聞いてみれば、慌てて否定すると思いますよ」


 そう言うと、ようやく彼女は納得してくれたのか、ほっとしたような柔らかな笑みを浮かべてくれた。



 その後、礼を言いながら城門の方に歩いて行くレジオナ嬢を見送って、私は自分の執務室に足を向けた。

 ロリコンチャラ男×ロリっこ成人女性。割れ鍋に綴じ蓋で、まさにベストカップル。でも、萌えるというよりは安心感が強いな。レジオナ嬢がアクスの手綱をしっかりと握っていてくれますように。



 とりあえず、青少年保護法の法案を元老院に提出しとこう。



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