・宰相と王様
他が中途半端なまま、またしても短編をUPしてすいませんm(__)m しかし、ネタが固まっているうちに書いておこうと思いまして。
このお話は、『王妃の資格』や『月下の庭』と似た設定になってますが、この立場で書いてみたかったお話なので、広いお心でお付き合い頂けると助かります。
現在考えているのは三話ぐらいなので、あまり間を置かずUPしていこうと思います。
目の前には重厚な扉の客室、そしてそこから漏れ聞こえてくる声に、私はこめかみを押さえた。
私の名前は、安曇 籐香。この、私が生まれ育った地球とは異なる世界、クー・ゼル・ナセルに落ちてきて、もう六年の月日が経っている。
私がこの世界に来たのは、どうやら召喚されたわけでも、何かの使命を与えられたわけでもなく、本当に偶然に落ちてきてしまっただけようなのだ。
いや、本当にびっくりしたわ。駅の階段を下ってる時に踏み外して、打ち所が悪かったらどうなるのかしら、てか正面から地面に激突なんてすごい間抜けよね、なんてのんきに考えていたら、倒れ込んだのが草の上だったのだから。ここの駅はいつからこんなネイチャーになったのかと周りを見渡せば、辺り一面には長閑な牧草地が広がっているだけだった。あまりの大自然の気持ちよさに、ここはあの世かと噂の川を探してしまったほどだ。
でも、その後出会った人達の話を聞いて、ここが異世界で、私はそこにトリップして来てしまったのだということが分かった。
それで、まあ悲嘆に暮れたり、運命を呪ったり、足掻いたり、開き直ったり、悟りを開いたりしつつ、なんやかんやとあって、現在、私は元の世界での知識や考え方などを買われ、この世界で生き延びるために勉強しまくったかいもあって、私が落ちてきた大国、エイルチューリル国の宰相を務めるまでになったのよ。
そして、この度、エイルチューリル王が隣の小国セイザルに攻め込むというので、それに協力してみました。
といっても、セイザルは特に資源も産業もない小さな国で、エイルチューリル国からすれば、遠征費等をつぎ込んでまで落とす価値の無い国だった。だから、国内の元老院では反対の意見が多かったの。それでも、王は頑として侵攻するという意見を押し通そうとしたのだ。
それで、王にどうしてそうまでして隣国を攻めたいのか理由を聞いたところ、最初は言い渋っていた王だけど、にっこり笑ってお願いすれば、顔を強張らせながらも快く教えてくれました。え? 脅し? そんな、一臣下でしかない私が王に対してそんな恐れ多いこと。
えー、王の話によると、現在セイザルを収めているのは、王と歳の近い、ルーナナ・カルデ・セイザル女王なのだけれど、彼女とは、彼女が勉強のためにこの国に滞在していた時からの付き合いで、その頃から王は彼女が好きだったらしい。それで、本当は彼女を妃にしたかったのだけど、彼女はセイザル前王の唯一の子で、王位を継がなければならなかったから、王の求婚に答えることなく帰って行ってしまったと。
そして、セイザルの前王が病で亡くなり彼女が女王となり、また王も王位を継いで政治を掌握できるようになったから、彼女を手に入れるために隣国を落としたいのだそうだ。
ふむ、愛しの女王を手に入れたいがために隣国を攻め落とす。なんて見事なヤンデレストーリー。そして、国を攻めた自分を恨む女王を、国を人質(?)に脅して、無理矢理組み敷いて手籠めにしちゃうんですね。溺愛ヤンデレ攻め、大好物です私。相手が強気受けで、屈辱に震えつつも受け入れたりしちゃったりしちゃったりしたら、なお良しです。ひゃっはー!
それならば喜んで協力させて頂きます、と反対する貴族達を脅して買収して口車に乗せて、あの手この手で説得し、隣国に侵攻する手はずを整えた。
とはいえ、事前にセイザルに宣戦布告を送っておいたので、その女王がよほど考えなしでなければ、圧倒的な戦力差を認めて大人しく降伏してくれると助かるのだけど。今年は農作物が不作だったら、他国から買い入れるためにもお金が必要で、あまり軍事費にお金を回したくないのよね。
そんなことを考えながら、意気揚々と隣国へ旅立っていく王を、留守を守る私は城から見送った。
しかし、あの王が実はヤンデレ属性を持っていたとは意外だった。
エイルチューリル王こと、アルバス・ナイグスト・エイルチューリルは、高い身長と武術に長けたがっしりとした体つき、燃えるような深紅の髪に鋭い目つき。その体からにじみ出る威圧感に、か弱い女性などは一瞥されただけで気絶する者もいるほどだ。とはいっても、凛々しく精悍な顔つきで、若々しくカリスマ性を持つ王であるから、王に惚れる女性も多く、婚姻を望む声は多い。
しかし、娘や親戚を王妃にと望む貴族や他国の王族の声を、王が歯牙にもかけないものだから、最近は私に言ってくる輩が多くて困ってたのよね。あまりにもそれが多いものだから、そろそろ無理矢理にでも妻を娶らせてやろうかと考えていたんだけど。
まあ、そんなわけで、きりっとした男らしい容姿に、基本無口無表情の威厳のある賢王、それが国内外におけるエイルチューリル国王の評価なわけだが……。
『ちょっと! 迎えに来るのが遅いのよ! アル!』
『ご……ごめんよぉ、ルーちゃん!』
『ほんっとうに! あんたは昔っからグズなんだから!』
『ぼ……僕だって、これでも頑張って……』
『あん!?』
『ご……ごめんなさぁぁぁあい!』
昨日、王が無事女王を連れて御帰城なされた。
セイザルの方は、抵抗を諦めた女王他貴族達によって、武力を行使することなく占領することができたらしい。今後の方針としては、有能な官を送り、我が国の一部としてセイザルを吸収することになる。といっても、セイザルの国民の生活が何ら変わるわけでは無い。文化や生活様式等を強制するつもりもないし、ただ属する国名が変わるってことぐらいかしら。税制や政は公平に行っていくつもりだし。
それはさておき、私は今、セイザル女王が閉じ込められている客室の扉の前にいるわけなんだけど、おい、声が漏れてんぞ。大丈夫かしらこの城の造り。
一応、逃亡防止と警護のために兵士は置いてあるけれど、王が人払いをしたのか、ちょっと離れた位置に立っているから、おそらくは聞こえていないと思うんだけど。
はああぁぁぁ! と大きく息を吐いて、三度ノックをすれば、中の声がピタリと止まった。
いつものように少し待ってから扉を開ければ、そこには床に座り込んで泣き崩れるセイザル女王と、彼女の前に威圧的に佇む王の姿が。
「あああ、どうぞご慈悲を。アルバス様」
「ふん、あの国をどうするかはお前の態度しだいだ」
「わ……わたくしは……」
「お前は、黙って俺の言うことを聞いていればいい」
そんな会話の後、私を振り返る王に、私も冷静な宰相の顔で手に持っていた書類を渡した。
「セイザル国に残った官からの報告書です。特に目立った混乱は無いようで、このまま主要事務の移転を……」
「ああ、問題はなさそうだな。このまま進めてくれ」
書類をざっと眺め、そう頷いた王に、私もはいと答えた。
王の前を辞する際にちらりと見たセイザル女王は、豊かな金色の髪を解れさせ、俯いて肩を震わせるだけだった。その様子は触れれば折れてしまいそうなほど繊細で儚く、悲壮感を漂わせていた。
が。
『いっちょまえな口をきくようになったなぁ、アル!』
『あ……あれは仕方がなく……』
『この私の国に何かしたら、どうなるか分かってるわよねぇ』
『も、もちろんだよ! 決して悪いようにはしないよ!』
『当然だこらぁ!』
扉を閉めた途端に聞こえてきた声に、私は、もうちょっと頑張ろうよ、と遠い目になってしまった。
あ、そういえば、言い忘れたことが。
それを思い出して、もう一度ノックをすると、再び静かになる室内。扉を開ければ、セイザル女王の細い手首を掴む王と、それに非力ながらも抗う女王の姿。
「ああ……どうぞ、お許しを」
「ならん! お前はもう俺のものだ!」
「……どうしてそんな……」
「陛下、度々申し訳ありません。ルーナナ様の今後のお住まいですが……」
「ああ、事務処理が終わるまでは、城の外れの塔に移す。この女ももはや逃げようとはせんだろう。警備は塔の入り口のみで良い」
「畏まりました」
王に手を掴まれたままの女王は、顔を青くして目線を床に落としている。
そんな彼女から目を逸らして、私は速やかに退室し、部屋の扉を閉めた。
『痣が出来たじゃねーか、この馬鹿!』
『ご……ごめんなさい! 手加減したんだけど……』
『お前は、昔っから馬鹿力なんだから、気をつけろ!』
『はっ、はいぃぃぃい!』
『んじゃあ、私はこれから、念願の諸国漫遊の旅に出てくるから、後はうまくやっとけよ』
『うん、ルーちゃんは離れの塔に閉じ込めていることにするから』
『おう、分かってんじゃねーか! 褒めてやろう』
『えへへ。でもルーちゃん、旅から帰ってきたら、僕のお嫁さんになってくれるんでしょう?』
『あー、旅の途中で恋人が出来なかったらな』
『そ……そんなぁ……』
『はは。んじゃ、旅の支度するぞ』
またしても中から聞こえてきたやり取りに、私は思わず空中に裏手でツッコんだ。コ ン ト か よ!
あー……ばっちりシナリオが読めましたよ。
恐らく、本当は女王になどなりたくなかったセイザル女王が、長い付き合いのエイルチューリル王を巻き込んで、セイザルを任せようとしたのだろう。
まあ、確かにセイザルは小さい国で、近年は国内の農業も不作続きだったから、近いうちに他国に協力を仰がなければならない状況ではあった。でも、下手な国に協力を求めれば、逆に不当に搾取されたり、それこそ侵略されたりしかねない。だったら、世界に名だたる大国で、きっちりとした交渉手段もあるエイルチューリル国に吸収されたほうが、ましだったと言えるかもしれないわね。現に、さっき王が言っていたように、セイザル国民を不当に扱うこともないだろうし。
しかし、それならば素直にエイルチューリル王と結婚すればよかったのではないかとも思われるけど、侵攻準備の時に調べてみたところ、セイザルの貴族達は王家の血に他国の者の血が混ざるのをひどく嫌ったらしい。だから、貴族達を無理矢理にでも納得させるために、このような手段をとったというところかしら。
自分の望みを叶えつつ、国のこともしっかりと考えての行動だったわけね。なかなかやるわね、女王様。
なんて事を考えつつ、私は扉の前から離れ、自分の執務室へ向かって歩き出した。
はー、でもやっぱり溺愛ヤンデレ攻めにはならなかったかぁ。だよねー、だってうちの王様って、泣き虫へたれワンコ属性だし。
私が何故それに気づいたかというと、私が笑顔で圧力をかけるたびに、普段から無表情の王の肩が、ぴくりと動くのよ。それが気になって、ある日笑顔で追及したところ、ぷるぷる震えながら謝ってきて、王の素が判明したってわけ。あれはさすがに衝撃だったわ~。
実は昔っから泣き虫だったんだけど、ある人の鬼のような躾け、もとい調教、ではなく教育によって、なんとか人前では威厳のある王を装えるようになった、と王から聞いていたけど、その“ある人”が誰か、よく分かったわ。
結局、溺愛ヤンデレ攻め×強気受けではなく、泣き虫へたれワンコ攻め(?)×凶暴女王様受け(?)だったわけね。う~ん、新境地だわ~。
まあ、とりあえず、この城の構造――特に防音状態――を見直しとこう。