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モブに転生したのに、なぜかヒロインの人生相談窓口になっていた

作者: 星渡リン
掲載日:2026/02/27

本作は「乙女ゲーム風の学園」を舞台に、恋愛イベントそのものよりも、噂や善意の圧、進路の押し付けなど“息がしづらい状況”を、会話と手順でほどいていく短編です。

作中に強い暴力描写はありませんが、噂によるストレスや追い詰められる心理描写が含まれます。最終的にはヒロインが自分の意思を取り戻し、ほっこりハッピー寄りに着地します。

 図書室は、モブの聖域だ。


 背の高い本棚。紙の匂い。静かに流れる時間。

 ここには王子も騎士も学者も、だいたい長居しない。長居すると“絵面”が地味だから。


 つまり私は勝てる。

 目立たず、巻き込まれず、平穏に生きる。


 ……そう思っていた。今日の昼休みまでは。


 薄いカーテン越しの光の下で本を読んでいたら、気配がひとつ落ちた。


 小さな足音。止まる。迷う。

 それから、声。


「……相談、乗ってくれる?」


 顔を上げると、ヒロインが立っていた。


 リリア・エヴァンス。

 淡金の髪。清潔な制服。目が、少し赤い。


(なんで、ここに)


 私はモブ。

 乙女ゲーム世界に転生したとしても、画面の端でパンを食べているモブ。

 ヒロインが話しかけていい相手じゃない。導線が違う。


 でもリリアは、私の机の端を握ったまま立っている。

 逃げ道を塞ぐ立ち位置ではない。むしろ、逃げたいのは彼女のほうだと分かる立ち方だった。


「……ユズ、だよね」


 名前を呼ばれた。

 モブが名前で呼ばれるのは、だいたい不吉な前触れだ。


「……はい。ユズです」


 私は椅子を引いた。こういうときに座らせるのは安心の基本だ。立っていると心が逃げる。


 リリアは座り、息を吸って――吐けずに止まった。


「……断れないの」


 最初の一言が、恋じゃなかった。


 私は心の中でひそかにガッツポーズをした。

 恋愛相談だと攻略対象が飛んでくる。人生相談なら、手順で戦える。


「何を?」


「全部」


 全部。雑すぎる。神託か。


 私は机の引き出しから小さなメモ帳を出した。

 モブの武器は紙。目立たず強い。


「じゃあ、まず“全部”を分けよう。四つ」


「……四つ?」


「分類すると軽くなる。“全部”は重い」


 リリアが困った顔で、でも少し笑った。

 笑えるなら、まだ大丈夫。


◇◇◇


 私はメモ帳に線を引いた。


 ①断れない

 ②噂が怖い

 ③善意が圧

 ④進路が不安


「どれが一番つらい?」


 リリアは迷ってから、言った。


「……寝られない」


 私は深く頷いた。


「恋より先に睡眠」


「え?」


「今の優先は恋愛イベントじゃない。睡眠イベント」


 リリアが吹き出しかけて口を押さえる。

 その反応で確信した。笑える。立て直せる。


「最近どういう“頼まれ方”が多い?」


 リリアは指を折った。


「委員会の手伝い。先生のプリント整理。寮の当番の代わり。下級生の相談……」


「全部、リリアがやる必要ある?」


「ない……でも、断ったら嫌われる気がして」


 “気がする”が敵だ。

 私はメモに書く。


【怖さ:嫌われる気がする】


「確認。嫌われた事実はある?」


「……ない」


「じゃあ、“気がする”が勝手に大きくなってる」


 リリアが小さく頷いた。肩が少し下がる。


「断り方の型を作ろう」


「……型?」


「台詞。短いほうが強い」


 私は三つ書いた。


A:今は無理です(理由は短く)

B:代案を出します(誰ならできる)

C:期限を決めます(いつなら可能)


「順番が大事。まず“今は無理”。次に“代案”。最後に“期限”。理由は長くしない」


「理由、長くしない……」


「理由が長いと交渉の余地が生まれる。交渉は疲れる」


 リリアが、はっとした顔をした。


「私、いつも理由をいっぱい言ってた……」


「優しい人ほど言う。優しい人ほど疲れる」


 私は続けた。


「それと、相談の導線を作る。リリアが全部受けると、全部が重くなる」


 メモに矢印を書いて、名前を足す。


・先生(担任)

・寮母さん

・委員長

・ユズ(※今日だけ)


 最後の一行を書いて、私は心の中で突っ込む。


(私はモブ。窓口じゃない。……でも受付してる)


◇◇◇


 それから数日、リリアは“断り方の型”を試した。


 結果は、想像よりあっさり良かった。


 断っても嫌われない。

 むしろ周りが驚く。


「え、リリアが断った」

「そんな言い方できたんだ」

「じゃあ私がやるよ」


 リリアは図書室に来るたびに小さく報告した。


「昨日、寮の当番の代わり、断れた」


「どう言った?」


「『今は無理です。今日は宿題がたまってるので。代わりに、明日なら手伝えます』」


「満点」


 淡々と言う。褒めすぎない。でも肯定する。これも手順だ。


 リリアは少し照れたように笑う。


「ユズ、なんでそんなに落ち着いてるの?」


「私はモブだから」


「関係ある?」


「ある。モブは目立たない。だから相談しても噂になりにくい。……たぶん」


 言ってから嫌な予感がした。

 噂は“たぶん”を燃料にして育つ。


 そして予感は当たる。


◇◇◇


 中庭がざわついた。


「リリア、王子に呼び出されたらしい」

「騎士と密会してたって」

「研究棟にも出入りしてるって」


 噂は火。燃料は曖昧。よく燃える。


 リリアが青い顔で来た。


「ユズ……私、何もしてないのに」


「してないなら、事実で潰す」


「潰すって……」


「火は踏むと広がる。水をかける」


 私はメモ帳を取り出して“事実カード”を書いた。


【確認】

・いつ

・どこで

・誰と

・何を


「噂を否定する時は感情じゃなく事実。あと、先生に立会いをつける」


「先生を巻き込んだら、もっと大事にならない?」


「大事になる前に“正しい大事”にする。曖昧な大事は燃える。正しい大事は消える」


 意味が分からない顔をしたので言い換えた。


「先生がいると、噂が娯楽にならない」


 リリアが、ゆっくり頷いた。


◇◇◇


 担任の先生は忙しそうだったが、話を聞くとすぐに顔が変わった。大人が本気になる顔。


「リリア、辛かったでしょう。……ユズも、よく連れてきた」


 モブが褒められた。危険。やめて。


 先生は上級生グループを呼び、事実確認の場を作る。


「“見た”と言った人から。いつ、どこで、何を見ましたか」


 上級生は最初、軽く笑っていた。

 でも“いつ”“どこで”“誰が”が固定されると笑えなくなる。


 曖昧が消える。燃料が湿る。


「……中庭で、王子と話してたのを」


「内容は?」


「……分かりません」


「分からないなら、推測を事実として拡散してはいけません」


 先生は怒鳴らない。怒鳴らない強さは本当に強い。


 噂は噂でしかなかった。密会でも呼び出しでもない。


 上級生は気まずそうに頭を下げた。


「……すみません」


 リリアは、そこで言い直した。


「謝らなくていいです。……次からは、確認してください」


 相手を責めずに線を引く台詞。断る型の応用だ。


(成長してる。すごい)


 私は心の中で拍手した。


◇◇◇


 噂が落ち着いたと思った矢先、次の圧が来た。


 善意の圧。


 王子エドが廊下でリリアを呼び止めた。私はたまたま本を運んでいた。モブはたまたまが多い。


「リリア。君の身の回りが騒がしい。護衛をつけよう」


 王子の善意は強い。強い善意は囲い込みになる。


 リリアが口を開きかけた。私は前に出た。モブの一歩は軽い。目立たないから動ける。


「殿下、確認です。護衛は、リリアが望んでいますか」


 王子が眉を上げる。


「彼女の安全のためだ」


「安全は大事です。でも安全は本人の同意が前提です。突然の呼び出しも禁止。噂の燃料になります。面談は先生立会いで」


 王子は言い返しかけて止まった。リリアの顔を見たからだ。


 リリアが息を吸って言う。


「殿下。お気持ちは嬉しいです。でも今は……一人で歩けるようになりたいです」


 王子の目が一瞬揺れ、それから頷いた。


「……分かった。君の意思を尊重する」


 よし。


 次に騎士カイ。


「噂を流した者は罰するべきだ」


 リリアがびくっとする。罰は炎を呼ぶ。


 私は淡々と言った。


「罰は最後です。先に再発防止」


「再発防止?」


「燃料だった曖昧を減らす。罰は燃料を増やすことがあります」


 カイは難しい顔で、最後に言った。


「……理解した。俺は彼女の意思に従う」


 よし。正義が刃になる前に鞘に戻った。


 最後、学者ルークが寄ってくる。


「興味深い。噂の発生条件を――」


「研究対象にしないでください。本人の許可なく観察するのは侵入です」


 ルークが面白そうに笑う。


「モブのくせに、よく喋るね」


 私は笑わずに言った。


「モブだから喋れるんです。目立たないので」


 ルークが少しだけ真面目になる。


「……なるほど。許可を取る」


 よし。観察は許可から。


◇◇◇


 そして最終イベント。進路決定。


 王宮、教会、貴族の庇護。

 リリアの周りの“大人”が勝手にレールを敷き始めた。


 リリアは図書室に来た。目は赤い。肩は固い。

 でも前みたいに息が止まっていない。


「ユズ……みんなが言うの。『君のためだ』って」


「君のためは、だいたい言う側のため」


 リリアが少し笑う。笑えるなら、まだ大丈夫。


「私、決められそう。流されそう」


「じゃあ、決めない」


「え?」


「決めないを決める。時間を取る」


 私は短い台詞を書いた。


『今は決めません。考える時間をください』


「これを言う」


 リリアは紙を受け取り、指でなぞる。指が震えている。


「怖い」


「怖いのは普通。怖いまま言っていい」


 私は本を閉じ、少し真面目に言った。


「リリア。今日で窓口は閉鎖」


「え……?」


 不安そうな目。

 私は続けた。


「次からは、あなたがあなたの窓口」


 リリアの唇が震える。でも目は逃げない。


「ユズ……私、できるかな」


「できる。できないなら、もう一回だけ来ていい。でも窓口じゃなく友だちとして」


 リリアが泣きそうな顔で笑う。


「……ずるい」


「モブはずるい。目立たないから」


 それでリリアが深く息を吐いた。吐けるようになった。それが一番大きい。


◇◇◇


 翌日。


 進路の話し合いの場で、リリアは言った。


「今は決めません。考える時間をください」


 声は震えていた。でも言えた。


 大人たちは驚いた顔をしたが、先生が頷いた。


「それが当然です。本人の人生ですから」


 “本人の人生”。救いの言葉。


 その日、リリアは図書室に来た。泣いていない。


「ユズ、言えた」


「うん。満点」


 淡々と頷く。褒めすぎない。でも確かに肯定する。窓口の最後の仕事だ。


 リリアは少し間を置いて言った。


「ねえ。今度は……友だちとして、お茶しよ」


 私は本を閉じた。


(私はモブ。窓口じゃない。……たぶん、友だち枠になった)


「いいよ」


 答えた瞬間、図書室の静けさが少し温かくなった気がした。


 恋愛イベントは、そのうち起きる。

 でも今は、恋より先に、睡眠と呼吸と自分の選択。


 それを取り戻したヒロインは、きっと強い。


 モブの私は今日も端っこで本を読む。

 ……たまに、人生相談窓口の受付をしながら。

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。


“モブ”って、弱い立場に見えるけれど、実はとても自由です。

目立たないから、空気に飲まれにくい。

だからこそ、誰かの息が詰まったときに、静かに隣へ座って「整理しよう」と言える。


この短編で描きたかったのは、恋の勝ち負けではなく、ヒロインが「自分の窓口」を取り戻す瞬間です。

断る台詞を持つこと。確認してから判断すること。善意の圧をルールに変えること。

どれも派手ではないけれど、日常を生きる人にとっては、いちばん強い魔法だと思います。


窓口は閉鎖。でも関係は終わらない。

“友だち枠”という静かなエンディングが、あなたの中に少しでも温かく残れば嬉しいです。

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