幽霊の館でイリュージョンマジックショー
昨晩、人気マジシャン、アントニオ・カサノヴァのイリュージョンマジックショーを見に行った。
会場となったヴィラ・マルヴァジアは通称ヴィラ・クララを呼ばれ、幽霊伝説で有名な古い貴族の館である。ボローニャ市とお隣のトレッボ市の境界、民家が途絶えた田園の中に佇む荒廃したヴィラは、夜訪れると確かに何か出てきそうな雰囲気がある。
カサノヴァはテレビにもよく出演している超人気マジシャンでこの日行われた3公演のチケットは完売だった。
客席は52席と少ない上に中途半端な数字で何故だろう?と思ったら52はトランプの枚数だった。各客席に1枚ずつトランプのカードが置いてある。
私はダイヤのクイーンの席を選んだ。本当はハートのクイーンが良かったのだが、既に別の人が座った後だった。カードの内容に拘ったのは私ぐらいで、皆見えやすい前列から順々に座っていく。
廃墟のような古いヴィラの広間が会場のショーには、壇になった舞台も大掛かりな装置もない。
客席前のスペースにテーブルが置かれ、卓上には木箱や本などの小物が置かれている。ここが舞台だ。
マジックショーを見るのは初めてだが、私は仲間由紀恵主演のドラマ「トリック」が好きで、全シリーズに加え、スペシャルから劇場版まで全て網羅していたから、いくつかのマジックは仕掛けが分かるだろうと思っていた。
しかし実際には、冒頭の、おそらく一番シンプルなカードのマジックからタネを見破ることは全く出来なかった。
印象に残った幾つかのマジックをご紹介しよう。
カサノヴァは色とりどりの小さなキャンディがいっぱいに入ったガラス瓶を見せる。
「この中には無数のキャンディが入っています。おそらく3桁の数はあるでしょう」
カサノヴァは客席の間を歩きながら最初に客に尋ねる。
「千の位の数を当ててください」
その客は「2」と答える。
次の客に百の位の数を選んでもらう。答えは「1」
このようにして4つの数字が出揃う。偶然選ばれた4人の観客の答えから生まれた数字は「2101」
彼は言う。
「瓶の中身をあけて、ここでキャンディの数を数えるのは困難でしょう。でもこういうキャンディを注文すると、業者が内容量を書いた紙を入れてくれるのです」
瓶の蓋を開け、キャンディの上に置かれた紙をおもむろに取り出す。
4つ折りになった紙を広げると、そこには「2101」と書かれていた!
観客はボローニャ近隣の知られざる見どころのガイドツアーを企画しているヴィトゥルビオ協会を通して予約した人達で当然、サクラは一人もいない。
カサノヴァは観客に硬貨を右手に持つように言う。私達はめいめいの財布から1ユーロ硬貨や50セント硬貨を取り出し、言われた通りに右手で握る。
指名された客は私達の隣に座っていた夫の友人だった。
「名前は」と聞かれて「ジュゼッペ・ボルジア」と答える。
そう、彼はあの有名なボルジア家の末裔なのだ。
「それは大層なお名前ですね!」
とカサノヴァは感嘆する。
「それではあなたの硬貨を貸してください。ここにあなたのイニシャルを書きましょう」
カサノヴァはボルジアから受け取った1ユーロ硬貨に油性ペンで「B」の文字を書き、皆に見せる。
「この硬貨は大切に保管しましょう」
カサノヴァはそういうと、その硬貨をまず小さな木箱に入れ、その木箱を紙の箱に入れて蓋を閉め、客席後方の別の客にその箱を託す。
それから、彼は客席の間を歩き回りながら脳の海馬の働きや錯覚が生み出す幻影について身振り手振りを交えて語り、観客は彼の話に引き込まれる。
「それではボルジア氏の硬貨がどうなったか確認しましょう」
カサノヴァは硬貨の入った箱を預かった客に箱を開けるよう促す。
客が木箱から取り出したのは硬貨ではなく、平たいリチウム電池だった。
「おやおや、硬貨が何故か電池に変わってしまいました!
これが本来あるべき場所はどこでしょうか?」
カサノヴァは舞台に戻り、テーブルの奥から10センチ四方の四角い箱を取り出て見せる。
「ここには父からもらった古い腕時計が入っています」
カサノヴァは箱を開け、大きな腕時計を観客に見せる。
時計のケースの蓋を開くと、そこには本来あるはずであるリチウム電池の代わりにBと書かれた1ユーロ硬貨が入っていた!
カサノヴァはルービックキューブを取り出す。グルグル回して六面の色を揃えるアレだ。昔、学校で流行って全面を揃えようと奮闘したものだった。
カサノヴァは客席の間を歩き回りながら数人の客にキューブを渡して回させる。
最後に私の前に立ち、キューブを手渡すと、これを持って舞台に一緒に来るようにいざなう。私はキューブを手に、彼の横に立ち、言われるままにキューブを数回回す。
カサノヴァはテーブルの奥からルービックキューブを取り出す。
私が手にしたキューブと各面を照らし合わせると、どの面も色の配置が完全に一致していた!
更にカサノヴァは私に両手を背中の後ろに差し出すように言う。後ろを向いた私の手にカキューブを握らせ、適当に何度か回すように言う。言われた通りにキューブを操作した私にカサノヴァは言う。
「では君の手の中にあるキューブを見てご覧」
キューブを持った手を前に出してみると、そのキューブは六面全ての色が揃っていた!
カサノヴァは客の一人に故人の偉人を一人思い浮かべるように言う。
それから紙を渡し、その人物のイニシャルを書いて見えないように折り畳むよう促す。イニシャルが書かれた紙は小さな木箱に入れられる。
カサノヴァは何も書かれていないA4サイズの小さな黒板を観客に見せる。黒板を封筒に入れ、別の客に預ける。
カサノヴァは小さな丸テーブルに布を被せ、その上に先程の小箱を置く。
客の一人である子供を舞台に呼び、四角い布の2カ所の角を持たせる。残りの2つの角をカサノヴァが持ち、掛け声をかけて持ち上げるとテーブルが宙に浮いて揺れる。あの世と交信しているとカサノヴァは言う。
交信をやめ、小箱から紙を取り出す。紙にはEMと書かれている。エンリコ・モリコーネのイニシャルだ。
カサノヴァは女性の客に預けていた封筒を受け取る。中の黒板を取り出すと、そこにはチョークでEMと書かれていた!
カサノヴァは過去にこの場所で起こった未解決の殺人事件の話をする(実際にはそんな事実はない)。
「殺人が起こったのはこの屋敷のどこだと思う?」とカサノヴァは客の一人に尋ねる。
「暖炉の間」とその客は答える。実際、このヴィラには大きな暖炉のある広間がある。
カサノヴァは別の客に「凶器は?」と尋ねる。
その客は「ナイフ」と答える。
同じようにして「犯行時間」、「被害者の性別」、「被害者の国籍」をそれぞれの客に尋ね、「暖炉の間で、夜21時に、メキシコ人の女性がナイフで刺殺された」というシナリオが出来上がる。
舞台に戻ったカサノヴァは宙に吊るされていたアルミ製の箱を鎖から外してテーブルの上に置く。南京錠を外し、中から幾重にも折り畳まれた模造紙を取り出す。
折り目を順々に広げていくと、大きな紙にはこう書かれていた。
「暖炉の間で、21時に、メキシコ人の女性が、ナイフで刺殺された未解決殺人事件」
観客は拍手喝采である。
一体どうやったのか?
私には最初から最後まで全く分からなかった。
唯一、こうやったのかもしれないと想像出来たのは、黒板のトリックで、あれは封筒の内側に石灰が塗られていて、女性から封筒を受け取り、舞台に戻るまでの間に封筒の上から爪で「EM」と書いたのではないだろうか?
勿論、そうだという確信はない。
他の観客も同じで、私達は皆、カサノヴァの鮮やかなマジックに翻弄され、巧みな話術に魅了された。そして最初から最後まで狐につままれたようだった。
水槽マジックも消失マジックもない、派手な演出や大掛かりな舞台装置が全くない、マジシャンと小道具だけのショーでこれほど楽しめるとは思わなかった。
それにしても、一体どうやったのだろうか?
私も参加したルービックキューブのマジック。あの時、私は後ろ手でキューブを持っていたが、手の中でキューブがすり替えられたことは絶対なかったと断言出来る。
是非、山田奈緒子に解いてもらいたいものである。




