黒の一族 その三
ライガーの五人乗りは危ないと判断したソラが提案したのは、龍神族であるリュウと合流することだった。もともとリュウはゼノロワの王国に戻るという共有点がある。
ただ、どこにいるかもわからないリュウを簡単には呼び寄せられない。
「うん。だから予感でリュウを呼ぼうと思う。」
ソラはにこりと笑った。ソラは異能は変わっている。風変わりな異能なのだが、他のどの異能よりも恐怖を感じる。それが、『予感』。予感は彼が使えば『絶対に起こりうる事態』へと変貌してしまう。リュウが望もうが望まないとしてもソラの予感によって、ここに来てしまうのだ。
「リュウさんがなんだかかわいそうですね・・・。」
テアの本心が呟かれた。テアの持つ異能もまぁ、ひどいのだが。方向性は違っても、他者からすれば恐ろしい。一方のグロウはカイの横に立つとまじまじと息子を見つめる。
「・・・なんだ?」
「いや、成長したなーと思って。」
「は?俺がずっと子供のままだと?」
「いや、まさか。ただ・・・。あの場所で育てられたんだからやっぱり俺よりあいつに似るのかと。」
「・・・はぁ。あんたは母さんをおいて居なくなったんだろ?」
「はぁ?なわけあるか!リテインに追い出されたんだよ!あいつがお前を育てるのに邪魔だって・・・。」
「・・・」
カイは驚いて父親をみた。たしかに、リテインが父親に文句を言っていたことはない。一度も何も文句なんて言わなかった。
「・・・母さんに会いに行かないの?」
「行けるかよ。あいつのいる場所は特別な場所だ。そう簡単に入らせてはもらえない。俺が本気で愛した女だからな。あいつが子供を一人で育てるなんて言うとは思わなかったよ・・・。でも、こんな可愛い子だったから俺を追い出したんだなーと思ったよ。」
「俺は女じゃない。」
「ははは。親は子供を愛してしまうんだなー。お前を守るように言われたのもよく分かったよ。」
グロウは愉しそうに云って、カイの頭をぐしゃぐしゃと撫ぜた。カイははねのけようとして、諦めた。母親も同じことを何度もしたことを思い出したからだ。
ソラの予感は唐突に事態が起るのだが、リュウがやってくる気配は全くなかった。リュウの備わっている異能のほうが格上なのかもしれない。
「俺の異能を外させるなんてすごいなぁ。」
「いや、もっとやばいことになっている、の間違いかもしれない。」
グロウはソラの独り言に首を振った。
「おそらく、そいつはゼノロワに干渉されたかしにいったのかもしれない。」
「は?危ない、ってこと?」
ソラが語気を強めてグロウに聞く。
「これ以上、隠せないか。異能の力は黒の一族が作り出した力だ。」
グロウはカイをみつめた。カイも見つめ返す。
「異能を作り出すには、特定の人間の遺伝子を必要とした。それが、空爆ぜる緑の王と呼ばれた、ヒルワン王妃の夫、ラーゼラ国王だ。ラーゼラはヒルワンを愛していたが、ヒルワンはラーゼラの弟であるリワンに恋してしまった。」
グロウが語る話は過去を映し出すミラー(景色を見せる道具。ライガーと同様、魔導を使う)に現れた。
「これは、二人の男と国を乱した女の話だ。神とかそんなものは出てこない。ヒルワンは王妃となるように育てられたヒルワンは王になるのはリワンだと考えていた。玉座につくリワンを想像し、リワンとの密会で、すでに子供を授かってしまった。だが、王になったのは兄のラーゼラだった。リワンの子供は奴隷として働かせるように指示した。その子供がリワンの血を受け継ぎ、光の一族となった。現在でも光の一族は異能を与えられず、人造人間の実験体として製造されている。」
グロウがミラーに映る人とは扱えられない人間たちをじっと見た。
「黒の一族とは、兄のラーゼラの直系遺伝子をもち、異能を確実に受け継ぐ。本当のゼノロワ王国の王族たちだ。今は、俺とカイだけだ。」
グロウはカイを、見た。その眼差しには愛しか注がれていない。カイは言うべき言葉を探して、
「リュウが来ない理由は?」
と、なんとか言った。見つめられるのに照れが限界をむかえていた。
「異能は無理やり遺伝子のなかに取り込ませた、いわゆる時限爆弾だ。いずれその異能が命をすり減らし死を招く。その際、ゼノロワの王国へ取り込まれる。意図的に異能のルーツを消すために。」
グロウは嬉しそうにカイの髪を撫ぜる。カイはもう何もかも受け入れたように肩を落とした。
「そもそも、ヒルワンが王位を継ぐことになったのも、ラーゼラが玉座を明け渡したからだ。彼はゼノロワの国に異能を使った。玉座には王妃の血族しか座れないという異能だ。血筋を重んじる当時の王国では度重なる血の交わりを行った結果、命の継承がちゃんと行われず、やがて、科学者達が遺伝子を操作しはじめた。」
グロウはそこまで言うと、ミラーに現れた科学者達の一人を指した。
「彼が、その一番の功労者だろう。ラーフィ・ゲルマン。彼が造り出した悪魔のような遺伝子。それがゼノロワの女王を造り出した。子供が女児であれば、次に子供を産む前に死を迎えるリミットがつけられた。子供が何度も同じ遺伝子を造り出せないようにするためだ。代わりに、女王候補は自分が女王の血を持つと知らされたとき、もうすぐ死ぬという現実に直面した。それが呪いとして埋め込まれた可能性はある。死を受け入れる以前に、死ぬことが決まっていた事実。ソラのお嫁さんはおそらく、君との結婚前後に死ぬはずだった。だから、死ぬ前に殺してほしかったのだろう。」
グロウは淡々と語り、ソラを見た。ソラへの感情には少し何か思うところがあるらしかった。
「俺にも時限爆弾はあるのか?」
ソラはなにか意味があってこの話をするのだと確信していた。
「ない。もちろんテアにも。異能を受け継ぐ黒の一族は俺とカイだけだが、そもそも、ラーゼラが異能を持っていることのほうが重要なんだ。ラーゼラはゼノロワの外から入った一族の一人。王と結婚した女性の一人息子。リワンもまた別の一族と王との間にできた一人息子。当時は一夫多妻制だったから、女性は外から嫁ぎ、男児をなせれば金が貰えていたという。ソラが王国で暮らしていた時代はおそらく博士たちが実験している時期のはず。」
「つまり、俺は外部の存在?」
「ああ。君の弟が黒髪なのは、ラーゼラの家系を汲んでいたから。そして君は」
「部外者。遺伝子を手にするために連れてこられた。誘拐されたってことか?」
「そうなる。少なくともその一人に該当しているはずだ。異能は幾つかの集落の人間や精霊、コビトなどに稀に発現する力。それをゼノロワの王国は独り占めしようとして、失敗した。」
「失敗?・・・国が滅びたわけではないのか?」
「第一世界を崩壊させた彼女は何も言わなかったか?」
「フィーブルタンが?」
「そうだ。彼女は・・・。まぁ、行けば分かるか。とにかく、リュウは来ることができない。それは、フィーブルタンがヲードを受け継いだからだ。」
「え・・・?それは世界の名前では?」
カイが動揺した。カイが動揺したのは言うまでもない。ヲードの秘密を知る存在はいないほうがいい。話す必要のないことだ。それをあえて言うということが良くないことだと、リテインに教わった。
「カイ、リテインのことは正しいが、今回はそうもいかない。リュウが龍神族である以上、救わないといけない。希少な生き物であり、その中でも優秀かつ高等な生き物。神聖な存在は消滅してからでは遅い。」
グロウは真面目に言い、カイの肩に手を置いた。
「というわけだから、他言無用だ。」
そして、テイ、テア、ソラに目線を合わせ、笑って伝える。
「そういうことなら、黙るしかないな。」
テイは仕方ない、といった感じに肩をすくめた。そもそも三人は誰かに教える予定はない。
「ヲードとはその世界の神であり、その土地を所有し保存している存在。レナがヲードだとは思わなかったが・・・。」
「ちょっとまて。あんた、あの世界にいたのか?」
カイは咄嗟にグロウを睨み付けた。レナという名前はあの世界にいなければ知らないはずだから。
「そうだよ?むしろ、いるに決まっているだろ!俺は保護者としていました!」
グロウは嬉しそうに手をあげるリアクションをする。
「・・・親としているのは当然だが、どういう姿になっていたんだ?」
テイが大きく頷きながら尋ねる。カイはテイを殴る仕草をする。
「そうだな・・・。俺は人の姿になれなかった。なにしろヲードに許されないまま侵入したから。ヲードっていうのは許諾を求めなければ出入りを拒絶することもあるからなぁ。」
「いや、本当にどうやって侵入した?」
「ははは。俺は黒の一族だからな。普通の入り方をせずとも侵入なんて容易い。」
グロウはとても楽しそうに笑う。カイは深く眉間にしわを寄せる。
「それで、ヲードはレナだったと。」
ソラはその言葉で戻す。
「そうだ。レナが死んだことで世界が消滅。で、フィーブルタンも同じヲード。それなのに、彼女は遠く離れたこの地にいる。ヲードが出歩くことなどない。統治者はその場から動くことができないのが普通。フィーブルタンが自身の手で、一度その世界を眠らせるという普通ではないことをしない限り。」
「どういう意味だ?」
「・・・俺はフィーブルタンが行ったことを悪だとは思わないが、自分の世界を一度閉じたりはしない。緩やかに消滅することになるからな。」
「消滅・・・?」
「自分の世界を終わらせようとしている。おそらく、内部に生き物がいても出すこともしない。それで、リュウの話だ。」
グロウはようやく本題になる。
「リュウは龍神族の長であり、現状はフィーブルタンが用意した代行者。おまえたちが巻き込まれたレナと星夜の関係になる。リュウがゼノロワに帰った場合、入国したとみなされる。フィーブルタンはリュウのみが自身の国に入り、最後の討伐を頼んだはずだ。リュウが国に戻ったと言うことは俺たちが入れないということになる。」
「・・・。リュウがゼノロワを終わらせる?」
「あぁ・・・。二人は話をしなかった。出会って、別れた。謝罪をフィーブルタンがしようとしていた。でも、リュウは何も言わなかった。人に姿を変えてただ、世界を終わらせる。リュウにはもう何もないのだろうな。でも、俺としては生かしたい。だから、俺の力で、最短の道で、ゼノロワに連れて行こう。」
驚いて四人は顔を見合わせた。
「いいか。よく聞くんだぞ。この道はとんでもなく、くらい。横道からはなーんか、呼ばれたり。でも、振り返らずに、行くんだ。それと・・・」
グロウは話をしながら、ライガーを作り替えたりしつつ『闇の道』を開けた。
「この道には光を好むやつはいないから、お前達みたいな明るい奴は連れ去るなんてしないだろう、が!それでも一応、まじないはかけておく。」
そう言い、四人に向かって手を振る。たったそれだけで、何かの魔法をかけられたと理解した。四人は魔法を遮断する力を弱め、それを受け入れた。
「では、行こうか?」
グロウはにやりと笑った。
「・・・なんだか楽しそうな旅になるな!」
ソラはニコニコ笑って、改めてライガーに乗った。ライガーが少しだけ拡張しており、はじめからグロウにこうやらせればよかったと考えたが、それでも闇の道という楽しそうな旅を作れたことでまぁいいかと考え直した。
「カイがいつも以上に仏頂面になりそうだなー。」
テイもライガーに乗り込むと呟くそのあとにテアも乗り込む。
「カイ様・・・じゃなくてカイのお父様が現れるなんて考えもしなかったから・・・。」
テイはテアが今も王家の言葉遣いを正す練習をしつつ話しているのを優しく見守っている。
「・・・俺のことを隠れてみていたことに寒気がするんだが?」
カイはぼそりと呟きながら乗り込んでくる。
「おいおいおい!カイ!お前は子供らしくなさ過ぎるんだよ!年齢だってその三人より明らかに若いのに・・・。」
「え!そうなの?!」
ソラがグロウの言葉にそれはもう楽しそうに尋ね返す。グロウは笑いながらライガーに乗り込んだ。
「ははは。まぁ、カイがいつか教えてくれるさ・・・。」
カイがグロウの頭を強めに叩いたのでグロウはそれだけで言葉を終わらせた。
「な、なにはともあれ、出発でいいな?!」
グロウが頭部を押さえながら四人に尋ねる。
「「おう!」」
黒の一族 その三 終り




