黒の一族 その二
ソラの話だと、ゼノロワの王国が滅びたという事実はないものの、今は『活動』していないらしい。国の内部には大勢の人造人間が闊歩しているだろう、ということだった。
国を出たソラが辿った道は、普通ではないので帰ることもかなり難しいということ。そもそも、王族を引き連れていたとしても、テアは男なので、極論から言うと歓迎はされないとのこと。
「難しい道を行くとしても、テアを傷つけるようなら俺は相手を抹殺するが?」
「ん?それは俺だって同じだぞ。テアは俺と同じ同郷の存在だし。」
テイが不穏なことを言うと、ソラも変わらずに同調する。ソラはこの三人に何かあれば容赦なく相手をするつもりだった。彼にとってこの三人が家族も同じだと思っているからだ。
「・・・ソラ。お前が言うゼノロワにあの女王が帰っている可能性はないのか?」
「あぁ、あの第一世界を破壊した人か・・・。あの人と話をしたけど、もうゼノロワに帰るつもりはないって言っていたからな。嘘を言う意味もないし・・・。あの人はゼノロワの未来を背負うつもりなどない。そういう考えの人だった。強い意志のある人だったし・・・。それに、彼女はゼノロワの王族がすでに機能不全になっていたとも言っていたし。廃れていく運命かもしれないな。」
ゼノロワの王女たちはほぼすべての者達が死にたいと願い、心を閉ざしていた。しかし、フィーブルタンは違った。自分の運命を打ち負かそうとしていた。芯のあるつよい人。
彼女に、国を消し去ってもいいかと尋ねた。彼女は不敵に笑って言った。
『あの地はすでに腐っていた。戻っても二度と同じ姿にはならないさ。ソラ、お前の妻の墓に行っても驚くなよ。』
最後の言葉はまるで意味が分からなかったが、彼女の寂しげな顔には、哀れというよりも、ただ、死よりも深いものがそこにあると暗示していた。
『行ってみるよ。あの人はもう亡くなったんだな・・・。』
『・・・。歴代の女王候補は死を受け入れる慣習があった。死ぬ前から。』
『・・・。』
『死ぬと分かってもやはり怖いさ。死より怖いものを受け入れなければならないから、な。ソラ。もう一度言う。墓に手向けるものは花束だけにしておけ。死より受け入れがたい、その現実を受け止めるためにな。』
フィーブルタンは、念を押した。それは、彼女の言葉の中でも優しい言葉だった。思いやって出る言葉だったのだろう。表情を崩すことがない美しい顔が少しだけやさしく微笑んでいた。彼女にはあの土地に二度と戻らないという意思があった。遠くまで旅をすることを決めたらしい。
ソラにはフィーブルタンが言う墓のことも引っかかっていた。死よりも怖いもの。それが女王候補の精神的に死を近づけていた。死ぬより怖い、とは。
「カイ。死よりも怖いものって何だと思う?」
「・・・うーん。死より怖い、か。もしかしたら、黒の一族の呪いじゃないのか?」
「え?」
「黒の一族が死より怖いもの。死より怖い、が遺伝的に備えられた苦痛だったら?黒の一族という存在を目にせずとも身体のなから恐怖が出てくる。それが呪いとされていた。」
「男には発現しないのは、女性にしか黒の一族という存在を恐怖に感じないとか・・・。」
テイも口をはさむ。
「不思議な話ですね。黒の一族を悪しき者としようとしているんでしょうか?」
テアはコップを持ちながら呟く。
「どうだろう・・・?むしろ、黒の一族って案外黒幕だったりしないか?ヒルワンという女性を手にしようとした、悪役。」
カイがライガーに乗り込むために足をかけた。その瞬間、ふわりと強い風が吹いた。
「う、うわ・・・!テア!」
テアのコップが舞い、テアの身半分がライガーから振り落とされそうだった。テイが軽々とそれを阻止したものの、突然吹いた風が、人為的におきたことは言うまでもない。
「・・・。誰だ?」
テイが低い声で唸るように呟いた。
「誰だ、か。久しぶりだな、カイ。」
カイは、一瞬だけ怪訝そうに相手を見た。カイの記憶にない人物ではある。
「他の人間には会ったことがないな。」
その青年はカイに似た顔をしている。
「カイとよろしくやっている人間なんてそんなに多くない。自己紹介をさせてもらおうか。カイの父親で、ゼノロワの民だ。名前はグロウ。いま、お前達が話していた黒の一族の一人だ。正真正銘の、な。」
グロウは、カイと同じようににやりと笑う。
「カイの父親?」
「似てるけど・・・。」
「本物だ。俺も母さんにあんたのことは何度も聞いた。姿も俺そっくりだって言っていたな。」
カイは嫌そうな顔をして頷く。記憶にない顔だが、よく話は聞いていた。
「ははは!そりゃ、同じ顔になるだろうさ。お前は俺の遺伝子をもらったんだから。リテインの血が混じったって俺との血の繋がりの方が強いさ!」
「リテイン・・・?」
「その話は今はいい。それより、何のようだ?」
テイが不思議そうに聞き返そうとしたが、それを遮って、カイは強く父親に尋ねる。
「うん?黒の一族を追っているんだろう?それと黒の塔か。なら、俺もついて行こうと思ってな。あの入り口には俺が必要だ。んー。というか、あそこには関係する人物がいなければ開くことはない。ゼノロワの王国がすでに滅んだという事実はもちろん知っているだろ?」
グロウはさも当然のように話す。
「いや、それは知らない。」
ソラは首を振った。滅びたという言葉がゼノロワの王国に似合わない。
「・・・。ソラといったか?お前が奏でた月日よりも前にあの国は消えた。消滅ではなく。まるで、次元の狭間に取り込まれた、というべきか。第一世界と同じ状態と言っても過言ではない。おまえたちは、そこから脱出したばかりだろうから。」
「やけに詳しいな?」
カイが警戒するように言う。
「・・・お前の母親から、お前を守るように言われている。俺は父親だから、な。」
グロウはため息をついて頭をかいていた。照れ隠しをしているようだった。
「・・・。カイ。この男は嘘をついていない。お前を心配している。」
テイがそれを見つめて、カイに言った。
「分かってる、けど・・・。」
カイはテイをみて、小さく笑った。
「お前も親だから、か。」
その言葉に、ソラとテアが吹き出していた。テイは照れたようにして、グロウと目線を合わせた。親という心境を二人はこのとき共感していた。
黒の一族 その二




