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83歳實さん。異世界へ行く!  作者: 倉木元貴


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7話

 實はアンナに頼み込んで父親の知り合いの農家の元に向かった。

 だが、實を待ち受けていたのは歓迎ではなく拒否だった。どれだけアンナの父親のツテを当たっても、みんな異国の地からきた人間を受け入れようとはしなかった。

 アンナがこれだけ心を開いてくれているのはきっとまだ子供だからだろう。もしアンナがもう少し大きな子供だったら、拒絶されてもおかしくはなかった。もしくは犯罪者として取り扱われていてもおかしくなかった。家にも泊めてもらって、スルツキ青年まで紹介してくれて、アンナには感謝しかない。普通全く知らない人間が現れた時の村の反応ってこれが正解だな。忌み嫌われて当たり前。アンナがおかしい方だ。残りの時間もう少ないのに、これ以上のことができない。最後にスルツキ青年に教えられる限りのことを教えよう。1度死んだ身だし、この国には未練はない。いつでも雲の上に行く準備はできている。地獄へ向かう準備も。

 今から日が沈むまでの時間はのんびりと過ごそうかと考えていた實。そんな實の元に睨むような視線を向けた男が現れた。スルツキと違って若さは感じない。見た目は30代の男。この村に来てから関わってきた人間は数が少ないから皆の顔をまだ覚えているが、その片隅にもこの男の顔はなかった。

 

「じいさん少し話があるんだ。ついてきてくれねえか」

 

「ここじゃできない話なのか?」

 

「ああ。ここではできない」

 

 怪しい男だったが、猫の手でも藁にも縋りたい實にとっては無視できない存在だった。

 だが、恐怖もあった。睨まれている男に何をされてもおかしくはない、最悪殺されてしまうのでは。

 そんなマイナス思考が實の脳裏にはよぎっていた。

 

「わかった。行く前にどこに行くか聞いても?」

 

「なに。すぐそこだ。身構えなくても何もしねえよ」

 

 トボトボと歩いて行く男の背中を追いかける。なぜかついて来てくれたアンナに男の正体について小声で尋ねる。

 

「あの男は誰なんじゃ?」

 

「あの人はボリスさん。この村ではベテランの農家だよ。でもあの人、人に興味ないとかで誰にも話しかけよとしないのに珍しいな」

 

 それはつまり、身寄りのない人間を集めては殺しを楽しんでいる猟奇殺人犯なのでは。と深読みをする實。

 アンナだけでも守ろうと心に決めた。

 

「ここだ、じいさん」

 

 そう言われて紹介されたのは、玉ねぎが植えてある畑だった。

 實が見た第一印象は、マルチをしてもないのに草が少なくよく手入れできている畑だということ。

 それと、スルツキのトマト。ボリスの玉ねぎ。今の季節は日本でいうところの5月か6月の初頭だということ。

 この時期の玉ねぎは収穫期目前。玉の肥大をしていないと、もしこれから気温が上がっていくのなら玉が肥大しないままとうちしてしまう。(とう立ち。漢字では薹立ち。抽台ちゅうだい抽苔ちゅうだいとも言う。野菜が種を作るために栄養分を葉や茎、根に送らず花に送ること。ネギや玉ねぎの場合、葱坊主ねぎぼうずと言われる緑色のマリモのようなものを作ること。キャベツやレタスもとう立ちして綺麗な花を咲かせることもある。ちなみに、とう立ちしたレタスは葉が硬く苦いので美味しくない。玉ねぎの場合は外皮が切った内側にできていることもある。こちらも硬くて美味しくない。)

 その前に肥大をさせなければこの玉ねぎはネギとして役割ができるかできないかの瀬戸際。これは大変だ。(肥大に失敗した玉ねぎは葉をネギのように活用することもできる。この場合は火を通すことをお勧めする。結構辛い。)

 

「見ての通り玉ねぎが大きくならねえんだ。ルキが面白いじいさんがいるって言うもんだから話でも聞きたくてな」

 

 この時アンナは初めてボリスに知り合いがいることを知ったのであった。まさに開いた口が塞がっていなかった。

 ボリスはアンナの反応を見て、大体何を考えていることを理解したが、面倒なことになりそうなことも感じ取ったから見て見ぬ振りをした。

 

「毎年このくらいの時期に玉ねぎは収穫しているのか?」

 

「もう少し先だ。と言っても10日もないくらいだ。あと20日もしない間に雨季に入る。それまでに収穫しないと腐ってしまうからな。だが、今の状態では最低でも1ヶ月はこのままにしておかないと大きくはならんだろ」

 

「そうじゃな……」

 

 見た限りの考えられる可能性としては肥料不足。だが、葉は生い茂ってピンとしている。水不足や水過多でもない。肥料も足りていなければ葉に何かしらのサインを出したりするがそれもない。

 つまり、わからん。

 何が直接的な原因になっているのか。いや待てよ。確か、玉ねぎは肥大に気温と日照が必要だったんじゃないか。今の気温は初夏のような暖かさ。気温には問題がない。だったら、日照不足。今の日差しは初夏そのものの日差し。弱くはない。もしかして曇りの日が続いたとかなのか。そうであれば植えている時間を長くするしか方法はない。この世界には日照用のライトなどないから。たとえライトがあっても電気という概念がないから。

 今からできることを思い浮かべるも現代的な方法しか思い浮かばなくて頭を悩ませる實。玉ねぎの成長を促進させるには太陽光に肥料が必要だが、肥料はあげ過ぎると、とう立ちを早めてしまう原因にもなりかねない。それ以外で日照を確保しようとすればやはりライトしかない。同じ考えを行ったり来たりして、解決策を見出すことはできなかった。

 代わりにボリスに尋ねた。

 

「ここ最近、曇った日が続いているのか?」

 

「いや。そうでもない。ただ去年に比べたら多いくらいだ。15年くらい玉ねぎを育てているが、ここまで育ってないのは初めてだ。何がダメだったと思う?」

 

「15年も続けているのだったら間違ったことは何もしとらんだろ。問題は環境のほうだろう。今年の気温はどうじゃ?」

 

「気温? そんなの気にしたことないからわかんねえな」

 

「寒いよ」

 

 實とボリスの会話に割り込んできたのはアンナだった。

 

「今年は花も咲くのが遅かったからいつもより寒いよ。私も気にしたことはなかったから、寒いって感じなかったけど、花は15日くらい遅れたよ。毎年暖かくなったら森に出ているから本当だよ」

 

「そうか。ありがとうアンナ」

 

 自然に咲いている花が2週間くらい遅れて咲いたというのなら玉ねぎが2週間くらい生育が遅れていてもおかしくない。

 ただ、問題は、雨季も2週間遅れて来てくれるかということ。水っ気に弱い玉ねぎは、湿度が高くても腐ってしまうから、雨季を前に必ず収穫しないといけない。今植えてある玉ねぎはボリスの言う通り、1ヶ月はこのままにしておかないと育たない雰囲気。玉ねぎに使っている農家は数少ないが、というか實自身見たことはないが、トンネルを作るのが最適だと考えた。あとは雨季にどれだけ雨が降るかだ。畑全体が浸かってしまうくらい雨が降るのなら、何がなんでも玉ねぎは収穫しないといけないが、そうでないのならトンネルでなんとかなるかもしれない。

 注意点としてはトンネルを作って気温を上昇させることによって、とう立ちを早めてしまうことだ。外すタイミングは見極めが大事だが、もしそれがちょうど雨季に差し掛かったら取るに取れない。そうなってしまえば全て腐らすか全てとう立ちさせてしまう。それだけは避けたい。

 實は他にもこんなことを考えた。

 どちらにしろ今日でこの村とはおさらばになってしまうから、トンネルの技術だけを渡せばなんとかなるか。外すタイミングは何年か研究してもらって、この場所に合ったタイミングで外してもらうのが1番だろうな。

 タマとナラにもらった鈴をここで初めて使った。

 鈴を鳴らしながら願えばいいと言っていたからこれで良いか。えーっと。トンネル用の曲がった支柱とビニールシート、寒冷紗かんれいしゃ

 チリンと鈴を鳴らして目を瞑った。

 願ったのはいいけど、どこにその荷物が届くのだろうと不安に感じながら。

 

「わー! 何これ!」

 

 アンナの声がして目を開けた實。その目の前にはアンナが軽々しく入ってしまえそうな大きな段ボール箱があった。

 

「ヤマ! これ何?」

 

 興奮しているアンナを横目に段ボールに付いているガムテープを取った。實が段ボールを開けると興味津々のアンナが誰よりも先に段ボールの中を覗いた。

 

「見たことない道具がいっぱい入っている!」

 

 くだらない道具しか入っていないのに興奮しているアンナを見て昔のことを思い出していた。

 寒冷紗がなかった時代。水で薄めた酢を使って虫除けをしても、頻繁に撒かないと虫は寄って来ていた。寒冷紗が登場して、虫除けの農薬が開発されて虫に対処する時間が減って楽になった。懐かしいな。

 あの頃はこんなものがあるんだって、大人になったばかりだったのに感動したな。こんな便利な道具があるんだって。懐かしいな。そんな時代もあったな。

 感傷に浸っている場合じゃないことを思い出し、箱からビニールシートと支柱を取り出した。

 

「ボリス青年。今から支柱の立て方を教えるからよく見ていてくれ」

 

「支柱? なんだそれ」

 

「これはプラスチックでできた支柱だ。見た目によらず丈夫だから長持ちもするし、倒れにくいぞ」

 

 そういえば、ワシが子供の頃も支柱といえば竹だった。この村では木を使用しているが、竹がないときには木を使っていたな。いつからプラスチックになったのか、覚えていない。何も気にすることなくプラスチックの支柱を出してしまったが、この異国の地にはまだなかったか。

 そう思いながらも、時間がないから今更竹製の物を注文するのはと諦めてプラスチック製の支柱を使うことを決めた。

 

「こいつの名前はダンポールと言って、見ての通りよく曲がる。他にも金属や竹の支柱などもあるが、常時水が残っている露地ではそれらは腐りやすい。こいつはプラスチックでできているから腐りにくいのじゃ。そして、こいつを端から2歩の等間隔に挿していく。全て刺し終わったら建てた支柱を反対側の地面に挿して行く。玉ねぎじゃから長めの物を頼んで正解じゃ。もう1つ短い物じゃったら葉に当たっていたな。よし、ここからが重要じゃよく聞いておれ。このアーチを作ることができたら、今度は支柱を2本掴んで最初と最後の支柱にクロスさせる。アーチの先を外側に向けて斜めに差し込んで骨組みは完成じゃ。あとは、アンナの持っているビニールを掛けて、垂れているところは土を被せて、支柱に当たっているところはこのクリップで押さえるのじゃ。これでトンネルの完成じゃ」

 

 一仕事を終えて、腕で額にかいた汗を拭っていると、ポカンと口を開けたまま未完成のトンネルを見つめているボリスが目に入った。視線を落としてアンナの方を見ると、アンナは首を傾げたまま止まっていた。

 

「とりあえずやってみるか」

 

「いや、やること多すぎて言葉で説明されてもわからんわ」

 

「挿す、曲げる、挿す、挿す、掛ける、付ける。簡単なことじゃ」

 

「余計にわからんわ」

 

「まあ、なんじゃ。全ては経験じゃ。支柱はたくさんあるから全ての畝につけていくぞ」

 

 こうして實とボリスはダンポールをひたすら畑に挿しては曲げてを繰り返し、全てに挿し終わってからアーチの上にビニールを掛ける作業を続けていた。アンナはというと、言葉が多すぎて理解できなかったら考えることを諦めて、首を傾げたまま2人が作業している様子を見守っていた。

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