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83歳實さん。異世界へ行く!  作者: 倉木元貴


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5話

 強い日差しと鳥の囀る音に少女の大声で朝目覚めた實。初めての異国の地での一夜。もともと眠るのが得意でなかったのに合わさって完全なる睡眠不足だった。

 

「おはようヤマ。よく眠れた」

 

「ああ、ぐっすりできたよ」

 

 本当は眠れていない。目にはクマができているが、子供に心配かけるわけにもいかないと些細な嘘をついた。

 それよりも實にはやることがあった。昨日の村長との話し合いの結果。今日1日で實の農業を教え込まないとこの村から追放される。悠長に過ごしている時間はない。

 

「それよりも今は何時だ?」

 

「ナンジ? それってどういう意味?」

 

「何時って時間のことだ。時間はわかるよな」

 

「ジカン? それって何? 朝ごはんならできているよ?」

 

 時間という概念がこの世界にはないのか。

 そのことに気づくのには時間はかからなかった。

 それもそのはず、実は實が小さい頃も時間という概念はあまりなかった。

 朝は朝日と共に起床し、夜は日が沈んでから数時間後に就寝する。鐘の音が時間の代わりだった。山間部の田舎では電気が通ってないところは珍しくなく山野家でもそれが当たり前だった。つまり、この村でも同じような生活をしているに違いない。

 實は聞きかたを変えた。

 

「そうか。では朝日が出てからどれくらい移動した?」

 

「まだ出たばかりだからそんなに動いてはないよ」

 

「そうかありがとう」

 

 今日1日だけ。時間は限られている。

 日が沈むまでの時間は約10時間。その時間でできる農業といえば草刈り。

 現代農業でも1番大変だとされる草刈り。それの効率化は難しいものであるが、手がないことではない。比較的簡単にできる草刈りの布教。それしかない。

 實はそう考えて幾つかの方法を頭に浮かべる。

 1つは、地道に草を抜いていくこと。これに関して重要なことは、草が大きくなる前に草を抜いてしまうということ。そうすることで見栄えだけではなく、野菜の成長にもいい影響を及ぼす。

 草の種類にもよるが、育てている野菜の栄養分を吸ってしまう草は少なからずあるから、大きくなる前に抜いてしまうことで栄養を取られずに野菜の成長と助けて、病気や害虫の被害を減らし、また新しい草が生えるまでの猶予が生まれる。

 育てている野菜を大きくすることで草は生えにくくなり、野菜のさらなる成長が見込まれる。ただ、これは最初に言ったことだが、地道に草を抜くということは村でもすでに実践されていることではあるだろうから農業の発展に寄与しているかどうかと問われれば怪しいものになる。

 

 2つ目は、緑肥を使うこと。緑肥とは畑を休めている間や休耕地(耕作放棄地を新たに開拓するときには、土の状態が良くないことが多いので緑肥を蒔いて再生させる。そのほかにも堆肥などを入れることも良い)に麦などを蒔いて、若葉にうちに刈り、刈った若葉を土にき込み(土に混ぜ込むこと)土壌中に生息している微生物の餌を与えて活発化させ生きた土を作るために使われるものだ。麦は生育が早い植物で、畝間うねま(畝。作物を育てるために直線上に一段高くしたところ。畝と畝の間の主に通路として使われるところ。似た言葉に株間という言葉もある。株間は同じ畝上の作物と作物の間隔のこと)に蒔くことで、他の草の生育を妨げ草刈りの負担を軽減するというもの。ただ、この村は辺境に当たる村だから、畝間に麦を蒔く余裕があるかと言われればない。そんな無駄に使うのであれば食すだろう。

 

 3つ目は、草を抜くのではなく刈るということ。これが実は意外と1番効果があったりする。

 草を含めた植物には成長点というものが茎と根との間にあって、そこには草が成長するために栄養分が蓄えられており、ここを刈ることで植物は成長を止める。次に生えてくるまでの時間を稼ぐことができる。

 そのほかにも農具であるくわを使って草を刈ることもできる。そのまま土に漉き込んで窒素の栄養分としての活用も可能だ。

 ただし、この方法は育てている野菜の根を傷つけることもあるから注意が必要ではある。

 

 4つ目は、特定農薬であるお酢や重曹を使うこと。家庭菜園ではお馴染みである天然の防虫剤お酢。実は除草剤としても活躍できる。

 天然成分でできているため、お酢を撒いても畑への悪影響は少なく(金属やコンクリートは劣化が早くなるので注意が必要。)家庭菜園ではスーパーで売られているようなお酢を100倍に薄めたものを撒いて防虫を行う。これを薄めることなく直接草に撒くことで草を枯らすことができる。広い面積になれば結構な量のお酢が必要になるのが懸念事項だ。

 重曹もお酢と同様除草剤になる。こちらは水1リットルに対して150グラムの重曹が必要。お酢同様に広範囲であれば相当量の重曹が必要。そして、お酢も重曹も育てている野菜にかけてしまえばその野菜も枯らしてしまう可能性があるから注意が必要。

 まず、この異国の地にその2つがあるとも限らない。この方法が取れる可能性は低いか。楽であり、革命的ではあるけど、実践には向かないタイプだから仕方ない。

 1度畑仕事を見学してから適した方法を教えていこう。

 實はそう考えた。朝食を終えた實は、アンナに声をかけた。

 

「朝食ご馳走様。早速だが、畑に案内してくれないか?」

 

「どうして畑に行くの?」

 

「そういう約束だからだよ」

 

「そうなんだ。わかった。それだったらルキ兄ちゃんの畑に案内するよ」

 

 アンナに案内されている道中も村人からは好奇の目に晒されていた。

 睨むように視線を向けては隣の婦人と口元を隠して何かを喋っている。よく見る光景だが、その注目の的に實自身がなるとは到底思っていなくて、まるでいけないことでもしてしまったかのように感じていた。身体を小さくして俯きながらアンナの背中を實は追いかけていた。

 

「ヤマここだよ」

 

 アンナに言われて顔を上げると、思っていたよりも見事なトマト畑が實の視界に入り込んだ。

 こんな見事になトマト畑を作れるのだったら何もすることがないのではそう思う初めていた實だったが、土の色がやけに灰色だったことを見てまだ付け入る隙はあると考えた。トマト畑の土を手に取って匂いを嗅ぐ。

 やけに灰色だから石灰岩でも混じっているのかと思ったが、石灰質の触り心地ではない。臭いからしてただの土。ほぼ無臭に近い。そしてこの硬さ、これは泥だ。

 畑より田に多くある泥。水捌けが悪く、水を貯めるような水田には適しているが、水をあまり必要としないトマトや地面上にできるカボチャなどにとっては水捌けの悪さは腐ることや美味しくない野菜の原因になる。それにこの砕かれずに塊になっている泥。これは根の成長を妨げて、また根の呼吸も妨げるため生育悪化の原因にもなる。ここで育っているトマトはきっと身が固く酸味のあるトマトになっているに違いない。

 そんなトマトは生で食べるというよりも鍋で煮込んで酸味を飛ばしてスープにするのが適している。ミネストローネのようなスープがこの村の郷土料理のようになっているに違いない。

 そんなことを考えながら塊になっていた土を握りつぶした。

 土のことに集中しすぎていてアンナがいなくなっていたことに気がついたのは、土を握りつぶしてから間もなくだった。

 トマトの背丈も大して高くないのに辺りを探してもアンナはいなかった。村で急に1人にされた實は年甲斐もなく心細くなっていた。

 

「ア、アンナ……」

 

 實のか細い声は誰に届くこともなく、トマトの揺れる音にさえかき消されていた。

 アンナの背中にピッタリとくっついていた實はきた道なんて覚えてないし、このままアンナが帰ってこなかったらずっとここでいるしかない。死ぬまでここで……。

 マイナス思考は止まることを知らなかった。気がつけば實は小学生に戻ったかのように落ちていた茎の硬い草でアリの行列を突いていた。そんな實を真顔で見つめるアンナが背後で立っていたが、實はアリしか見ていなかったため気がつくことはなかった。

 

「……ヤマ。何しているの?」

 

 跳ね上がるかのように振り返った實。そこにはアンナと知らない青年が立っていた。

 實は驚いたことを隠すために平常心を保とうとしていたが、心臓の音がやけにうるさくて動揺を隠すことはできなかった。

 

「べ、別に何もしておらん……」

 

 アンナの疑っている目を見て罪悪感を覚えながらも目を逸らして顔を隠した。

 アンナは、絶対何かしていたと睨むように視線を向けていたが、實が何も言おうとはしなかったから話したいこともあり追求するのを諦めた。

 

「……まあいいや。それよりも、ここの畑を管理しているルキ兄ちゃんだよ。ルキ兄ちゃんはこの村で1番美味しいトマトを作るんだよ」

 

 アンナの隣にいた青年が頭を掻きながら答えた。

 

「僕はこの畑でトマトを育てているスルツキ・イリヤです。トマトのことについてはアンナが勝手に言っていることなので信憑性はないのですけどね」

 

 その言葉を聞いたアンナはわかりやすく口を膨らませて怒っていた。

 

「そんなことないもん! アンナが言っているんだから1番なの!」

 

「はいはい。そうだね……」

 

 このやりとり、何回も繰り返しているんだなと察した。

 おしどり夫婦のように仲良く喧嘩しているこの空気を壊すこともしたくなかったが實には時間がなかった。

 早く1つでも問題を解決しないと神との約束も果たせず物語を終えてしまう。空気の読めない年寄りで悪いと思いながら、スルツキに尋ねた。

 

「スルツキ青年。このトマト1ついただいてもよいか?」

 

 スルツキは不思議そうに首を傾げていたが快く承諾をする。

 

「ええ、いいですよ」

 

 實は目の前に熟していた真っ赤なトマトを手でもぎってそのままかぶりついた。

 さすがの行動にスルツキも驚いていた。實の行動を止めようと手を出したが實の手の方が先に動いてしまい、手を伸ばしたまま實に言った。

 

「生で食べても美味しくないですよ」

 

「確かに美味しくないな」

 

 その言葉を聞いて怒っていたのはスルツキの方ではなくアンナだった。

 

「ヤマ! なんてこと言うの! ルキ兄ちゃんのトマトは美味しんだもん! ヤマ、そんなに酷いことを言う人だとは思わなかった!」

 

 涙目になって怒っているアンナの顔を見て罪悪感を抱かない人間なんていない。幼子を泣かせる年寄りなんてただの老害。

 實は自身を責め続けていた。

 

「スルツキ青年悪かった」

 

 實には頭を下げることしか思い浮かばなかった。いろいろとまだ頭の中が混乱したままだった。

 

「そんな。頭を上げてください……ヤマさんは何も間違ったことは言っていませんよ」

 

「だが、アンナを悲しませたのは事実。謝るのが道理だ」

 

「アンナはああ言ってまずが俺自身もこのトマトが美味しいかで言われたら美味しくない方だと思っているので。アンナはこの村の外に出たことがないので他のトマトを食べたことがないだけなので気にしないでください」

 

「そんなことないもん! 村の外のトマトだって食べたことあるもん! その中でもルキ兄ちゃんのトマトが1番美味しかったもん!」

 

 アンナの怒りはまだ収まっていないようで暴力と名の暴挙に出ていた。

 ただ、アンナはまだ小さいからスルツキも痛みよりはかわいさの方が際立っていて、何度も叩いてくるアンナの頭を優しく撫でていた。

 

「わかったから。もうやめてくれ。アンナの気持ちは嬉しいけど、上には上がいるんだよ。前にミルスって村に行った時、異世界人が作ったトマトを売っていて、生で食べるなんて想像もできなかったけど、果物のように甘かったんだよ。それに比べたら俺のトマトなんてただの酸っぱいトマトだよ」

 

「そんなことない。ルキ兄ちゃんのトマトは美味しいよ」

 

「でも生では食べられないだろ」

 

「食べられるもん……」

 

「食べたことないでしょ」

 

「………………」

 

 言葉を詰まらせたアンナは俯きながら小さく頷いた。その姿を見て青年は苦笑いを浮かべながら言った。

 

「だろ。その異世界人が育てたトマトはそのまま食べるのが1番美味しかったんだ。俺の作っているトマトみたいに皮が固くなくてさ。アンナにも食べさせてやりたかったけど、馬車を飛ばしても30日かかるから持って帰ってこれなかったんだ。またいつかミルスに行く時はアンナもくるか。美味しいトマトが食べられるぞ」

 

「……うん」

 

 笑顔で頷くアンナを見ながら實は思った。何かを忘れているような。そのことに気づくのは数時間後の話だ。

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