4話
男に先導され山の中を歩いていくと、動物よけにか木でできた柵が無数に現れた。松明で照らされている範囲しか見えていないけど、森の奥まで連なっているようだった。
整備はしっかりとされている。ここが村の入り口だったか。
「ここが村だ。中に入って怪しい動きをしたらすぐに殺すからな」
男は腰に差してある剣に手をつけて、いつでも剣を抜ける体勢をとっていた。
殺されるのは嫌であったが、一度死んだ身。死ぬことに対しての恐怖は薄れていた。
「わかっておる。わしは農業以外のことについてするつもりはない。神ともそう約束した」
實は男の背中を追って村の中を進んでいく。
この村は小さな村のようで、入ってまもなく異国の人間が来ているとの噂が広まり、噂を聞いて人が集まり實は注目の的のなっていた。
その時に初めて異国に来てしまったんだとということを理解した。
實が目指していたベリア村には日本のような髪色や目をしている人間はいなかった。
皆明るい髪色に青い目。まるで子供の頃に見たフランス人形のような見た目だった。
格好はフランス人形のようにフリフリとした服を着てはいなかった。皆ボロボロのワンピースを着ていた。貧しい村だと言うことは理解した。どことなく懐かしさも感じながら。
男の背中を追うこと約3分。
この村の建物にしては立派な石で作られた建物の前に案内された。
「俺が先に行くから、今はそこで待っててくれ」
「わかった」
男は頷くと建物の中に消えていった。
おそらくここが村長の家なのだろう。
身なりを整えようと襟あたりを掴んで服装が山菜取りの格好であることに気がついた實。この服は汚れは目立つし、ラフな格好だし、おまけに靴はギリギリ使えている小汚い地下足袋だった。
村長に会うのに格好を間違えている。
そう思いながらも、この村に来るのは初めてだし、服の仕立て屋がこの世界に存在しているのかさえも怪しいし、もうこの格好で挑むしかない。と覚悟を決めていた。
家の前で男が出てくるのを待っていると、男は装いを変えて登場したのだった。
その時實は思った。
ずるいと。
「村長が呼んでいる。俺についてこい」
また男の背中を追って行く實。
外は松明がいくつか設置してあるだけだったが、中には至る所に蝋燭を設置してあって、まるで電気が通っているかのように明るかった。
観賞用だろうか植物や壺のようなものもあって、村長の家だと疑う余地はなかった。
そんな広間の一角、木でできたパーテーションが設置してある場所に隠れて、テーブルと椅子が4つ設置してあり、その1つに40代くらいのまだ黒い髭を生やした男が座っていた。
その男は實と目が合うと、立ち上がってこう言った。
「あなたが神から遣わされている者ですか。なんでもこの村の農業を発展させるとか。せっかく来ていただいたところ悪いのですが、この村では特に困っていることはありません。ですが、サムが約束を交わしてしまった手前反故にするわけにはいかないので、明日あなたのお手並み拝見とさせていただきます」
嫌味な村長だと思いながらも、首を縦にふる。
それが實の役目だからだ。断れば神の言ったことに反してしまう。こちらこそ約束を反故にすることはできないから首を縦に振るしか手はなかった。
「役に立たないとわかったらそのあとは好きにするといい」
覚悟はもう決めている。1度死んでしまった身。神になんとか生かされたのだから、処刑されてもかまわん。痛いのは嫌だから、即死できるものなら。
「と言っても、この村には死刑制度はないんですよ。同等の刑に当たるのものは存在しますけどね。それが追放というのですけど、外に出て生きているやつは見たことがありませんけどね」
村の人間が余所者を排除したい気持ちだけは受け取った實。内心、こんなところならこなければよかったと思った。
死ぬ前にここまで不快な思いをするとは思っていなかったからだ。
こんな世界に来ることはせずにそのまま死んでいればよかった。そっちの方がどれだけ楽だったか。
もしこの村から追放されたらその瞬間に鈴を鳴らそう。そう心に決めていた。
村長との話が終わって追い出されるように村長宅から出た實。
行く当てもなく途方に暮れていたが、森の中で出会った少女が實を待っているかのように村長宅の前で立っていた。
「おじさん。行く当てないでしょ」
気にしていたことを言い立てられて頷くことしかできなかった。實は言葉に出すことなく1回だけ首を縦に振った。
「だと思った。村長さんがそんな気を利かすわけないと思ってんだよね。ねえ、よかったら私の家に来る? 狭い家だけど、おんぶしてもらっていたお礼。寝るところくらいなら作れるから」
この世界に来てから冷たくされていたばかりいた實。初めて優しさに触れて感慨深くなっていた。
いい年して涙を流すのはみっともない。そう思いながら涙を堪えて少女に頭を下げた。
「行く当てもなかったから助かる。この恩は決して忘れない」
「そういうのいいよ。私だって森の中では助けてもらったのだから、お互い様でしょ」
頭を上げた實。
その視界に映っていたのは満面の笑みを浮かべていた少女の姿だった。
そんな少女の姿を見てどことなく懐かしい記憶を思い出した。それは實が14歳の頃に記憶。苦しい生活をしていたが同じように毎日のように笑って過ごす同級生の記憶。助けられなかった命の記憶。忘れようと思っていたけど、忘れることのできなかった記憶。
思い出した過去の悲しみに苛まれてしまった實は目から1粒の涙を流す。
気づかれるよりも先に自身で気がついて袖を使って目を拭う。
「ありがとう。お嬢ちゃんは名前何ていうんだ?」
「私はアンナ・ティーホン。みんなからはアンって言われているわ。おじさんもアンって呼んでね。おじさんは名前何?」
「私は山野實」
「ヤマノ・ミノル? 聞かない名前。何て呼べばいい? ヤマノ? ヤマ?」
あだ名なんて何十年も呼ばれてないからなんて答えるべきなのか實は悩んだ。
だが、ここは異国の地であり、異国の地では名前と名字が日本とはが逆である。つまりファーストネームが日本で言う下の名前でファミリーネームが名字だということ。
そのことに気がついた實は言い直すべきなのかまた悩んだ。
だけど、下の名前で最後に呼ばれたのも何十年も前の話。今更呼ばれても恥ずかしいだろうと少女の提案を受けることにしたのだった。
「ヤマでいい。前の世界でもみんなからはそう呼ばれていた」
確かに前の世界ではヤマさんとは言われることはあったが、基本的には山野さんと呼ばれることの方が圧倒的に多かった。
町の中でも83歳まで生きた人間は数が少なかったから。もちろん年上もいることにはいた。だが、施設に入ってしまっている年上がほとんどで、町の中で暮らしている高齢者は少なかったのだ。だからあだ名のような名前で呼ばれることはほとんどなかった。
今の實もヤマでいいなんて言っておきながらまだ呼ばれていないにも関わらずむず痒い気持ちになっていた。
「わかった。ヤマって呼ぶわ。それじゃあヤマ行きましょ。私の家に」
ヤマと呼ばれることに違和感を覚えながらも少女の背中についていった實だった。




