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83歳實さん。異世界へ行く!  作者: 倉木元貴


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最終話

 スルツキはうるいを、實はその他の植物をそれぞれ探すことにした。


 スルツキと少し離れて、實は迷うことなく沢へと向かった。もし沢にシダ植物があるのなら、それはゼンマイがある可能性を示している。好物を目の前にして、他のものばかり取るわけにはいかない。


 實は沢を進んだ。


 小さな川のほとりには、大きな石がゴロゴロと転がっており、どの石にも苔が大量に付着していた。


 これは可能性が高そうだ。


「スルツキ。少し先に進む」


「あまり奥まで行き過ぎないようにしてください」


「わかっておる。無理そうだったら諦めて帰ってくる」


 そう言い残して、實は川を遡った。


 さっきよりも大きな石がゴロゴロと転がり、シダ特有の葉も見られた。


 必ず、どこかにゼンマイがある。


 特徴的な渦を巻いたゼンマイを探した。簡単に見つかるものではないと思っていたが、人の体ほどの大きさの石の上に、特徴的な渦を巻いたゼンマイが生えていた。石は大部分を山に呑まれており、少しずつ川が山の斜面を侵食していて、石の周りの斜面はどこも崖になっていた。この石も侵食によっていずれ独立するか流される。今のうちにあのゼンマイを取っておかないと、無惨にも流されてしまう。それは勿体ない。しかし、ゼンマイを取るには石を登らなければならない。斜面を登る術があっても道具がない。


 勿体ないが、今回は諦めるか。


 實が視線を落とすと、石の脇に一本だけ渦を巻いたゼンマイが生えていた。


 これは奇跡だ。こんな場所に生えているなんて。ああ、そうか、斜面が抉れて落ちてしまったのか。一本だけということは、他のものは流されてしまったのか。


 持ってきていた包丁を使って、ゼンマイを一本だけ切り取り、スルツキの元へと戻ってこう言った。


「ヤマさん、大丈夫でしたか?」


「ああ。何も問題はない」


「それはよかったです。それよりも、こんなのが取れたのですけど、これって何ですか?」


 スルツキは實に手のひらサイズの石のようなものを手渡した。


 土にまみれているが、見たことのある樹皮。


 皮を一枚めくると、見覚えのある黄土色のものが姿を現した。


 やっぱり。


 スルツキが手に持っていたのは、筍だった。


「これは筍じゃな。これをどこで?」


「斜面を登ったところです。ヤマさんが探していたのは、あの場所じゃないですか?」


 スルツキは筍があった方を指で示したが、實は歳の割には視力がいい方とはいえ、詳しい場所まではわからなかった。ただ、指し示している先に竹が生えていたことだけは確認できた。


「まだ竹が生えているかもしれん。もう少し探してみよう」


 筍探しを続行して、實は筍を探す術をスルツキに授けた。


「筍を見つけるのは難しいが、慣れればできたりもする。こことかがそうだ。この竹の近くで、地面から微かに目を出しているのが筍だ。竹の根は、野菜に見られるような根ではなくて、浅くて広く根を伸ばす。その根から筍を作る。竹は成長が早いから、筍を見つけて『明日取ろう』と思ったら、もう竹になっていたなんてこともある。見つけたら必ず掘り返すのじゃ」


 季節が春だということもあり、筍は大豊作だった。次々に取れる筍に、用意していたカゴが限界を迎えていた。


「スルツキ。まだ取れそうだが、ここまでだ。これ以上はカゴがもたん」


「もう、こんなにも……そうですね。もう終わりにしましょうか」


 筍を持って帰って、灰汁抜きの方法を伝授し、ニコライとボリスに渡した。二人は大喜び。こんなに美味しいものがあるだなんて。これなら食糧危機もなんとかなりそうだ。


 筍の灰汁抜きと並行して、一本だけあったゼンマイの灰汁抜きも密かに行った。ゼンマイの灰汁抜きは一日以上かかる。早めに行っておかないと腐らせるだけ。今から灰汁抜きを行って食べられるのは、明日の夕方以降か。待ち遠しいな。


 静かに眠りについた實。


 翌朝は激痛で起こされた。


 初めは筍があたって食中毒でも起こしているのではと思っていたが、痛むのは腹ではなく胸。それも左胸付近。


 握り潰すように胸を掴もうとするが、掴めるのは柔らかい服ばかりで、痛みはまったく治らない。息ができなくて頭がクラクラする。眠気とはまた違うような、意識を保っておくことができない感覚。だが、このまま眠ってしまったら、もう二度と起きられない気がする。ここで眠るわけには……。


 實は意識を失った。


 幸い、起きたばかりでまだベッドの上にいたこともあり、床に倒れることはなかった。


 意識を失った實が意識を取り戻したのは、また雲の上だった。深い霧が辺りを覆っていて、視界はせいぜい十メートル見えるか見えないか。


「ここは……」


「山野實様。お久しぶりです。十日間のお勤めご苦労様でした。山野實様のおかげで村の農業はもとより、経済発展にも寄与していただきありがとうございました」


 神は空間に薄いフィルムを張り出して、實にある映像を見せた。


「こちらは山野實様の村での葬儀の様子です。山野實様のご遺体はアンナ様をはじめ、多くの村人の手で丁寧に埋葬されています。山野實様が村にとってどれだけ大切な存在だったかが窺えます。さらにこちらもご覧ください。こちらは現世での葬儀の様子です。山野實様の葬儀は、奥様のチヨ子様によって盛大に行われています。参列者は二百人にのぼる大きなものになっています。現世でもたくさんの人に慕われていたことが窺えます。この先は選別の門になっています。我々では天国か地獄を選ぶことはできませんが、融通してもらえるように話は通してあります。では、我々はここでお暇させていただきます」


 雲の中に消え去った神と入れ違いで、赤い門が姿を現した。門の前には死んだ人間であろう行列ができていて、實もその列に並んだ。


 結構な人数がいるから、相当時間がかかると思っていたが、思ったよりも早く實の順番が巡ってきた。


「山野實。話は聞いている。あんたには天国でも地獄でも好きな方を選ばせてやる。さ、好きな方を選びな」


 選べと言われても難しい話だが、實の中で答えは決まっていた。


「地獄じゃな」


「なぜ地獄を選ぶ。地獄が大変なことくらいは知っているだろう」


「ワシは昔、何度も人様の野菜を取った。罪人じゃ。それ以上の理由はない」


「わかった。では地獄の門を開こう。向かう地獄は等活地獄。達者でな、實」


 赤い門が軋むような音を立てて開いた。中は暗く、熱気が立ち込めている。實は一歩、また一歩と足を踏み入れた。足元は焼けた岩のように熱く、空気は重く、息をするだけで喉が焼けるようだった。


 だが、實は怯まなかった。

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