29話
アンナの結婚披露宴も終えて、村ではまた平穏な日常が営まれていた。實もその中の一人。いつも通り野菜の世話をして、昼食を食べて、また畑に戻って。そんな繰り返しの日々を過ごしていた。こんな年になっても實の元を訪れる若者は少なくない。知識や技術はすべて出したつもりだが、直接学びたいという若者は後を絶たない。
若者への指導では、毎回のように同じことを言っているが、實はそれを面倒だとは思わない。これで農業が発展すれば、役目を果たしていると実感できるからだ。そろそろ神の使命も終わりに近づいていると何となく感じていて、できることはすべてしてしまわないとと、實自身も少し焦りを感じていた。そんなこともあって、神に「自分はいつ死ぬのか」と尋ねたことがあった。だが、正確なことは言われなかった。確かに、いつ死んでしまうのかを知ってしまうと、人生の面白みが欠けてしまう。
まあ、神としてはいつだっていいのだが、こちらの都合で急遽ということもあり得る。だからこそ何も言わないのだ。こればかりは、本人に伝えるわけにはいかない。神に余裕がないことは知られてはいけないことだから。
話を戻して、現在。實は昼からの作業をユリスに任せて、ニコライの元に向かっていた。
ニコライには時々呼び出されていたが、基本的には昼からの作業を終えてからが多かった。昼過ぎに呼ばれたのは久しぶりで、實も何か大変なことが起こったのではと勘繰っていた。だが、顔を合わせたニコライを見ても、いつもと何も変わらず、深刻そうな様子はない。それはボリスも同じだった。
「それで、わしはなぜ呼ばれたのだ?」
「ああ、それなんだが、実は村がピンチなんだ……」
まさか知らないところで何か重大な問題が……。生唾を呑み込み、冷や汗を腕で拭って、深呼吸を一度だけしてニコライの言葉を見守った。
「畑をしたいという若者が増えたことはいいことなんだが、増えすぎて畑が足りないんだ。それと、今季、町の方まで野菜を持っていきすぎて、若干食料危機気味」
ニコライの言葉を聞いたボリスが、實の代わりにため息を吐いた。
「まあ、要は、ニコライが適当に輸出していたら出しすぎたってことだ。前半のことは今回の食糧危機には関係ない。だが、今後は言ったようなことが起こるかもしれないから、どうするべきなのか相談に乗ってくれってことだ。全て任せきっていた俺にも責任はある。だから俺からもお願いする。爺さん、何か知恵をくれ」
「ヤマさん。頼む」
村長と村長補佐。二人から頭を下げられて、断れるわけもなく、快諾のような形で實は承認した。
「しかし……野草を食べることにはワシでも少し抵抗はある。それを強制したら反乱分子を生み出す可能性もある。実際、ワシのいた国でも同じようなことがあった。成功した例もあるが、よほどのことがない限り、行わない方が吉だろう」
「それは俺も同じ考えだ。隠すわけではないが、勘付かれない間に乗り越えられたらベストだと思う。不安要素は少ないとは言え、ないに越したことはないからな」
「そういうことだ。ヤマさん、なんとかできないか?」
「まあ、できないことはないだろう。前から少し気になっていたが、山の方に竹のような植物が見えていたんだ。筍があれば新しい食料とすることもできるだろ。蕨や葛なんかもあるかもしれん。あれば食糧危機は乗り越えることができると思う」
「そうか。助かった……さすがヤマさんだ。いや、本当にもう全てを終えるべきか悩んでいたから……」
笑いながら言うニコライに、實は何も言えなくなっていた。ちなみに、ボリスは頭を押さえてため息を吐いていた。厄介な上司を持つと下が苦労する。こればかりはどこも同じのようだ。
「とりあえず爺さん。スルツキでも連れて何か持って帰ってくれ。新しい野菜として調理方法をまとめた書はこっちで用意する。報酬の方はニコライから出すから頼んだ」
「わかった。すぐにでも出発しよう」
ニコライを除いて交渉を成立させた二人。ニコライは小言を何度も何度も呟いていたが、實もボリスも聞こえないふりをしていた。これがニコライの正しい扱い方なので致し方ない。
ボリスの元を後にした實は、すぐさまスルツキの元に向かった。今から山に入るが、スルツキも来ないかと。断られたら一人で行こうと考えていたが、スルツキは快諾した。
「それにしてもヤマさんから山に誘うなんて珍しいですね」
「……ああ、まあな……実はワシの好物が山にあってな。ここでもあるのではと思ってな」
実の息子であるが、ニコライのことは話していいのか悩んだ實。結果的に誤魔化すことを選択した。
「へえーそうなんですね。ヤマさんの好物ですか。それはさぞ美味しいのでしょうね」
「ああ、少し癖はあるが、食べれば絶品じゃ。少々難しいところに生えているから取れるかどうかわからんが、他のものなら比較的簡単に取れるものがほとんどじゃ」
「では今日は、比較的簡単に取れるものをお願いします。山の深くにはまだ入ったことがないので、近いところから攻めていきましょう」
「ああ、そうだな。地図ができるまでは深く入るのはやめておこう」
實が先頭を歩いて、確か竹があったのはこっちの方だったと思うと勘を頼りに、二人は山の中を進んでいった。
まだ木の隙間から村が見えるから、そんなには進んでいない。だけど、この辺にも食べられるものは生えているかもしれない。先に進んで探すのもいいが、この辺で取れるのなら気軽に訪れることができるから、見つけておくのも悪くない。
「この辺りで少し探そう。ここなら誰でも気軽に来られるから、少しの間食いつなぐのならちょうどいいだろう」
「そうですね。この辺りで取れるものがあるのなら、誰でも来られそうですね」
「あとは、何が生えているのか……」
山の始まりで、比較的日光は当たっている。土は山特有の腐葉土。湿り気もある。これは近くを流れている川の影響か。それならたくさんの山菜が取れそうだ。だが、ゼンマイのようなシダ植物はほとんど見られない。それなら、うるいが生えているかもしれない。
姿勢を低くして辺りを見渡すと、黄緑色の小さな木のようなものを見つけた。
あった。うるいだ。
駆け寄って、持ってきていた包丁で根元から切り落とした。柄の長さはうるいそのもの。あとは葉脈が中心線から伸びているかどうか。實が見た限りでは、間違いなくうるいだった。
「スルツキ。これと同じようなものを探してくれ」
「これって食べられるのですか?」
「ああ。食べれば美味しいものよ」
「わかりました。探してみます」
「その前にスルツキ。これに似て有毒な植物があるから、今から言うことをよく聞いていてくれ。まず、このうるいという植物には、ネギのような白い柄がある。有毒なバイケイソウには白い柄がなく、リーフレタスのように成長している。それと、この二つの植物を見極めるには、葉脈が重要じゃ。うるいはよく描かれるような中心線があり、その中心線から脈が伸びている。だが、バイケイソウにはその中心線がない。すべての葉脈が葉の根元から伸びておる。この二つのことに注意しながら採取していこう」
實の話が長いので、スルツキは首を傾げていた。
「要は、ネギのようなものを探せばいいってことですか?」
「まあ、そういうことでも良い」
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