27話
時は少し流れ、季節は寒さを感じる冬になった。植えてあった野菜も気がつけば枯れていて、葉を落とした木々が季節の訪れをより一層感じさせていた。
寒さのあまり、村人は真昼以外に外に出ることを拒んでいたが、實は朝から大忙しだった。というのも、冬になるとある作業を行うからだ。これは必須ではない作業で、現代日本でも行っている農家は少ないと感じる。その作業とは「寒起こし(かんおこし)」と呼ばれるものだ。
言葉からは何をするのか想像しづらいが、作業としては口で語るだけならとても簡単。ただただ土を掘り返すだけである。膝丈ほどの深さまで掘らなければならないが。
これが地味に疲れる作業で、何より腕にくる。くわやスコップを使って掘っていくのだが、下に行くにつれて土がまるでコンクリートのように固くなる。実際には掘れないわけではないが、1日の後半にはスコップが重たくて持ち上がらないほど体力を消耗する。歳を取れば取るほど消耗も激しく、1日で掘れる広さは畑の3分の1程度だった。進捗としては悪くないが、實は思った。「トラクターが欲しい。トラクターで一気に耕してしまいたい」と。
ここは神に相談して、トラクターを持って来られないか頼んでみようか。トラクターがあれば、畑の準備も草刈りもどれだけ楽になるか。そう考えているうちに、どうしても欲しくなっていた。
ついに實は神にトラクターを願った。それも数千万円はする高グレードのものを。村の規模を考えれば妥当だが、神から送られてきたのは、トラクターではなく1枚の紙だった。
その紙にはこう書かれていた。
──
山野實様
トラクターが欲しいとのことでしたが、この世界では機械の発達が著しく遅れておりますので、最新設備の整ったものをお送りすることはできません。さらに、この村では燃料となる軽油が存在しないため、トラクターがあったとしても宝の持ち腐れになるのが目に見えております。
申し訳ありませんが、以上の理由により、同様の機械類の送付はできません。その他、機械的でないものでしたら、またいつでも承っております。
今回は山野實様のご希望に沿うことができず、誠に申し訳ありません。
タマ・ナラ
──
初めからなんとなく無理だろうなと思っていたため、落ち込むことはなかったが、神に何度も謝罪文を書かせてしまっていることに対して、實は罪悪感に襲われていた。
「もうこれからは無理そうだと思ったら、何も頼まないでおこう」
實の諦めは早かった。何より、罪悪感には何も勝てなかった。この日1日は、暑くもないのに汗が止まらなかった。
それから實は、寝る前に紙を1枚机の上に置いて睨むように見つめていた。この紙は、神が今後困らないように、注文するものを事前に書き出しておこうと用意したもの。だが、こういう時に限って頼みたいものが出てこない。どれだけ睨んでも、すでにあるものだったり、この世界には持ってこられないものだったり、使い道がいまいちなものばかりが頭に浮かぶ。
いずれ壊れるかもしれない農具を多めに頼んでおいて、不足がないように備えるのも良いが、置き場所にも困るし、修理して使い回していかないと、いずれなくなった時に農業が衰退しかねない。ニコライ村長のおかげで、今やほとんどの農家が實の出した道具を使っているから。
そうなると、さらに何を書くか悩んでしまう。農業には消耗品も多いが、實自身がいなくなった途端にその道具が役に立たなくなるようでは意味がない。この世界で作るのが難しい消耗品は、できるだけ少ない方がいい。消耗が激しくなく、村人でも簡単に手入れができて、役に立つ道具。機械系ではないもの。
……くわなど。
それしか出てこない。
今日も實は諦めて眠りについた。難しい議題だから、こればかりは仕方がない。私だったら、空いている家にできるだけ消耗品を詰め込んで、その後も末長く使ってもらえるようにするが、實は甘んじることをよしとせず、自分でできることに重きを置いていると感じる。どちらもそれぞれに良さがあるが、人間はそう柔ではないのだから、道具がなくなった時には似たものを作ると私は思っている。この場合、それなりの技術がなければ相当な時間がかかってしまうが、それも人間の適応のひとつだと思っている。反対的な意見を言っているが、もちろん實自身が選んだ結果を尊重する。そのために彼を選んだのだから。
♢♢♢
一夜が明けて、朝もまだ間もない時間。實は早起きにも慣れて、朝から活動していた。内容は昨日の続きの寒起こし。本来なら寒さに土を当てるものだから、朝早くからしてもあまり意味はないのだが、理由がある。それは、この1日ですべてを終わらせるということ。
寒起こしは長引けば長引くほど、後半に体力的にも精神的にも辛くなってくる。だから早く終わらせるのが吉。最悪、土が乾いても軽く濡らしておけば問題はない。手間にはなるが、そっちの方が気持ち的に楽だ。「明日も同じ作業」と考える方が辛い。
だから實は朝から張り切っていた。今日中に絶対に終わらせると覚悟を決めて。だが、そう思い通りには進まないのが現実。あともう少し、そんなところで實の体力は限界を迎えていた。
そんな實の元に、村長補佐になったボリスがため息を吐きながら現れた。
「爺さん。こんな真冬によく畑なんてできるな。この気温じゃ野菜も何も育たないだろ」
「野菜は育たなくても、畑の準備だけはできるからな。この作業をしていた方が、後々楽なこともあるんだ」
「そうなのか。それにしても、誰かに頼めばよかったんじゃないのか。爺さんが声かけてくれたら、俺も手伝いくらいはしてたぞ。それともなんだ。あまり知られたくないことか?」
「そんなことはないんじゃが、ややこしいことを増やしたくなかったんじゃ。畑の作業が増えて、皆まだ慣れてないだろ。それなのにこんな作業まで増やしたら、どこかが疎かになるか、ミスを増やすことになりかねない。それだったら、また来年でもいいと思っている。寒起こしはしてもしなくても大丈夫な作業だからな。来年になるまでに手順を書いた紙でも用意しよう。こういうことは、ゆっくり飲み込んでいけばいい」
「それもそうだな。あれから4ヶ月も経ったというのに、まだ騒動は落ち着いていないからな。急にすることが増えても困るだけだな。爺さんが死ぬまでここにいてくれるのだったら、その間のいつかに言ってくれればそれでいい。俺たちも自分たちでできることを探っていかないと、いずれこの村は消滅する。爺さんがいる間に考えることをしないと、いなくなられたら何もできなくなるかもしれん。それだけは避けておきたいからな」
最初はあれだけ嫌がっていた村長補佐の仕事も、今ではすっかり板についてきたなと感じた實。涙を流すまではいかなかったが、胸の奥にじんわりと温かいものが広がっていた。
思った通り、ボリスは将来的に人の上に立つ人物に相応しい。その頃まで生きられるかはわからないが、ぜひともその晴れ舞台を見てみたいものだ。
實が温かく視線を向ける先にいるボリスは、實の顔を見て「また余計なことを考えているな」と察していた。
「爺さん、顔が語ってるぞ。俺のことを見て、何か感慨にふけってるだろ」
「……まあ、そうかもしれん。だが、それは悪いことではないぞ。お主が立派になっていく姿を見るのは、ワシにとっても嬉しいことじゃ」
「そう言われると照れるな。まあ、俺もまだまだだ。爺さんの背中を見て学ばせてもらうよ」
「ふふ……それなら、もう少しだけ頑張って生きてみるかのう」
そう言って、實は再びくわを手に取り、残りの畑に向き直った。ボリスも黙ってその隣に立ち、無言のまま鍬を振るった。
冬の空は澄んでいて、冷たい風が頬を撫でる。だが、2人の背中には確かな熱が宿っていた。
この村はまだ変わっていく。そう思わせるには十分な朝だった。
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