24話
一連の騒動から一夜が明け、ニコライにとって初めての村長としての一日が始まった。働きたくないニコライにとっては、憂鬱な一日の幕開けである。
そんなニコライの補助をするために、實、ボリス、スルツキが召集されていた。
「なあ、ボリス。一ついいか?」
「ああ、どうした?」
「村長って何するんだ?」
「いや、俺に聞くなよ。俺だって知らねえよ」
「だよな。俺もわからん。とりあえず、何をするべきなのか話し合おう。何も思いつかん」
この場にいた全員が、このままで大丈夫なのかと不安に包まれていた。
「と、とりあえず、前村長のように役所仕事みたいなことをすればいいんじゃないのか?」
「俺もそう思ったんだが、そもそもこの村って金回ってないじゃんか。人も訪れないじゃんか。することなくね? ってなったわけ。どうしようか」
四人は頭を悩ませた。村長が村のために行っていたことが、あまりにも思い浮かばなかったからだ。
「ここで悩んでいても仕方ないから、とりあえず村長の拠点に行って、何をするのか考えてみるのもいいかもね」
スルツキの提案に皆が乗り、一行は元村長の自宅、村の中心へ向かった。
その道中は辛いものだった。なんせ村長宅の周りには村長派の人間がゴロゴロ。ほとんどが村長派で構成されており、ニコライを新村長だと歓迎している者はごく少数だった。ただ道を歩いているだけなのに、すれ違う人間全員が睨むような視線を向けてくる。
ニコライは何も気にしていない様子で歩いていたが、本人も気にならないわけではない。ため息を吐きたい気分だったが、それ以上にスルツキのことを気にしていた。もしここでニコライがため息を吐いて嫌がっていたら、ここまでしてくれたスルツキが責任を感じてしまう。スルツキが少しでも気負わないために、何も気にしていないふりをしていた。簡単なことではなかったが、スルツキのことを思えば難しいことでもなかった。
「なりたての村長だから視線が多いな。元からの人気者だから仕方ないか」
くだらないことではあったが、それよりも視線の多さに気を取られていたため、誰もニコライの言葉に気づかなかった。
言ってはみたものの、誰も反応しなかったことで恥ずかしさを感じたニコライは、言葉を発することを諦めた。
一行が村長宅に着くと、門番の男が身体を張り出して道を塞いだ。
「ここから先は村長の家だ。勝手に入ることは許されない」
元村長派の人間は、まだ夢を見ていた。村長は失脚していないと。
「何言ってんだお前。今は俺が村長だから俺の家だろ。さっさと開けろ」
「ダメだ。村長は中におられる。勝手に開けることはできない」
「ザハロフに肩入れするのは勝手だがよ、これ以上争いを起こしてどうしたいんだ? 俺が村長になったからといって、この村に永久の平和が訪れるかはまだわかんねえけど、お前がしようとしていることの行き着く先は争いだ。今度は本当に死人が出るぞ。もう一度聞くが、お前は争いを望んでいるのか? それともザハロフに近い人間でなければ村民ではないのか?」
門番の男は言い返す言葉が思い浮かばなかった。
なぜなら、彼もまたニコライに世話になった人間だったからだ。ニコライに剣の扱い方を学び、併せて畑仕事も教わり、村を守る仕事に就けたのも全部ニコライの助力があってこそだった。
ニコライに楯突くことで、恩を仇で返すことになってしまっていないか。自分が正しいことをしているのか、不安になっていた。
実は彼も簡単に説明すれば雇われの身。村長の側近で肩書上警察組織を統括していたザニーフ・ハスレインによって、村長宅に困っているザハロフを守るよう命令されていた。
そんな彼だが、前述した通りニコライの言葉に葛藤していた。
そんな中、實はこの男どこかで見たことがあると、ひとり全く違うことを考えていた。
「サムイル。俺だって争いを起こしたくない。お前がザハロフに肩入れする気持ちはわかる。だが、それは村長だったからではないだろ。お前の信念を思い出せ」
門番の男は唇を噛み締めながら、閉ざしていた道を開けた。
「こんな結果になってしまって、すまんな、サムイル」
「そんな、ニコさん、謝らないでください……」
「若者に争いの種を蒔いたのは俺も同罪だ」
門番の男を通り過ぎたところで、男はまた口を開いた。そして小さな声でこう言った。
「ニコさん……村長就任、おめでとうございます」
實は声がした時点で振り返っていたが、門番の男は振り返ることもせず、真っ直ぐ村長宅から村を見つめていた。
その後ろ姿を見て、實はようやく彼が誰だったのかを思い出した。そう、彼は實がこの世界に来て初めて出会った青年だった。アンナを誘拐したと疑っていた、あの青年だった。
気づいたのはいいものの、あの時の出来事を鮮明に覚えていないため、ボリスが何も言わないのならそれでいいかと、勝手に納得していた。
家の中に入った一行。中には保守派の重鎮だった人間が大勢集まっていた。
「何を勝手に入っておる。外の門番はどうした」
やっとの思いで門番の男に道を譲ってもらったというのに、問題はまだまだ山積みだった。ここに集まっている人間全員を納得させることができなければ、ザハロフに会うことは難しい。
だが、サムイルもそうだったが、まだ幻想に浸っている保守派の人間に現実を突きつけても話が通ることはない。強行突破をしようにも相手が多すぎるし、具体的な解決策はない。さっきと同様に、言葉で納得させるしかない。
が、ひとりならゆっくり説得すればいいが、大人数を一気にとなると、相当言葉を選ばなければ納得させることは難しい。
保守派の人間に嫌われている實の言葉は届きにくいだろうし、敵対してしまっているボリスの言葉も聞き入れられないだろうし、スルツキはまだ若いからそもそも話なんて聞かないだろう。となればニコライしかいないが、村長になってしまったことを受け入れられない人間の集まりに話しかけたところで無駄になるだろう。
ここは無政府派のユリスでも呼べば状況は一気に変わるのだろうが、結果として戦闘になる可能性もあるため、判断は難しい。
そんな中でニコライが取った手は、言うまでもなく言葉を使った説得だった。
「サムイルは俺が村長になることを納得して通してくれた。あいつにも言ったが、お前らがこうしてここに籠っていると、またタリスたちが嗅ぎつけてやってくるぞ。そうなったら争いは避けられない。村人同士でまた争いを起こす気か? また高みの見物で若者に争わせる気か? こんな小さな村で争いを起こして何になる。破滅に近づくだけの行為だぞ。お前ら全員、村を滅ぼしたいのか? この村の人口が半分になれば、この村はやっていけない。そのくらいのこと、考えなくてもわかるだろ。今の人口でギリギリなんだ。無駄な争いをしている暇なんて、俺らにはないんだ」
相手を焚きつけそうな言葉ではあったが、皆この村の重鎮だった人間だ。この村がそろそろ限界になりかけていることには気づいていた。子供や孫に苦労をかけたくない。そんな親心は少なからずあった。こんな行動を起こしたところで何も変わらない。それも気づいていた。だが、誰も主張せず、ここに集まったのも誰かがそうしようと言ったからで、流されてここに辿り着いていた。
経緯はどうであれ、これは反逆にも取れる行動。ニコライには彼らを裁く義務が生じているが、ニコライは裁くということをしない。何よりも村のことを思っているからだ。これ以上の人口減少を危惧しているからだ。少しでもいいから労働力が欲しい。実に合理的な考えだ。
だが、この村の問題はそう簡単に解決はしない。なぜならば、そう決まっているから。
さて、ニコライたちはというと、説得もなんとか終わらせて、いざ村長と対峙していた。
「ザハロフ。その椅子は俺の席だ。あんたは村長の任を降りたのだから、昔の家にでも籠っておきな」
ザハロフは頑なに動こうとはしない。ニコライにも睨むような視線を向けていた。
「私はこの村のために長い間村長を務めてきた。すべて村のためだ。村が発展するように尽力してきた。それなのに、こんな仕打ちは酷いとは思わないか? 私は何も間違っていない。間違っているのはこの村の人間……いや、あんたが来てからだ、ヤマノミノル。お前のせいで村のみんながおかしくなった。ニコライ、そいつは追放の刑だ。準備を整えてくれ」
實もニコライもため息を吐いた。
ザハロフはもう手遅れだ。もはや刑罰を与えて監禁でもしなければ、この席を譲ることはしないだろうし、また仲間を集めて暴動を起こしかねない。
「ザハロフ……その席を譲らないというのなら、悪いが村長権限で拘束させてもらうぞ。争いはもう終わったのだから、そろそろ目を覚ませ」
ニコライが言った言葉も、ザハロフには全く届いていなかった。表情を何も変えることなく、天井を見つめながら呟いた。
「ニコライ……私はどこで間違ったと思うか……」
「さあな。だが、俺から一つ言えることは、お前はコリースとニライルが死んでから変わってしまったんだ。気持ちは分からんでもないが、そろそろ整理しろ」
ザハロフは椅子から立ち上がり、ふらふらとした足取りで家の外へ向かっていた。部屋の扉を越える前に立ち止まり、振り返ってニコライに向けてこう話した。
「私はこの村から出ていく。寿命ももうないんだ。最後くらい、妻と息子の元で過ごしたいんだ」
そう言ったザハロフの目には涙が浮かんでいた。本人も無意識に涙を流したようで、そのことに気づいたザハロフは、隠すように部屋を出て行った。
ザハロフがいなくなったことによって、ニコライは正式に村長の座に就任した。
これにて村長宅奪還作戦は終わりを告げたのだが、そもそもの話、村長宅奪還作戦はこの場に着いて突然始まったものであり、ここに来るまでは「村長とはどんな仕事をするのか」について協議をしていた。
皆疲労もあって、協議をしていたことを忘れてしまっている。まあ、この村での村長は単なるまとめ役が大半だから、このままでも問題はない。変に政策を打ち出すことのほうが、よっぽど反感を買いやすい。狭い村だから、なおさらだ。
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