23話
もう一つ終わっていない騒動がある。それは、無政府派の人間が元村長のザハロフを拘束してしまったことだ。その裁判。こればかりは新村長になったニコライに権限が移ってしまっているが、ニコライは隠居している身。ほとんど表には出てこない。そんな状態で裁判は開かれるのだろうか。それに、判決はどう下されるのだろうと不安もある。
今回の騒動も、ニコライの耳には少しは入ってきていたが、本人が気にしていなかったため詳しいことは何も知らない。証言は派閥によってまったく異なるだろうから、何も知らずに判決を下すのは困難だ。だからといって、ユリスやタリスを無罪にするのは心苦しいが、間違っている。實やスルツキ、特にボリスが葛藤していた。
それでもニコライには決めてもらわないといけない。村長に就任してからの初仕事。
ユリスとタリスは拘束されなくても、大人しく實やボリスの後を追っていた。これから裁判が開かれて、もしかしたら追放されるかもしれないというのに。その落ち着きように、實は少し恐怖を覚えていた。
なぜなら、昔に同じような人間を見てきたから。憲兵に捕まって罰せられるのを覚悟で店から果物を盗んだ少年。あの時の後悔は未だに残っている。盗みに入る前に止めておけば。もしくは盗みの話を聞かされたその時に止めておけば。
少年の盗みは成功したが、後日、店主に連れて行かれ、憲兵に身柄を差し出された。連れて行かれている時の少年は笑っていた。
誰もが、憲兵に出された少年は軽い刑罰を受けてすぐに帰ってくると思っていたのだが、その後、その少年を見ることはなかった。
きっと殺されたんだ。
それから野菜泥棒をする少年は減った。
「殺される」という思いが抑止力になった。
結果的にこれで良かったのかといえば、そうではない。なぜなら、少年が野菜泥棒をしようと思ったのは、国民学校に行けないような孤児など子供たちの食料を入手するためだったから。盗みを減らせば飢える者が増えるのは当然。だが、誰も打開策を見出すことはできなかった。子供だった實も何度も年下を見送ってきた。その度に胸が締め付けられて、何度も夢に見た。歳を取った今でも夢に見ることがある。夜中に目が覚めることもある。
また今回も、同じようなことが起きそうな予感がしていた。
そもそもの話。この村での犯罪率の低さには、閉塞空間ならではの理由がある。例えば、父親が犯罪を犯したとするならば、子供は「犯罪者の子供」として扱われ、子孫を残すことはもちろん、仕事に就くことさえもできない。待っているのは死のみ。そうして犯罪者を排除して排除して出来上がったのがこの村。犯罪を起こせばどうなるのか、皆わかっているから、誰も犯罪を起こさない。犯罪を起こすということは、それなりの覚悟――言葉にするなら「死ぬ覚悟」がないとできない。死ぬという恐怖を通り越しての覚悟。それは簡単なものではない。最後に浮かべる笑みほど、不気味なものはない。
人知れず、實は焦りを感じていた。裁判の結果はまだわからないというのに。
2人が追放にならないようにするにはどうしたらいいのか。村長を悪として、彼らの正当性を証明できれば罪は軽くなるかもしれない。だが、彼らのしでかしたことを正当化するには、随分な証拠が必要になってくる。その証拠がどこまで揃っているのか。實は村の財政事情までは知らないから、片っ端から書類を集めて不正な箇所がないか調べようと考えたが、それでは時間がかかりすぎる。これから行われるかもしれない裁判には間に合わない。
それに、實は勘違いしている。この村は田舎も田舎、辺境も辺境。外部から人が訪れることはほとんどない。そして、基本的な売買は金銭ではなく物々交換。その中に経理など含まれているはずもなく、不正を見つけることは不可能だ。
そんな簡単なことに気づいていない。どれだけ目の前のことしか考えていないのか、よくわかる。まあ、結果として追放されたとしても、實自身に罪があるわけではない。實がこの村に来たせいでこうなってしまったわけでもない。まったくの無関係で、初めからこうなることは決まっていたのだ。裁判の動向を気にするよりも、他にやるべきことをやってもらいたいものだ。實自身にしかできないことは他にもあるのだから。それに、時間は限られているのだから、悠長にしている暇はない。この計画が進まなければ、また世界を書き換えないといけないのだから。
實はニコライがどう判決を下すのかを気にしていたが、ニコライは面倒ごとは避けたい人間。裁判の判決はというと。
「まあ、村長を殺そうとしたのは悪いことだけど、村長死んでないし、現状維持でいいんじゃね。誰も死んでないし、誰も死なない。これで解決。はい、裁判おしまい。じゃあ、この後もみんな畑仕事は頼んだ。俺はもう少し休む」
と、無罪を言い渡した。
「父さん! 無罪になるのは嬉しいけど、ちゃんと考えてるの⁉︎」
「俺は今は村長だ。息子であろうと村長の言うことは絶対だぞ。それに俺だってちゃんと物事を考えている。ただでさえ人手の少ない村だ。これ以上人手を減らしてどうする。重罪じゃない限り、追放なんてしなくてもいいだろ。あ、でも待てよ……世間体ってのもあるのか。よし、じゃあこうしよう。村長を拘束した2人は、しばらく休みなしの畑仕事ってことでいいだろ。しばらく村のために働け。これにて裁判終了。さ、さ、帰った、帰った」
またニコライの家から追い出されてしまった。
皆でぼーっとニコライの家を眺めていたが、實の隣でボリスがため息を吐いた。
「こんなので大丈夫なのか。ニコライ……」
頭を抱えているボリスの姿を見て、ユリスが笑った。
「いいじゃないですか。ニコさんはああ見えて、しっかり物事を考えている人ですよ。それよりもまた恩ができてしまいました。そろそろ返していかないとですね」
「ああ。俺もまた恩を作ってしまったよ。こんなつもりじゃなかったのに。貢ぎ物でも繕うために身体でも動かすか」
「ですね」
嬉しそうにしている2人に、ボリスまで笑みを浮かべていた。
「爺さん。俺たちも行こう。最後の後始末を」
ボリスが實の方に振り返ると、そこには涙を流し鼻水を垂らしていた實がいた。
「爺さん……どうしたんだよ」
「2人が追放にならなくて良かったと思ったら……本当に良かった」
「ああ、そうだな。あんな楽しそうにしている2人は久しぶりに見たよ。爺さんもありがとうな。あんたがいなかったら村長も死んで、争いが起きていたよ」
「ワシはただ提案をしただけに過ぎん。ユリスもタリスも優しい人間だから丸く収まっただけだ。ワシは力になれとらん」
「そう思うのは勝手だが、爺さんの功績は大きいぞ。少なくとも俺はそう思ってる。まあ、俺も勝手だがな」
これにて一連の騒動は終わりを告げた。だが、問題はまだ残っていた。それは村長派の人間の地位が一日にして地に落ちたことだ。今までは村長の権限で近しい人間を重役に置いてきたが、これからはそうはいかない。村長のそばで甘い汁を吸っていた人間が、これからの待遇について怯えていた。自分たちも村長のようになってしまうのではないかと。混乱の最中、どうしたら地位を失わずに済むのか、団結して考える会を発足させていた。
村長派の人間がまた集まって何かをしている。無政府派の人間が耳にしたら、何をするのかは分かりきっていることだ。それなのに何も気にすることなく、大っぴらに集まっていた。まだ自分たちは地位も権力も失っていない。そう勘違いをしながら。
結論から話すと、村長派の人間は無政府派の人間に「謀反を企てた」と疑われて拘束された。
特に重役に置かれていた人間は酷い暴力を受けた。顔や身体を殴られ、蹴られ、謀反を認めるまで水をかけられたり、泥をぶつけられたりした。どれだけ涙を流しても、許しを乞うても、手を止める者はいなかった。それだけ鬱憤が溜まっていると言えば擁護したくもなるが、彼らも村長には逆らえなかったのだから、致し方ない部分もある。要は捉えようだ。
まあ、私は甘い汁を吸う人間を毛嫌いしているから、擁護するつもりは到底ない。そんな人間、皆死んでしまえばいいのにとも思っている。
おもしろかったら評価、ブックマークよろしくお願いします




