22話
投票所の用意も投票用紙の用意も終え、残るは投票と集計だけになった。投票はどうにかなるとして、集計が何よりの問題だった。
おさらいになるがこの村にある派閥は3つ。村長を擁する保守派。外との交流を深めようとする革新派。そして、長を必要としない無政府派。
集計を行うのであれば中立の立場の人間が好ましいが、事を起こした無政府派には難しい話。残る2つはどちらも立候補者。誰が不正をしてもおかしくはない状態。誰が集計をできようか。
そう思いながらも答えは1つしかないことをわかっていた。
ボリスと一緒にいるワシを中立と捉えるのは些か疑問が残るところだが、ワシが1人で集計するしかない。不正を行わないように、全派閥に集計の結果を見てもらって、不正がない事を証明するしかない。時間がかかるかもしれないが、そうするしか手がない。若しくは……いや、それがいいかもしれない。
妙案を思いついた實は早速ボリスに相談した。
「集計に子供を使うだと⁉︎ 本気で言っているのか?」
「ああ。本気だ。それが1番いいとも思っている。大人が集計をすれば、どこかに不正が紛れていると考えてしまうが、子供が集計したらどうだ。純粋に集計を行うから不正は行われない。集計の意味を理解している子供である必要があるが、大きすぎる子もまた意思があり不向き。アンナくらいの子が理想だが、この村にはどれくらいいるんだ?」
「アンナくらいとなればだいぶ限られてくるが10人はいるだろう。それはこっちで集めておく。あとはどっちが多く票を集めるかだな」
「ああ。もし、ニコライが負けたならワシは追放になるだろうな。その前に村長がどうなるのかもあるが」
「考えたくなくても考えてしまうな。もう俺たちにできることはニコライが勝つように祈るしかない。行く末を見守ろう」
「そうだな」
「ちょっと行ってくる」と言って投票所を出て行ったボリスは、アンナくらいの年齢になっている村の子供に声をかけた。
できれば全員。少なくとも5人は欲しい。村全体の人口が大体700人。そのうち子供は約200人。大人だけの票で500ある。5人しか集まらなかったら1人当たり100枚も捌かなければならない。子供にしてはまあまあの負担だ。できないことはないだろうけど、子供に労働を強いるのも心が痛む。もし、集まらなかったら年齢を下げることも視野に入れておかないと。
ボリスはそう考えながらも、子供と話すのが得意ではなかったから1番最初にアンナに声をかけた。
アンナは同年代でも上でも下でも誰とでも仲良くなれる天才だ。アンナさえ協力してくれれば何人でも集まると考えた。
「ボリ。今大変なことになっているね。ヤマは大丈夫なの?」
「ああ、何とかやっているよ。それよりもアンナ。手伝って欲しいことがあるんだが、いいか?」
「ヤマの手伝いだったら何でもいいよ」
まずは1人確保した。あとはアンナの友人を集められれば何とかなる。
「アンナ。同じ年代の子どもたちを全員集めてくれ」
アンナの召集で同年代くらいの子供が50人集まった。
この人数はほぼ全員と言っても過言ではなかった。その集客力に大人であるボリスは驚いていた。自分がしたならここまでの人数は集まらないだろうなと思っていたから。
「それでボリ。何をするの?」
50人の観衆を前にボリスは恥ずかしくなっていた。なんせこんな人数を前にしたことなどなかったから。元々話すのが得意な方ではないし、大人数は苦手だった。言葉を繋げるのだって子供に伝わりやすいようにわかりやすい言葉を選ばなければならない。1番苦手な分野だ。そう思いながらも頭に浮かんだ言葉で繋いだ。
「ああ、それだが、今から大人たちは爺さんの提案で、村長が誰になるのかを決めることをする。その中で不正が行われていないのかチェックするのがお前らの役目だ。やりたくなければやらなくていい。ただ、爺さんがしんどい思いをするだけだから」
静まり返った観衆。失敗したと思っていたが、最前列で話を聞いていたアンナが
「わかったわ。私はするわ。だってヤマの提案なんでしょ。やらないわけにはいかないわ。それに、この村の未来に関わることならできないなんて言えないわ。みんなそうでしょ?」
集まった子供たちは数人で見つめ合って口々に「そうだな」や「村のためなら」と言葉にしていた。
やっぱりアンナはすごい。子供と思えないくらい言葉に力がある。俺なんかより適任だ。最初にアンナに声をかけて良かった。俺1人では誰も話に乗らなかったかもしれない……。
思いの外ボリスは落ち込んでいた。自分の不甲斐なさというよりも、子供に圧倒される大人ってなんだろうと、自信をなくしていた。
「ボリ。何突っ立っているの。早く行こう」
「……ああ」
どっちが大人なんだろうか。そんな疑問を持ちながらも先頭を歩いて、實が待っている投票所に向かった。
投票所の入り口では實がボリスが帰ってくるのを待っていた。
「ボリス。これはまた大人数集まったな」
目が合って1番にそう言われた。後ろめたさもあったボリスはしどろもどろになりながらも小さく声を出した。
「ああ……まあな。アンナのおかげでだな……」
「そうか。ありがとうアンナ」
「うん。何か大変なことになっているんでしょ。だったら村のみんなで乗り越えないと」
實もボリスも、村の人間皆こうだったら争いなど起きないのになと思った。
アンナの清らかすぎる心に当てられて選挙の意味を失いかけていた2人だったが、頬を叩き互いに喝を入れて意識を取り戻した。
「アンナ。全員の投票が終わったら、集計をするのだけは頼む。それと、数人で中の監視もお願いしたい。不正が行われていないか、何人かで中を見張っててくれ。見張りは外も数人頼む。1人ずつ投票をするから間違っても2人ずつ入らないように見ていてくれ」
「わかったわ。采配は私の方でしても構わない?」
「ああ。ワシじゃできんから頼んだ」
「わかった」
投票所の準備も整って、日が頂点に上る前に投票所が開放された。
實は子供の監視員とともに、投票用紙を配り、投票の行い方をレクチャーした。同じ人が2回並ばないように、人数を数えながら訪れた人の名を紙に書き記していた。これも子供の役目。
もし2回並んでいる人がいたら、ボリスが前に出て注意をする。そう手筈を整えていた。そうそう訪れることはないかと思っていたが、これがまた多かった。当たり前だった1人1票。實がしっかりと説明をしなかったから代理だと言う人間が多くいた。特に多かったのが「妻の分だ」という男だった。
確かに小さな子供がいる家庭では女の投票は難しい。時代というものもあるが、女が子育てを担うのが当たり前のこの村でも例外ではなく、投票の間だけでも子供の面倒を見るという男は数人しかいなかった。代わりに投票をしてくる。そんな票が63票も集まった。代理では投票することができず無効票になると事前に説明しなかった實も悪いが、そんな当たり前のことも知らない人間にとっては不正だとは思っていないのだろう。悪気がないのもタチが悪いが、少なからず悪気がある者もいて、そういう連中は人の話を聞かない。自分を通そうとする。それがどんなに暴動的なものであっても。
大荒れとなった投票所。騒動を鎮めたのは無政府派のタリスとユリスだった。彼らは實が中心人物だと断定して投票権を奪われている。見物することしかできない彼らにとっては、村長派の人間が暴れて問題を起こし、そこに横槍を入れるのが暇つぶしとしては面白い。もし何かあれば票を失わせることができるから。その票が無政府派の側に流れることはなくても、村長を蹴落とすことができるのならそれでいいと考えていた。
村長側の人間も「問題を起こして票を取り下げられるのではないか」と心配していた。だが、無政府派の人間は村長を拉致している。簡単に引き下がることもできない。そう思いながらも、ペナルティを与えられることを恐れていた。結果として騒動は収まったが、無政府派の思惑通りになってしまっていた。村長派の人間は焦るばかりになっていた。
その後は順調に投票は進み、邪魔する人間も現れることはなく、全員の投票が終わった。残すは集計を待つのみ。
開票でも不正が行われないように、實、ボリス、ユリス、村長の4人が子供を見ながらの開票になった。子供には負担をかけてしまうが、それぞれの派閥の人間が見張り役を務めないと「不正だ」と後で騒がれてしまうから仕方なくだ。それでも負ければ騒ぐだろうが、集計が終わった紙を大人の手で再集計して不正がなかったことを証明すればなんとかなる。子供は全般的に信用しているが、不正を働く子供もいるかもしれないという疑いも少なからず持っている。大人に監視されていたら下手な行動には出られないだろうという思惑もあった。
「ヤマ。どっちも丸が入っているのはどうするの? この名前を消しているのも、どっちに入れるべきなの?」
子供達に集計を任せたのはいいものの、實自身も選挙の集計など一度も参加したことはないからルールの説明が不十分で、子供たちも困惑していた。後付けでルールを追加すると批判になりかねない。だが、實も細かいルールまでは考えていなかった。
「まず、どちらにも丸が書かれているもの、それは無効票だ。別の場所に集めてくれ。名前が消されているのは、消されている方の票とする」
實の方針に子供達は納得したが、横で聞いていた村長は納得いかないようで、拘束されている身でありながらも實に反論していた。
「何故だ。どっちにも入れればいいだろう。何故、なかったことにする。どっちも応援している人の意思を蔑ろにするつもりか?」
「そうではない。本人の意思はそうだったとしても、紙は1枚しかない。その紙をどちらに入れるのか揉めてしまうじゃろ。だから無効票にする。今回の立候補者は2人じゃから除いても得票数の割合は変わらない。あくまで集計のやりやすさを優先するだけじゃ」
「それでも、意思を捨てていることには変わらん。こんな方法認められるものではない」
「だから……」
「少し黙っててください、村長」
實が言葉を発しようとしていたが、實よりも大きな声でユリスが言葉を発したため、結果的に實の声はかき消された。
「今さら文句を言ったところで、あなたは失脚するか殺されるかの2択ですよ。こうなったのも自業自得じゃないですか。身から出た錆ですよ。大人しくしないのなら今ここで殺してあげますけど、どうしますか? 結果を待つまでもなく死にますか? 嫌なら黙って待っててください」
この村に来てから實もユリスとは長く関わっていたつもりだったが、多弁で饒舌に怒っているユリスを見たことはなかった。初めて見るユリスの姿に、知ったつもりでいたけど、まだまだ知らないことが多すぎるとため息を吐いた。だが、ボリスの引き攣った表情を見て、ユリスが今の今まで感情を押し殺してきていたことを知った。
若者にそこまでさせるなんて、この村はどうなっているんだ――と村長に憤りを感じていた。また、自分はどうだったのだろうか。指導方法は間違っていなかったのだろうか。村長のように傲慢になっていなかっただろうか――と自分自身を責めていた。ユリスが問題を起こしたことについて實が責められる要素はないにも関わらず。
投票人数はそこまで多くはないが、集計には時間がかかった。手慣れていないというのもあるが子供だということもあって、手こずることが多かった。都度都度實にどうするのか聞いてこられて實も疲弊していた。そんなこともあって集計が終わったのは深い夕方の時間だった。
「ヤマ。集計終わったよ!」
「ありがとうアンナ。お疲れさん。もう時間も遅いから帰ってゆっくりしてなさい。他の皆もありがとう」
子供達を全員帰して、集計してくれた紙を實、ボリス、ユリスの3人で枚数を数えた。子供達が間違っていないかの確認も合わせて。
この作業に村長を入れなかったのには訳がある。拘束されているというのもあるが、今さらながら不正を行う可能性があるからだ。そこで、確認している3人の監視役を別に任命していた。
そして、すべての集計が終わった。
3人で互いに確認し合い、新たに出てきた無効票3枚と、アンナたちの集計で出てきた13枚に無投票の32枚を除く、計463枚。
結果は――村長207票、ニコライ256票。ニコライに軍配が上がった。
当然のように村長は反発した。「こんなことは認められん」と。何があっても村長の座は降りないと。初めから不正があったと。
駄々をこねる子供のように言い訳を次々に重ねていき、その場にいた全員が村長の言葉に呆れていた。
ボリスが呆れながらも諭した。
「村長。もういい加減諦めろ。あんたの体制に不満を持っているのがこれだけいるということだ。あんたが辞めることを認める認めないの話ではないんだ。村民の声も聞けない奴に村長を務める資格なんかない」
「村民の声なんぞ関係ない。私は村長なんだ。私が辞めないと言ったら辞めないんだ」
と、言い訳をして認めようとはしなかった。
「そうですよ村長。もし辞めないというのなら、あなたに待っているのは僕らに虐殺されるということですよ。まあ、僕らにとってはそれが1番いいので、大人しく殺されてくれても構いませんけどね」
ユリスの言葉に、さすがの村長も言葉を失った。殺されるのだけは本人も嫌だからだ。
「村長を退くってことでいいですか、ザハロフさん?」
村長は崩れ落ちた。大人らしからず涙を流していた。
「くそ……なんでこうなってしまった……」
「自業自得ですよ。自身で蒔いた種なので、後始末くらいはちゃんとしてください」
こうして選挙の騒動は終わった。
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