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83歳實さん。異世界へ行く!  作者: 倉木元貴


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21話

 村長が無政府派組織に拘束されていたのは夜中のこと。選挙は明日にしようと言ったが、スルツキの父親、ニコライ・イリヤにはまだ話が通っていなかった。

 實とボリスは、スルツキに頼み込んで父親との面会をお願いした。だが、今は夜中。日が登るまではまだ時間がある。当然のことながらニコライは眠っていた。

 寝ぼけ眼で会話をするのは困難である。相手にもよるが、なんでもかんでも頷くだけで終わらせる人もいる。後になって「そんな話は聞いていない」と拒否されては全てが無駄になるし、無政府派の人間を余計に焚き付けることになりかねない。

 また断られることもあってはならない。無政府派の人間が暴れていい原因を作りかねない。

 ボリスにスルツキがいるからなんとかなるだろうけど、もし失敗した時には腹を括らなければ。

 ニコライが起きるのを待って、朝食を摂っている時間に直撃した。


「ニコライ。少し話がある」


 ボリスがそう言ってみるが、ニコライは一言だけこう答えた。


「嫌だ」


「話を聞いてくれ、ニコライ。大事な話なんだ。この村の存続がかかっているんだ」


「だとしてもだ。俺は今飯を食っている。この時間だけは邪魔されたくないんだ。せめて終わるまで待て」


 それもそうだと皆納得して、ニコライが朝食を終えるのを待った。それも、ニコライの目の前だったから、ニコライは食べづらそうに体の向きを右に左に変えながら食べていた。どこに向いても誰かはいたから、朝食を食べながら何度もため息をついていた。


「食べ終わったら話は聞くから少し席を外してくれないか。見られているのは恥ずかしい」


 ニコライに追い出された3人は外で作戦を練っていた。ニコライに頷いてもらうための作戦を。

 實はニコライについてはほとんど知らないから、作戦を立てるのは主にボリスとスルツキ。だが、2人もニコライについてさほど詳しくはない。

 ニコライはボリスに農業を教えた1人であるが、無駄話が嫌いなニコライは本当に農業の話しかしなかった。

 また、ボリスの他にもニコライについて知っている者は多くいるが、皆決まってこう答える。

 至って普通の人。

 特徴がなく目立ったこともしない。

 いい人であることには変わりないが、いい人が故に、みなニコライの個人的なことに興味を示さなかった。

 ボリスは攻略法などないと感じ取っていた。

 となれば、頼れるのはスルツキになるが、スルツキもまたボリスのような感想しか持っていなかった。

 実の父親であるが、遊んでもらったのは随分と小さい頃の話。大きくなってからは父と畑仕事ばかりしてきた。独り立ちできる頃にはスルツキに全てを任せて隠居生活を送っていた。

 日中に畑仕事をしているスルツキやボリスにとっては、その時にニコライの行動を知らない。夜になると誰もが家の中に籠るから、何かをするのは日中であるが、日中のニコライの所在を知っている者はこの村にはいない。なぜなら、妻にも何も言わずに家を出て、こっそりと森の中に潜んでいるから。

 何をしているのかというと、実はスルツキをこっそりと見ているのだ。最初は心配で行っていただけだが、いつの間にか習慣付いてしまって、独立してから数年が経っているというのに、いまだにスルツキの畑に通っているのだ。

 何年も続けているのに誰もこのことを知らないのはニコライの特徴が故だ。時々、ニコライ自身も悲しくなっている。

 さて、以上のことを踏まえて、ニコライを説得するにはどうしたらいいものか。

 3人は考えた。

 まずは、ボリスが話を切り出して、言葉が足りなかったら實がフォローして、それでもどうしようもなかったらスルツキが息子の立場を使って同情を誘う。

 長く時間を使って考えたにしては簡単すぎるものだが、3人は一睡もしていないから致し方ないことだ。端的に言えば脳が少し働かなくなっている。特に、實は混乱もあって、話についていくのがやっとになっていた。


 話は変わるが、ニコライの朝食が終わって3人はリビングに招かれた。片付けられたテーブルの上には新しいお茶が4つ用意されていた。


「それで、俺に話ってなんだ。くだらない話をするのだったらとっとと帰ってくれよ。俺だって忙しいのだから」


 3人は見つめ合って頷いて、手筈通りにと意思を確認し合ってボリスが話し出した。


「実はタリスが昨日の夜に村長を捕らえて謀反を起こしたんだ。密かに聞いていたと思うが、無政府派の人間たちが村長を殺そうとして今も拘束している。それで、殺されないために横にいる爺さんが選挙で村長を選ぼうとした。無政府派の人間もそれを受け入れて、今はなんとか首の皮が繋がっている状態なんだ。だからニコライ。村長選挙に出てくれないか」


 ニコライが何を言うのか固唾を飲んで見守っていたボリス。實も汗が吹き出して、頬を流れていた。誰もが緊張している中、ニコライは一度ため息を吐いた。


「俺は面倒なことはしたくないんだ。それに村長が殺されるのは身から出た錆だろ。俺には関係ないね。殺されるならとっとと殺されろってんだ。それともなんだ。なぜお前らは村長に肩入れする。特にあんた……誰だっけ……まあいい。そこの爺さん。あんた村長に殺されかけた身だよな。それなのになぜ庇う。あんな人間を庇う要素あるか。俺だってタリスの肩を持つぞ。あいつはそういう人間だ。死んで当然だ」


 ボリスもスルツキも言い返す言葉が出なかった。前にも話したが、誰しも不満がないわけではなかったから。

 できれば今の村長が打倒されるのならそれがいい。

 心の片隅ではどちらもそう思っている。

 ニコライが言った通り、たとえそれが村長が殺されることだとしても。もちろんボリスたちは、アンナのことを思ってこの計画を阻止しようと考えているが、ニコライにはどうでもいいことであるのは確か。言ったところでニコライの意思が変わることはない。だからこそ余計に言葉を失っていた。


「殺されて当然だったとしても、殺されては困るじゃろ。この村で混乱が起こる。混乱が起これば争いが起こる。争いが起これば多数の死者が出る。村の中で争って何の意味がある。皆が仲良しになることはできなくても、手を取り合うことはできるはずだ。犯罪者をこの村から出さないためにもどうにかできないか?」


 實の言葉に追従して、ボリスも説得の言葉を繋いだ。


「この爺さんが言った通りだ。ここは小さい村なんだから争いなんて起こしている暇はないんだ。争いが起きれば村は消滅するかもしれない。村の未来がかかっているんだ。どうにか考えてくれないか?」


 さらに追い打ちをかけるようにスルツキも言葉を繋いだ。


「父さん。僕からもお願いします。この村を終わらせたくない。犯罪者も出したくない。これは僕のわがままかもしれないけど、お願いします!」


 スルツキが頭を下げたのを見て、實もボリスも頭を下げた。


「待て待てお前ら。わかったから頭を上げて詳しい話を聞かせろ」


 ニコライは深くため息を吐いた。頭を掻きながら天を仰いだ。

 めんどくさいことになりそうだな。

 そう思いながら。


 改めてニコライにことの始まりから全てを話した。


「つまり。俺に選挙に出て村長に勝ってくれと言うことだろ。そんなことできるのか。相手は村長だろ。どんな手を使って勝ちに来るのかわかったもんじゃないぞ」


「それのことだが、爺さんが話を通して選挙は今から行われる。今、タリスが村中に選挙のことを話している最中だ」


「今日だと!? それは話が早すぎないか?」


「ああ、だが、それしか手がなかった。そうでもしないと村長は殺されていた。すまんが話を呑んでくれないか?」


「……話はわかったが、今日なのか?」


 3人は頷いた。その姿を見てニコライはまたため息を吐いた。


「……名前は貸してやるけど、俺は何もしないぞ。負けたら負けたでゆっくり過ごさせてくれよ」


「わかっている。ニコライ、絶対に勝たせてやるよ」


「ほどほどにしてくれ」


 外に出たがらないニコライに代わって、スルツキが代理人となり選挙活動を行った。

 その裏で、實は投票用紙を作る作業をして、ボリスは投票所を開設するためにユリスの親が使っていた馬小屋を掃除していた。


「ボリス。こっちはなんとかなった。掃除の方はどうだ?」


「どうも何も、使ってなさすぎて臭いが完全に染み付いてしまってやがる。こりゃ、もう取るのは難しいな」


「時間も惜しいから、臭い消しの道具でも持ってこようか」


「それが助かる」


 實は鈴を鳴らしてトイレの消臭剤を神に頼んだ。それもラベンダーの香りのものを。

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