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83歳實さん。異世界へ行く!  作者: 倉木元貴


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20/30

20話

 村長の家に着いた2人。目の前に広がる光景に息を呑んだ。

 村長の家の前には松明を持った10数人が取り囲んでいて、保守派の人間と思しき数人が入り口だけでもと、ボロボロになりながら木の棒を持ってどうにか対抗していた。

 間に合わなかった。

 今から彼らを止めることは不可能だろう。村長はどうなったのだろうか。まだ殺されてはいないだろうな。このまま制圧されたならこの村はこの先どうなってしまうのか。

 實もボリスも嫌な想像ばかりが頭の中で活発になっていた。何かをするでもなく、ただただ行く末を見守ることしかできなかった。

 そんな時だった。2人が見守っている中、縛られたままの村長が姿を現した。村長を縛っていたのは男ではなく女。アンナの母親であるマリナだった。

 

「どういうことだ。どうしてマリナがこんな場所にいる。アンナのところにいるんじゃないのか」

 

 ボリスも驚きを隠せずにいた。

 それもそのはず。黒幕だと思っていたユリスが実は囮で、まさかアンナの母親であるマリナが黒幕だったなんて想像もできるはずもなかったから。

 

「なんで……なんでマリナがここにいるんだ……」

 

 實もボリスもこの場所にマリナがいることを受け入れることができなかった。

 なぜなら、もし、ここで行動を起こして、反逆者としてマリナが村長側に捕まり刑を執行されたなら、それは間接的にアンナの母親を奪うことになる。自立が始まるこの年頃、母親の存在というものは大きい。初めからいないものであれば疑問に思いながらも受け入れることが可能な年齢。だが、まだ子供である。途中からいなくなるというのは教育においても自我の形成で欠落したものになりかねない。詰まるところ、母親の愛がなければ子供はグレるか、感情の一部が欠落して正常な成長を歩まないどうしようもない子に成長する。

 もし、アンナが、ボリスに復讐心を持った子供に成長してしまったら。もし、アンナがボリスや村に復讐をするような子供になってしまったら、責任は必ずマリナを捕らえた實にある。あと何年をこの世界で生きれるのかわからないし、クーデターも成功してそうだし下手に行動に出ることはないのか。

 止めるとユリスには公言しておきながら、直前になってやる気を失っていた。

 アンナのことを考えるとどうしても行動に出ることはできなかった。

 ユリスは行く末を見守ってと言っていたのも、初めから何もできないことをわかっていたからなのか。

 實は邪推していた。

 

「じいさん。どうするよ。このままだとあいつらが村を制圧してしまうぞ」

 

「じゃが、アンナが……」

 

「……だよな」

 

 ボリスも踏み出せずにいた。

 アンナはまだ幼い。幼い頃に親をなくすことの辛さは實も理解している。

 当時13歳。アンナと変わらない年齢であったにも関わらず、電報で父の戦死を伝えられた。この頃はまだ疎開が始まってなく、母親と共に畑で農作業をしている時だった。制服を着た若い配達員から1枚の紙を渡された。それは父の戦友の母親からだった。

 持久戦の末、父が戦死したとだけ書かれていた。

 その後届いた戦死公報にもこう書かれていた。

 

 死亡通知書(公報)

 

 陸軍伍長 山野宗吉

 

 右ハ昭和十九年七月二十一日

 大宮島マンガン山付近ノ戦闘ニ於イテ

 傷名不明ニヨリ

 戦死セラレマシタカラオ知ラセシマス

 

 追而 市町村長ニ封スル死亡報告ハ

 戸籍法第百十九條ニ依リ公署デ処理シマス

 

 昭和十九年十月八日

         

         名東県知事 守山 春雄

 

 山野ハツ 殿

 

 父は最後に何を思ったのだろうか。子供だった實は、夜な夜な電報を握りしめながら何度も思った。だが、實は泣かなかった。それは兄弟のためだ。下の子はまだ小さい。自分まで泣き崩れるわけにはいかないと、泣く母や兄弟を前に唇を噛み締めながら必死に涙を堪えた。

 實にもそんな過去があるから、尚更、アンナには同じような経験をしてほしくない。だが、犯罪者の子供のような目で見られるようになってほしくもない。

 どちらを取るべきなのか。どちらを取ってもいい方には転がらない。最悪、アンナの母親は死ぬ。だが、ただ見ているのももどかしい。とうとう實は決意する。行動起こすことを。

 

「ボリス……やはり止めに行こう。このままではダメだ。アンナが悲しむ。ワシはそんな未来を見たくない」

 

「じいさん……俺も同感だ。マリナは今のうちに止めておくべきだ」

 

「そうと決まれば早く行動に出るべきだが、どうやって止めるとするか。2人ではあの人数を止めることは困難。何か手はあるか?」

 

「ないな。どうこうしていうちに村長がやられてしまったら元も子もない。1番簡単な方法で行くしかないんじゃないか」

 

「それもそうだな」

 

 實もボリスも深呼吸をした。

 ボリスの言っている1番簡単な方法というのはいうまでもなく正面突破のことだから。

 

「よし行くか」

 

 實とボリスは前に出た。村長が捕らわれている無政府派が集まっている目の前に。

 2人の身体は震えていた。2人とも恐怖がないわけではなかったから。なんなら恐怖の方が大きかったりする。今更ながら後悔をしていたりもする。それでもアンナのことを思い出しながらなんとか立っていた。

 

「マリナ。少し話そう」

 

 ボリスがそう言って、集まっていた人間が皆視線を向けた。

 無政府派の睨むような視線が更に恐怖を掻き立てていた。

 實はというと、何を言うわけでもなくボリスの隣に立っていた。怖かったというのもあるが、無闇に實がが何かを言って逆上させてしまっては元も子もない。そう思ったからだ。

 

「ボリ。何か用?」

 

「話したいことがある。何故村長を捕らえている」

 

「ボリには関係のないことだよ。これは私たちの戦いだから」

 

「ボリ。頼む今だけはそっとしておいてくれ。これは俺たちの復讐だから」

 

 實は初めましてで知らないが、彼がタリス。アンナの母親のマリナの弟だ。

 

「タリス。何故こんなことをしている」

 

「ボリ。君は知らないだろうけど、村長が外でしてきたことを知っている僕らの親は、村長によって殺されたんだよ。だからこれは復讐。もし村長がいなくなれば次の村長はニコになるでしょ。僕らはそれを望んでいるんだ。だから村長を今この場で殺す。ニコにこの村を託したい」

 

「だが、お前らはどうなるんだ。ニコライが村長になってもお前らの罪は消えるわけではないんだぞ。犯罪者は村から追放される決まりだ……」

 

「それでいいんだ。村長さえいなくなればそれでいい。僕の命なんて軽いものだから」

 

「そんなことはない。お前の命が軽いわけないだろ。まだ村長は生きている。更生できるから村長を離してくれないか」

 

「ボリ。それはできない。僕らは村長を捕らえて時点で犯罪者だ。それに叛逆の思想を持っただけで犯罪者扱いしてきた村長だ、僕らに更生の余地はないよ。解放したら一方的に僕らを滅するだけ。ボリも知っているだろ。この村は全て村長の一言で決まる。もう後戻りはできないんだ」

 

 村長の一言で全てが決まる。これはボリスもわかりきっていたことだ。もし村長にこれまで通り権力を行使されたら無政府派だと集まった人間全員が犯罪者扱いとなり追放される。そして村長の権力は更に増していくことも。

 多分、この場にいる自分も犯罪者の扱いになるのだろうなと言うことも。

 

「わかった。だが、村長を殺すことは認められない。タリスたちに本物の犯罪者にはなってほしくないからな。村長が辞めると言えばいいんだ。それで解決する。どうだ?」

 

「悪くはない提案だけど、村長はそんなことしないよ。前例がない。村の決まりだ。そう言って全てを断るよ。後から前言を撤回することだってできるし、ここで断つしか方法はないんだよ」

 

 タリスを納得させるはずがいつの間にかボリスが納得させられていた。

 言いたいことを全て言い切って言葉を失っていた。静かに拳を握り苛立ちを自分に向けていた。

 

「待ってくれ……」

 

 そう言ったはいいものの、次の言葉が出てこない。

 そんなボリスの方を物理的に持ったのは實だった。

 

「ボリスもういい。あとはワシがする」

 

「爺さん。大丈夫なのか……」

 

「ああ。ワシに考えがある」

 

 實が提案したのは日本では至って普通に行われる選挙の方式。候補者を擁立し、子供を除く村民全員が投票権を持ち、村長に相応しいと思う方に票を入れるというもの。

 

 不正や買収が起きないように、日本で行われている通りの秘密選挙方式。

 誰がどの候補者に入れたのかわからなくするために投票所の中には警備の人間は立てない。

 中身を見ることができない木箱を用意し、そこに票を入れる。

 投票用紙を複製されないように實が紙を用意する。

 字で誰が書いたかわからないようにするために予め候補者の名前が書かれた紙に丸印をつける。

 それぞれが監視できないように投票は1人ずつ行う。

 候補者の家族は投票権を持たない。

 買収や強制が起きにないように選挙を行うのは明日。

 村長の解放は選挙の結果次第。

 

 公正・中立でありたい實だったが、タリスの気持ちに寄り添った形になった。

 タリスやマリナ他の無政府派の人々は實の提案に納得して選挙を行うまでは村長を殺さないことを約束した。だが、肝心の村長は選挙を拒否した。

 

「そんな選挙などして何になる。私は認めんぞ」

 

「村長……いや、ザハロフ。これも思えが今までやってきたことのツキだ。全て受け入れろ。今のお前には拒否権などない」

 

「こんなこと認められるわけないだろ」

 

「だったら殺されるだけだぞ。爺さんがなんとか話を通して生きられているんだ。感謝しろよ」

 

「誰がそんなことするか」

 

 激昂しやすいボリスのことだ。また胸ぐらを掴んで殴りかかろうとするんじゃないか。實はそう思っていたが、ボリスは實が思っていたよりも冷静だった。

 

「まあいい。明日になれば全てわかる」

 

 ボリスは落ち着いた声でそう言って、村長の身柄をタリスに渡した。

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