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83歳實さん。異世界へ行く!  作者: 倉木元貴


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19話

 声の主はボリスだった。声の調子からして、相当怒っているようだ。何をそんなに怒っているのか。實にはボリスが怒っている理由が見当たらず、状況がよく飲み込めていなかった。ボリスには何度も「村を歩くときには注意しろ」と言われていたから、不注意で連れ去られたことに怒っているのかもしれない。實はそう思った。


「ボリス、すまん……ワシの不注意でこうなってしまったことは謝るから、ユリスを責めんでやってくれ。ユリスは何も悪くないんじゃ。すべて悪いのはワシなんじゃ」


「爺さんは黙っててくれ」


 声を荒らげることもなく、至って冷静な口調でボリスは言った。だが、流石の實も感じ取った。見たこともないほど、ボリスが怒っていることを。余計なことを言えば、余計に怒らせてしまう。ここは何もしないのがベストだ。黙ることを決意した。何があっても傍観者でいようと。


「それで、これはどういうことなんだ。ユリス。ちゃんと説明してくれるんだよな」


「ボリスさん、落ち着いてください。僕も何がなんだか……」


「ふざけるな! お前だったんだな。謀反を企てている無政府派の長は」


「なんのことですか? 謀反? 無政府派? いち村民の僕にはよくわからない話ですね」


「じゃあ、この状況をどう説明する。お前が犯人じゃなきゃおかしいだろ」


 1人取り残されている實。説明が欲しいと心の中で思うも、何も言わないと誓ったばかりで、もどかしい気持ちだった。そんな實を哀れに思ったのか、麻袋に包まれていた實を解放する人物が現れた。怒るボリスの前で後ろを振り返ると、そこにはスルツキがいたのだった。


「スルツキ……ありがとう……」


 年甲斐もなく涙を流しそうになった實だったが、ボリスやユリスの方に視線を向けると、溢れそうになっていた涙はどこかへと消えていった。なぜなら、實はずっと、ユリスも一緒に縛られて麻袋をかけられていると思っていたのだった。だが、ユリスは麻袋どころか、紐でさえも縛られておらず、目の前には贅沢とは言えないが一般家庭で出てくるような夕食が置かれていたのだった。


「あ、おはようございます、ヤマさん。ご気分はいかがですか?」


「お前、どの口がそんなことを言っている! こんなことをしておいて言える立場か!」


 ユリスの胸ぐらを掴み、反対の手で拳を作るボリス。間に割って入ったところで何の役にも立たないことは理解していたが、それでも身体が勝手に動いたのだった。


「待て待てボリス。まずは話を聞いてからにしないか。ユリスも、わけもなくこんなことはせんだろう」


「それでもこんなことをしでかしたんだ。1発くらい殴ってもバチは当たらないだろ」


「落ち着けボリス。争っていたって仕方ない。まず話だ。2人のことはそれからにしてくれないか」


 ボリスはゆっくりとユリスの胸ぐらから手を離した。舌打ちをしながら、ユリスを睨みつけていた。さて、どうしたものか。實も悩んでいた。まずはユリスに話を聞きたいが、今のユリスが真実を話してくれるとは到底思えない。ボリスが納得する答えが得られなければ、ボリスは必ずユリスを殴る。ユリスのことは少し腹が立っているが、できればユリスが殴られない方向に持っていきたい。さて、どうしたものか。何にせよ、ユリスから話を聞こうと言った手前、やることは一つだ。


「ユリス。なぜワシを捕らえたのか。理由を聞かせてもらってもいいかな」


 ユリスは今までのユリスとは思えないほど高らかに笑った。目には笑い涙を浮かべながら。


「そんなの1つしかないですよ。邪魔だったからですよ」


「お前……」


「待てボリス!」


 ボリスが激昂したのをかろうじて止めて、實はユリスとの会話を続けた。


「なぜワシが邪魔だった?」


「それは当然ですよ。この村は長らく均衡を保っていたのに、あなたが来てから村は荒れ放題ですよ。おまけに、村長は寝首を取られることを警戒して自分の家周りだけ警備を固めるし、せっかく集めた仲間がやる気をなくしたし、もう散々なんですよ。なので、あなたがこの世界から消えればいいなと思っただけですよ。ああ、ちなみに、あなたをここに連れてきたのは僕の指示じゃありませんよ。仲間が勝手にしたことです。このことには僕は関与してませんから、なぜ連れてこられたのかという質問に関しては答えられません。僕も詳しくは知らないので」


「そうか……その仲間とやらをここに呼んではくれないか?」


「それはできかねます。僕に仲間を売ることなんてできません。知りたかったら自分で調べてください」


 他人を馬鹿にしたような表情を浮かべながら、また高らかに笑うユリス。痺れを切らしたのはボリスだった。再び激昂し、ユリスの胸ぐらを掴んだ。


「おいユリス!」


「まあ落ち着けボリス。話はまだ終わってない。咎めるのはそれからだ」


 話は終わっていないと言ったものの、ユリスと話すことに悩んだ實。囚われた理由については詳しいことは分からずじまいで、これ以上ユリスに聞いても意味がないことを感じつつも、ここで質問を切り上げてしまったら、ボリスがユリスを殴ってしまう。悩んでいた實は、前にユリスから聞いた派閥の話を思い出した。


「ユリスは……ユリスは話していた無政府派の人間なのか?」


「ええ。そうですよ。無政府派を率いているのは僕ですよ」


「なぜ無政府派に所属している?」


「それは今の村長体制に反対しているからですよ。今の村長のままではこの村は近い未来に消えてなくなる。それを阻止するために組織されたのが無政府派です。ボリスさんだって今のままではダメだってことくらいはわかるでしょう。外部との交流は一切遮断。村長の権力だけで物事が決まる。こんな村では廃れていくばかりです。おまけに年貢は年々上がり続けている。回収された食物が分配されている気配もない。村長だけが綺麗な家に住んでいる。継続的な支援は一切なし。事業が終われば人生も終わる。文句を言い出したらキリがないですよ」


 實が小さい頃にも似たようなことが起きた。いわゆるクーデターというやつだ。現実で見ていたわけではないが、新聞や人づてに聞いてきた。その時も、今のような密会を繰り返して念入りに計画を立て、スパイを擁立して内情を探り、相手を陥れる策略が練られていた。偽物の犯人を追っている間に、本当の計画が遂行される。当時はクーデターが完全に成功したわけではなかったが、大臣らが殺害され、首謀者たちは数名が自害、投降した者も銃殺刑となった。


 ユリスも、あの時の将校たちと同じ道を進もうとしている。その先に待っているのは“死”のみだというのに。それだけは、何があっても阻止しなければならない。まだ若いのに、人生の道半ばで自ら命を投げ出すなんて、あまりにも勿体ない。まだやりたいことや、やってみたい夢もたくさんあるだろうに。


「ユリス。悪いことは言わん。謀反だけはやめておけ。ワシは八十数年生きてきたが、謀反を起こして成功した例はあまり聞かん。失敗すれば待っているのは殺されることだ。まだ若いんじゃ。命を投げ出すようなことではないだろう。どうにか手を取り合うことはできんのか?」


「ヤマさん。あなたには分かりませんよ。村長の独裁でずっと過ごす辛さを。こんな毎日を過ごすくらいなら、死んだほうがマシだと思うんですよ。そんな経験、ありますか?」


「なくはない。だが、ワシの場合は少し違う。あの時は、生きている意味を見出せなかった。ユリス。お主は若いから知らんだろう。酷く醜い争いを。一方的な蹂躙を。あたり一面が焼け焦げた臭いだけに満たされて、幾つもの死体がまるで石ころのように転がっている世界を。争いとはそういうものだ。無駄に命が失われる。どの革命もだ。失われていい命なんて、この世には存在しないんだ。やめるんだ、ユリス」


「ヤマさん。あなたがどれだけ言っても無駄ですよ。確かにあなたの言葉は正しい。綺麗事であっても、正しい。でも、我々は無政府派組織。リーダーを持たないのです。なので、僕がどれだけ中止と言っても聞かない連中ばかりですよ。この計画を止めることはできないのです。僕も仲間のことなどは一切話すつもりはないので、どう転ぶのかをじっくりと見ていてください。僕の最後も……」


「それだけは見たくない。ワシが全員に話をつける。だから、派閥に所属している人の名前を教えてくれ」


「それだけはお断りします。仲間を売るようなことはしたくないので」


 ユリスの口は堅く、何を言っても口を割ろうとはしなかった。捕まった時の行動まで徹底している。その統率力。これは一筋縄ではいかないと感じた。だが、無政府派の人間を探さなければならない。實自身が捕まったことがその根拠。行動を起こす日が近いことを示唆している。もしかすれば、今この瞬間。もし、ボリスたち革新主義の人間を村長から離れさせるために拘束されたのであれば、ユリスの思う壺になってしまったということ。村長の命が危ない。行動はもう起こされている。そう考えるべきだ。


「ボリス。革新主義の人間は何人いる。そして、ワシを探すために何人投入した?」


 突然實に詰め寄られたボリスは一瞬固まった。それでも真剣な眼差しを向ける實に、ため息を吐きながら答えた。


「革新主義の人間はそう多くない。いて二十人。男だけの話になるが、あんたを探すのに参加したのは十五人というところだ。手分けしているから、ここにいるのは五人程度だがな」


「そのうちの何人かに不穏な動きはなかったか?」


「特には感じなかったが……そういや、村長の仕業かもと言っていた連中もいたな。俺だって村長には不満がないわけじゃないからな。そのまま向かわせてしまったが、もしかして奴らがそうなのか?」


「その可能性は高い。村長の元に向かったのは誰じゃったんだ?」


「確か……タリス。アンナの母親の弟だ。あまり関わりがあるほうじゃなかったから忘れていたが、タリスは村長のことを昔から嫌っていた。ずっとこの日のことを待っていたのか」


 ユリスのことはスルツキに任せて、實とボリスは慌てて村長の家に向かった。もう遅いかもしれない。そんなことを思いながら。

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