17話
實が村に来てから、1ヶ月の月日が経った。
實にとってこの1ヶ月は、初っ端から追放されそうになったりと怒涛の毎日だった。
實の知らない場所で、ボリスが育てていた玉ねぎは順調に育ち、食べるのに十分な大きさになって、とっくに収穫されていた。
忙しすぎて、實自身も玉ねぎの存在を忘れてしまっていたが、初期の乾燥も終わり、村の市場にはボリスの育てた野菜が所狭しと並んでいた。
ユリスと特に用もなく市場を訪れていた實も、玉ねぎが市場に並んでいるのを見て、「うまくいったんだ」と嬉しい気持ちになっていた。他にも、トマトを運搬しているスルツキを見かけたりして、「こちらも順調に育っているんだ」と安堵していた。
微笑ましく野菜たちを見つめながら、實はこの先に起こることなど知る由もなかった。
ユリスと特に何をすることもなく市場を歩いていた實。少し外れた人気のない道を通った途端、背後から麻袋を被せられ、建物の中に蹴り飛ばされた。
なぜ建物の中に入ったことがわかったのかというと、實に被せられた麻袋は、實が知っているような強固なものではなく、雑な作りのものだった。だから、ところどころから光が漏れていた。その隙間から外の様子を見ることはできなかったが、光の強さが減って、音がやけに響く場所に移動したことで、ほぼ確定だと読んだ。
問題は、なぜ實が囚われたのかということ。 もちろん實には心当たりはなかった。ただ、ついこの間も村長派のナウモフが實たちの前に現れたばかりだった。
これは何か関係あるに違いない。
實はそう考えた。そして、ユリスを巻き込んでしまったことを後悔していた。
こんなことになるのなら、ユリスと散歩なんてするんじゃなかった。
この村に来てから畑とボリスの家ばかりを往復していたから、そろそろ街を見て回りたいと思ったのが失敗だった。あとどれくらいの寿命が残っているかも知らないし、村のことを少しでも知りたいと思ったのが間違いだった。
このあと何をされるのだろうか。
ワシは一度死んでいるから殺されても構わないが、これでユリスが殺されてしまっては、ワシは天国にも地獄にも行けない。寝覚めの悪いことにならなければいいが。
實たちはさらに暗い場所へと連れて行かれた。どこかの倉庫のような暗さだ。日の光はほとんど差すことなく、どこからか漏れている光で、かろうじて足元が見えるくらいの光量。 そこで「座れ!」と言われて腰を下ろすと、床には藁のようなものが敷いてあった。麻の匂いが強いため、建物内の匂いは感じられるものが少ないが、微かに馬小屋のような匂いを感じていた。
馬の鳴き声や生活音が聞こえないことから、この場に馬はいない。馬小屋だった場所の可能性が高い。この村にずっといるユリスなら、この場所についても見当がつくのではないか。
そう思った實は、ユリスに小声で尋ねた。
「ユリス……ここは馬小屋みたいだが、使われていない馬小屋に心当たりはないか?」
「心当たりはあります。ただ、馬小屋だった場所は数箇所あるので絞り切れてはいません。ですが、外の声がまったく聞こえないので、村の中心からは少し離れた場所なのではと思っています。歩いた距離からしても、ボリスさんの畑から正反対の方向だと思います」
「そうか。ありがとう。それと、すまないな。ワシのせいでこんなことに巻き込まれてしまって」
「そんな、ヤマさんのせいではないですよ。僕も市場を案内しますと言ったので、僕が安易な行動に出なかったらこんなことにはなっていませんでしたよ」
「……すまんな」
ユリスの優しさに触れ、またしても罪悪感に飲み込まれた。
こんなことになってしまうのだったら、早々に追放されていてもよかった。ユリスだけは何としても助けないと。こんなワシにできることなんて少ないかもしれないけど、命でもなんでもかけて。
最終手段として、鈴はいつでも使えるようにしておこう。
こうして實は右手に鈴を握った。奪われるかもしれないが、奪われそうになった時にも使えるように。
さて、神にどうやって願おうか。
簡潔に、かつ伝わるように願わなければならない。「ユリスを助けてくれ」だけで大丈夫だろうか。はっきり言って、ユリスを助けられる手段なんて考えられない。ワシが頼れる人間といえば、ボリスやスルツキになるが、彼らにこの場所を伝えてもらえれば助けに来てはくれるだろう。でも、それでボリスやスルツキの身まで危険にさらしてしまっては元も子もない。道中で拘束されたあたり、何をしでかすかわからない連中だ。
神に直接助けてほしいけど、神がこの場に降臨することはないだろう。ワシが追放されそうになった時も何もしてくれなかったから。
いや、待てよ……。
ワシが追放されそうになった時、突然現れたボリスがワシを助けてくれた。ボリスがいなければ、ワシはとっくに獣の腹の中だった。もしかして……。
ボリスは神の身内⁉︎ いや、まさか。そんなことはないだろう……。 ボリスが神の身内なんて……。
だって、ボリスはずっとこの村にいるんだ。いくら神といえども、村人になりすますというのも難しいだろう。だが、そうでも考えないと、ボリスがワシに肩入れしてくれる理由がわからん。ただの死にかけ老いぼれジジイを助けたって、ボリスの得には何もならないはず。この世界にワシの遺産はないし、遺産目当てではない。だとしたら、何故ワシに肩入れしている?
囚われたことにより、實は関係ないことまで妄想してしまっていた。 この時の實は、犯人が身近にいることなんて知る由もなかった。
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