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83歳實さん。異世界へ行く!  作者: 倉木元貴


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15/30

15話

 ベリア村に来てからの實の生活は順調だった。ボリスやユリスの畑を手伝い、村人たちの信頼も徐々に高まっていた。だが、すべてが好意的というわけではない。實を快く思わない者も、少なからず存在していた。


 その一人が、ナウモフ・コンスタン。村長派に属する若き男で、異界から来た余所者を警戒していた。


 ベリア村には、主に三つの派閥がある。村長を中心に村の発展を願う保守主義派。ボリスのように外との交流を重視する革新主義派。そして、上部組織を必要としない無政府主義派。


 最大勢力は保守主義派だが、最近では無政府主義へ鞍替えする者も現れ始めている。保守派は焦りを感じているものの、無政府派の中心人物を特定できず、手をこまねいている状態だった。


 とはいえ、対立はあっても村人同士の絆は強く、誰も手を出すことはない。反対運動も起こらず、皆が静観しているため、派閥の存在は若者たちにとっては形骸化していた。スルツキのような二十代前半の若者は、派閥など気にも留めていない。


 だが、ナウモフ・コンスタンは違った。三十手前の彼は、保守主義青年部の中心人物として、村長派の意志を強く背負っていた。


 その彼が、今朝――日が昇ったばかりの時間にユリスの大根畑に現れた。見慣れない装置に興味を持ち、観察し、触れ、ついにはダンポールを引き抜いてしまったのだ。それを偶然見回りに来ていたボリスに見つかり、今はボリスの家で拘束されている。


「おいボリス、これは一体どういうことだ。見るやいなや俺を拘束して」


「どういうことだと言いたいのはこっちだ。人がせっかく作ったものを壊しやがって。直すのを手伝ってくれるんだろうな? 村長に近い人間だからって、損害を与えて無罪放免なんてできないぞ」


「まあまあ、ボリさん。大根に被害がなかったので、とりあえずいいじゃないですか。ナフさんも物珍しさに見ていただけって言ってましたし。僕だって、見たことのないものがあったら触ってしまいますよ」


「甘いぞユリス。こいつら村長派の人間のことだ。村長の命令で壊しに来たに違いない。安易に解放するわけにはいかん。村長の前に突き出して文句言ってやる」


「そこまでしなくても……ナフさんは不器用な方ですし、本当にたまたまじゃないですか?」


「こいつに限って“たまたま”なんてことがあるわけないだろ」


 そんな中、實が目を覚ました。


「ん? 何事じゃ?」


 目の前には、紐でぐるぐる巻きにされた見知らぬ男がいた。


「ああ、起きたのか爺さん。実はこいつがユリスの畑を荒らしててな。今、なんで荒らしたのか聞いているところだ」


 少し言っていることとやっていることが違う気がするが……ユリスはそう思ったが、口には出さなかった。ボリスが暴走しそうだったからだ。火に油を注ぐのは避けたい。ユリスは苦笑いを浮かべるだけに留めた。


「畑を荒らす人間はどこにでもいるもんじゃな。にしても、なぜ、グルグル巻きになるまで紐で巻いているんだ?」


「爺さんは知らないと思うが、こいつはそこそこ怪力で知られているんだ。生半可な紐では破られてしまう。これは仕方なくやっていることだ」


「そうなのか」


 なんで納得してしまうんだろう。ユリスはそう思いながらも、實との会話に慣れていないため、口に出すことをやめた。これから先、何が起きても静観していよう――そう覚悟を決めた。


「それで、そやつをどうするつもりじゃ。まさか殺したりはせんだろうな」


「するわけないだろ。さすがの俺でもそこまで非情じゃない。ただ、村長に差し出すつもりなんだよ。こいつが畑を荒らしたって。ちょうど村長派の人間だから、あんたを匿うにはちょうどいい種になるだろ。これで村長も何も言えなくなる」


「そこまでせんでもいいんじゃないか? こやつだって、盗みを働いたわけではないんじゃろ。畑への損害はどれくらいなのじゃ。修復可能なものならば、重い罪にしなくても良いと思うぞ。それに、ワシのためなんぞいらん。この村に受け入れられないのじゃったら、それはワシの実力がまだまだだということじゃ。諦めがつくから、下手なことはしなくていい。いちど死んだ身。どうせ短い命なんじゃ。追い出されるくらい、何も思わんわ」


 實の一言で、頭に血が上っていたボリスも急に冷静さを取り戻した。


「爺さんがそこまで言うのなら、それでいいのかもしれないな」


 ボリスの曖昧な態度に、ユリスは思わず笑い出してしまった。


「おいユリス。何笑っているんだ」


「だって、何があっても我を通すボリさんが言いくるめられているのを見ると、新鮮で新鮮で。ボリさんでも頭が上がらない人がいるんですね」


 笑い続けるユリスに、ボリスは一発デコピンを食らわせて、「この話はもうおしまいだ」と締めくくった。ユリスに背を向けたボリスだったが、その顔を實はしっかりと見ていた。仏頂面のボリスが、少し顔を赤らめていたのを。


 その姿に、實は微笑ましさを覚えた。戦後間もない頃、将来の希望がないと嘆いた同級生に「未来なんてわからないものだ。気楽に生きるくらいがいい」と笑われたことを思い出しながら。その後、その同級生がどうなったのかは知らない。死ぬ前に会いに行きたかった――今更ながらに、そう後悔していた。


◇◇◇


 話は戻る。ボリスがナウモフの紐を解いて、解放しようとしたその時、背後から手を掴んだ。


「こいつをどうするか決めるのはユリスだ。無罪放免ってわけにはいかない。何をしてもらうか、ユリスが決めてくれ」


 何もしなくてもいいのに……と思いながら、ユリスはわざとらしくため息を吐いた。


「じゃあ、こうしてもらいましょう。今日一日は、僕らとともに實さんの技術について学んでもらいましょう。最先端の技術ですから、いやでも実践したくなるはずです」


 ユリスは何かを思いついたように話すが、ボリスは渋い顔を浮かべながら、實とユリスのやり取りを黙って聞いていた。ユリスの提案は、ナウモフに實の技術を学ばせるというものだった。それは罰というより、教育の機会でもある。


「ユリスがそう言うのなら反対はしたくないが、こんなやつに教えなくてもいいだろ。真似されて、あたかも自分が閃いたかのように振る舞われるのが一番嫌だぞ」


 ボリスの言葉には、技術への誇りと警戒が滲んでいた。だが、實は穏やかに首を振った。


「それに関して言えば、ワシの技術も先人の知恵がほとんどじゃ。真似をしているのはワシも同じ。こやつが真似しようと、ワシは構わんぞ。むしろ、真似されることは大歓迎じゃ。元々、そういう約束だったからな」


 その言葉に、ボリスは呆れたようにため息をつき、頭を掻いた。


「わかったよ。じいさんがいいっていうのなら、そういうことにしておこう。だが、さっきも言った通り、ナウモフには何がなんでも直すのを手伝ってもらうぞ。逃げたら、今度はお前の畑をぐちゃぐちゃにしてやる」


 物騒なことをさらりと言うボリスに、ユリスは苦笑した。この人たちとは、下手に関わらない方がいい――そう思いながらも、どこか安心感を覚えていた。


 ナウモフは、まだ不満げな顔をしていたが、拘束を解かれたことで少し落ち着いたようだった。彼がこの一日で何を学び、どう変わるのかはまだわからない。だが、實の技術に触れることで、何かが芽生えるかもしれない。それは、村の未来にとっても小さな一歩になるかもしれなかった。


 そして、朝の騒動がひと段落した頃、實はそっと呟いた。


「さて、今日は何を教えてやろうかの。まずは、土の見方からじゃな。土は語る。よく見れば、作物の声が聞こえてくる」


 その言葉に、ユリスは目を輝かせ、ボリスは腕を組んで黙って頷いた。ナウモフは、少しだけ眉をひそめながらも、耳を傾けていた。


 異界から来た老人の知恵が、今日もまた、ベリア村に静かに根を張っていく。

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