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83歳實さん。異世界へ行く!  作者: 倉木元貴


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13話

 ⑬ この世界に来て五日目の朝を迎えた。 實は相変わらずアンナの声を目覚まし代わりに使っていた。

 どうしてこの村に来てから早起きができなくなってしまったんだろうか。そんな疑問を頭の隅に置きながら身体を起こしてアンナに尋ねる。


「アンナ。日が出てからどれくらい経ったのじゃ?」


「まだ出たばかりだよ。でも、今日は畑できないかもね。昨日の雨が激しくて地面がぬかるんでいると思うから」


「そんなに水捌けが悪いのか?」


「うん。ひどいところだったら沼のようになっているよ」


 嫌な予感がした實。まさかユリスやボリスの畑はそうなっていないだろうなと心配しながらボリスの元へ向かうと、悪い予想が的中してボリスの畑は畝間が川のように水浸しになっていた。ボリスはまだ外に出てきていないが、いない間に玉ねぎをよく観察する實。よく観察することで、玉ねぎが今どういう状況に置かれているのかを見ている。玉ねぎに直接泥がついているわけではなさそうだから、玉ねぎまで浸水しているわけではなさそうだけど、畝間が水浸しのこのままでは、玉ねぎが根腐れを起こしてしまってもおかしくない。

 早急に手を打たなければと考える。

 だが、水捌けを今更よくすることはできない。できるとするならば水路を作ること。

 今度は畑の周りを見渡す實。

 近くに水を流せそうな場所を探すが、なんせこの村の畑は全体的に低い。この辺りの土地自体が水捌けが悪く、水が溜まっても家の中に入ってこないように畑が風下に作られている。 そのことを察した實。こうなれば捌け口は一つしかないが、捌け口となってくれる川をこの村では見ていない。日本ではあちこちに用水路というものが存在していたが、この村には用水路が存在していなかった。

 日本でも野菜に水やりをしている農家は少ないと思う。それはなぜかというと、植物は植えていれば地中の水を勝手に吸って大きくなる。それをわかっているから水をあげない。そのパターンが多い。

 だが、夏の暑い日や晴れが何日も続いてしまうと、地面が渇ききって亀裂が入り、そこからさらに水分が抜けることによって、砂漠のようなサラサラとした土になってしまう。植物の根も水を探し求めて横や下に根を伸ばすが、乾くスピードの方が早ければ枯れてしまう。そうならないように、野菜の脇に灌水かんすいチューブと言われる所々に穴が空いたホースを使い、水をあげたりすることもある。これだけ聞くと楽をしているように感じるかもしれないが、何千何万と野菜を育てている農家にとって、家庭菜園のようにジョウロや庭に直結したホースで水やりをすることは時間的に不可能だ。

 それに、灌水チューブでの水やりも苦労は絶えない。単純に水道がほとんどない畑では、川から水を汲み上げるための汲み上げ機を使用したり、またそれが地下水だったり。機械を設置するということは電源が必要になる。依頼して電柱を設置するか、ディーゼルエンジンを使って発電するかだ。どちらにしても相当の金銭が必要になってくる。それに、川の水を大量に使う場合には、自治体や自治会の許可が必要になる。それは水利権と言われ、金銭を払い川の水を使う権利を得る。

 まあ、この異国の地にはどちらも存在していないから、ここで思ったことを活用することは難しいが、灌水チューブなら水を遠くに運ぶことも可能ではあるから、流せる先があるのなら持ってきてもいいのかもしれない。實はそう考えていた。

 だが、問題はその水を流す先にあった。川が近くにないのなら、森の窪みなどでもいいが、畑の水捌けの悪さ、風下の位置、その場所が沼になってしまう可能性もある。

 だけど、玉ねぎは水気に弱い野菜。早めに手を打たないと枯れてしまう。實があれこれと考えていると、仕事着に着替えたボリスが現れた。何か手を打つ前に現状について、實は一つボリスに質問した。


「雨が降れば、畑はいつもこうなっているのか?」


「ああ、雨の日はだいたいこうなる。明日にでもなれば水も引いているから、そんな心配することはねえよ」


 心配するなと言われても、経験上、水浸しで育てた玉ねぎは腐っているのが多かった。外見上わかりにくいものが多かったが、乾いている皮を一枚捲れば、茶色くじゅくじゅくになっていたり、黒くカビていたり。食べることが難しいし、畑に放置しても後作の病気の原因になるかもしれないし、一番早い処分方法は焼却処分だったりもする。燃やせば窒素肥料の供給にも繋がるし、火を見ていないと危ないこともあるが、全体的に手間は少ない。だけど、元々食べられるものを腐らせて燃やしているから、収量の低下は必至だ。それを避けるためには、畑をよく耕すこと、畝を高くすること、水捌けのいい土地に乾燥に強い野菜を植えること、水浸しになった時には、捌けてから短い時間に殺菌剤を撒くことなどが挙げられる。初めから玉ねぎを植えられた土地の土壌改良は不可能。畝も同じだ。村全体が元々粘土質で水捌けの悪い土地のため、土地柄的に乾燥野菜や根菜は向かない。失敗の要因になることばかりが揃っていた。

 残る一つ。殺菌剤だが、實はまた農薬を出してしまった方がいいのではと頭を悩ませた。  

 いくら神の命であり、日本で使っていた農業資材を持ってこれるとはいえ、この地で作れるものがなければ農業は発展しない。

 實自身も同じ壁にぶつかっていた。農薬を使うか使わないか。端から農薬を使っていた現代農法に慣れてしまって、何かあれば農薬を使って防除する。頭の中で「こういう時にはあの農薬だ」とかを思いついていた。

 出してはダメだと思いながらも、どうしても頭の中に浮かんでしまう。他の方法を探りたいが、頭に思い浮かぶのは殺菌剤の名前ばかり。若い頃や小さい頃にどうしていたのかが、記憶が書き換えられているかのように思い出せずにいた。

 ここはボリスの言葉を信じてみるのもいいかもしれない。そう思い始めたが、實の中でどうしても引っかかる。このまま何もしないで腐らせてしまったらどうしようかと。

 こっそり殺菌剤を撒くことも思いついたが、見られたり、玉ねぎの違和感にボリスが気づいてしまったら問題になるかもしれない。安易な行動は取れない。

 簡単にできる方法で腐らせないためには、早急に乾燥させる必要がある。乾燥といえば扇風機を使うのが手っ取り早い。だが、電源はない。扇風機もない。機械そのものがない。

 手動のからくり人形でも作ることができれば簡単に動かすことはできるだろうが、そんな知恵はない。取れる方法は、うちわで玉ねぎを仰ぐくらいだ。

 シンプルかつ簡単な方法ではあるが、効率という点ではめっぽう悪い。時間も労力も何よりもかかる。それに、水を乾かすか吹き飛ばす能力も弱い。

 下手すれば玉ねぎの水はなくならず、体力だけが消耗させられる可能性だってある。

 あれもこれもダメだというのなら、取れる方法はもうない。最終手段になってしまうが、静観するしかない。

 これ以上何も思いつかなかった實の結論は静観だった。

 だけど、もし腐るような気配があったらうちわを作って仰ごう。どれだけ時間が掛かろうが腐らせてしまうよりはマシだ。時間もかかって効果も得られないかもしれないけど。


 それよりも、もっと重大な問題があった。

 それは、ユリスの畑だった。

 ユリスの畑もボリスの畑のように道が浸水してしまっていた。

 大根などの根菜類は、水に浮く性質があり水浸しになっても丈夫ではあるが、病気のかかり易さにおいては水浸しになった場合、他の野菜とも遜色はない。

 こちらにおいても現代では農薬を使用することが勧められるが、この異国の地には農薬がないから、こちらも静観するしか手はない。


 それと合わせて、大根畑の土壌がぬかるんで沼のようになってしまっていて、不織布をかけるにも作業に支障をきたし、また、泥状の土であるから、端にかけるには少し弱い。

 風で飛ばされる心配は少ないが、流される心配がある。

 前日にかけておいたところも、もう少し土が乾いてからもう一度土を被せないと、少しの綻びから不織布が飛ばされることになってしまう。

 労力はかかるが、ここで手間を省いてしまっては、また芋虫の餌食になってしまうから、大根を収穫したいのであればやるしかない。


 今日はまだ始まったばかりだというのに、實の頭にはやらなければならないことがたくさん浮かんでいた。

 それも、どれも手の抜けない作業ばかり。

 優先順位をつけてから作業に臨みたいが、どこもの畑もまだ水浸しの状態。

 まずは水が乾いてからでないと作業が進まない。


 日が沈むまでも短いというのに、ここで足踏みしている時間はない。

 気乗りはしないが、松明を焚けば小さな虫の忌避にもなるし、明るさで作業もできる。これしかない。

 實はそう考えた。


 あとは、ボリスとユリス。この二人が賛同してくれるかどうか。

 夜の作業には危険も伴うため、頷いてもらえるのかどうか。

 この村での夜はほとんど寝てばかりで、野生動物たちの動向を全く知らない。

 夜になると凶暴な野生動物が出てきてもおかしくはない。

 實自身も進んで行いたいと思わないが、夜にやるしか方法はない。

 それに、夜に作業をすることでもしかしたら、ヨトウムシを見つけることもできるかもし れない。

 ヨトウムシは厄介だから、見つけて処分できれば葉の喰われも軽減されて、美味しい大根を作ることにつながる。


 實は思い切ってボリスとユリスに相談する。その結果は……


「それは認められないな。夜の作業だと? 松明を焚いたら獣に自分の位置を知らせているようなものじゃないか。危険極まりない。俺は反対だ」


「僕もかな……。夜に作業をするのは危ないから、ここの村では火を焚いてるのをほとんど見ないでしょ。昔はよく松明を焚いていたらしいんですけど、獣に襲われることが多くなって辞めたそうですよ」


 良案だと思ったばかりに、二人に否定されて、實はしゅんとしただけではなく、この先どうやっていこうかも悩んでいた。


「ボリスやユリスの気持ちもわかるが、今のぬかるみ具合ではネットをつけることは難しい。明日にしようものなら、また虫がついているかもしれない。時間は限られているんだ……」


「それでもだ。命をなくしてしまったらどうしようもねえだろ。ユリスには悪いが、多少虫がついても明日完成させるべきだ」


「實さんの気持ちはありがたいですが、ボリスの言っている通りですよ。大根のために人の命をなくしてしまうのは本意ではないです」


「わかった。ユリスがそう言うのであれば、作業は明日にしよう。わしも二人には怪我をしてもらいたくはないからな」


 實が納得したことによって、方向性は決まった。夜の作業は中止して、多少葉を喰われようが続きは明日以降に持ち越し。

 ただし、今日の作業は陽が沈むギリギリまで行う。


「地面が乾き出したら、さっさと作業を始められるように準備だけはしておこう」


「それもそうじゃな。ダンポールは刺してあるから、不織布をかけることと土をかけること、作業を分担すれば短い時間でできそうじゃな」


 そして作業は進み、實が予想していたよりも大幅に行うことができ、後日行う作業は残り二畝のみになっていた。

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