11話
實はまたアンナの声で目を覚ました。
この村に来て今日で四日目。そろそろ体が慣れる頃だと思っていたが、身体は慣れるどころか、まだ眠りたいと訴えてきていた。だが今日は、ユリスの畑にトンネルを作る大事な日。そう簡単に寝過ごすわけにはいかない。
急いで朝食を済ませ、ボリスの元へ向かった。
「すまん。遅れた」
「構わんさ。朝早く起きすぎても暗くて作業なんてできないだろうし、これくらいの時間でちょうどいいんじゃないか」
まさかフォローされるとは思っていなかった實は、少し恥ずかしくなって言ったことを後悔した。恥ずかしさを紛らわすために大きめに咳払いをして、こう言った。
「では行こうか。今回は数が多いから骨が折れる作業になるぞ」
「ああ、そうだな」
ユリスの畑に着くと、また思い出される。終わらない作業の記憶が。
不安ばかりでは前に進めない。深いため息のような呼吸をして気合を入れる。早く終わらせようと。
「早速始めようか。夕方までに終わればいいが」
「先にそんなこと言ってくれるなよ。まあ、俺も実際そう思ってるけど」
終わる気配のしない作業を前に、ボリスでさえもため息を吐いた。
「地道にやっていくしかないな」
身長ほどのダンポールを大根畝の脇に差し込み、反対側にもトンネルを作るように差し込む。二日前にボリスの畑でした作業を繰り返す。
實は大きめに見積もって、1つの畝に100本ずつ、計500本を用意していたが、1つ目の畝に骨組みを作った時点で、すでに130本を消費していた。
この時、事前に出しておいて良かったと實は安堵した。移動の手間はあったが、もし今日出していたら、足りなくなった分を用意するのに無駄に体力を削ることになっていただろう。昨日のうちにボリスに無理を言って出してもらったのは正解だった。
だが今の状況では、どれくらい足りなくなるのか想像もつかない。畝のサイズは縦横同じように見えても、見えていない部分でどこかが大きい可能性もある。足りなくなった分だけ出せればいいが、その体力が残っているかどうかは、その時になってみないとわからない。だから今は、何も考えずにダンポールを挿すことだけに集中しよう。
そうして無心にダンポールを挿していき、残る畝は1つになった。残るダンポールの量は13本。
實は思い切って150本のダンポールを追加で出した。
「これだけあれば足りるじゃろ」
日本から物資を持ってくることで体力を消耗するなんて話、神からは聞いていないが、明らかに体力は消耗していた。今の實は船に酔ったかのように視界が歪み、世界が左右に揺れているように感じていた。もちろん気持ち悪さもあり、下を向けば朝ごはんがそのまま出そうだった。できるだけ上を向いていても、戻すのは時間の問題だと悟った。
「少し休んでもいいか?」
「ああ、いいが、そんな顰めっ面をしてどうしたんだ?」
實が思っていたよりも、限界は早く訪れた。喉に何度も胃酸が込み上げてきて、それを飲み込んではまた嘔気がして、また飲み込んでを繰り返していた。顔を歪めてしまうのも無理はない。吐ける場所があるなら、今すぐにでも吐きたい気持ちだったから。
「厠はどこにあるんじゃ?」
「カワヤ? なんだそれ?」
「トイレじゃ」
「トイレなんて家以外にねえな。用を足したいなら、その辺の草むらにでもするんだな」
日本も昔はそんな時代があった。特に農村では繁忙期になると、あちらこちらで小便をしている男の人がいた。そんな思い出に耽りながら、人気のない吐けそうな場所を探した。
この村はさほど人が多くないらしく、人気のない場所は多い。ただ、吐瀉物は強く酸性に傾いているため、畑の近くで吐く場合には注意が必要だ。万が一、育てている植物にかかってしまえば、最悪枯れてしまうこともある。土に混ぜるにしても、吐瀉物の中には病原菌が含まれていることもあるので、できるだけ遠くが望ましい。同じ理由で、吐瀉物や排泄物を川に流すのは好ましくない。植物が自ら毒を吸うことになりかねないからだ。
辺りを散策して見つけたのは、薄暗い森の入り口だった。
まったく手入れのされていない森。この先には進むべからずとも、入れるような雰囲気。だが、今すぐにでも吐きたい實にとっては好都合の場所だった。人気がなく、手入れされていない森なら誰かに見られる心配もないし、森の地面には微生物が多い。吐瀉物を分解する速度も速く、匂いの問題も数日のうちに片がつくだろう。
ここにしよう。
そう決めて、足で地面に穴を掘り、キラキラと光るものを口から吐き出した。
嘔吐するのが久しぶりすぎて、こんなに不快な気持ちになるものだったかと思いながら、二回目も吐いた。
それ以降は何も出ず、すべてを出し切ったおかげで、どこかすっきりとした気分になっていた。
すっきりとした顔でユリスの畑に戻ると、ボリスからこう言われた。
「本当に用を足しただけなのか?」
「ああ、それだけじゃ」
疑いの目を向けられたが、満足げな實の顔を見て、これ以上の追及はお互いに影響を及ぼすかもしれないと、ボリスはこの件を墓場まで持っていこうと心に決めた。




